report.03-4_[待機後]と[発覚前]
アバターちゃん(仮)が事態解決に向かってから大体一五分後。
先ほどの彼女が言った内容の真意もハッキリしない段階で単独行動に許可を出したのはやはり不味かっただろうか、と今さらながらに後悔の念が頭をもたげてくる……が、自分でGOを出してしまった手前ケーコさんに今さら泣きつくことも出来ず、互いの通話回線に気まずい沈黙が流れていた頃。
ピロン
軽い通知音と共に、画面上に見覚えのあるCGのアニメ顔が浮かび上がった。
「帰ってきた!」
セーフ、どうやらケーコさんの懸念は見事に外れていたらしい。少なくともアバターちゃん(仮)が私のPCを荒らし回るなんてことは無かったみたいだ。……助かった。
[帰還しました……当プログラムのデータ損耗率は報告した方が宜しいでしょうか?]
「ごめん、それもだけど……」
[失礼しました、当プログラムによる目的の達成度は一〇〇%遂行されています。つまり事態は収束しました]
「え、も、もう何とかなったの?」
『イヤそこじゃないって、さっきの今でどこまで信頼してんの‼︎ ちょっと抜けてるとは思ったけどさぁ、ここまで思い切り良い子って思わなかったぁ……』
む、いま聞き捨てならない台詞が聞こえた気がする。
[言われてますよ]
「うるさいッ!」
とにかくこのアバターちゃん(仮)、AIであることに疑いはない、それは分かる。……しかしそれはそれでコイツには明らかな違和感があった。
第一に、喋り方が流暢すぎる。あまりに自然でとても人工音声には聞こえない。それこそ通信が傍受されていて別の“中の人”がいるってほうがまだ分かる。でもそこ以外の細かい要素がそうではないと主張していた。
ただ、一つだけ確かなことがあって。
『ごめん、ちょっとアタシは落ち着いたほうが良いよね……こほん。それで話を戻しますが、さっき言っていた“保護”とはどういうことでしょう? さすがにこれを隠蔽するのは幾らか問題になると思いますが……』
それはつまりケーコさんはこのことについて何も知らないということだ。
そりゃ、このマネージャーさんと私は出会って長いワケではない。けど、それを差し引いてもケーコさんの表情はとても”分かりやすい“部類だった。平たく言えば“思ったことが顔にすぐ出るタイプ”。隠し事なんてモロに出来ないだろうし、たぶんババ抜きなんか嫌でトランプも触れないタイプじゃないだろうか。
要するに、さっきの予想だにしない出来事に慌てる様子はどう考えても本気だった。画面越しにも分かる険しい目線、眉間のシワ、にじむ冷や汗、こわばる口角……あの表情が演技とは思えない。
『第一に、これでは活動どころか配信の練習すら出来ないでしょう? カオルちゃんが以前からVライバーとして活動してたわけではない以上、これからデビューまでの間に練習しなければ……カオルちゃん?』
……だとすれば、たぶん母体である事務所運営サイドも関与してないだろうということも想像に難くない。まず事務所側がこんなことをする理由が想像しづらいし。というかドッキリにしても、Vライバーの中身とか舞台裏まで表に晒してどうする? それにファンどころかデビューもまだなド新人でそんなことやる意味が——
『カオルちゃん! 突然のことで手一杯なのは分かりますが落ち着いてください……私がカオルちゃんとやりとり出来るのはこれが最後かも知れません、あなたに何か不利益が降りかからないように策を考えましょう』
「えっ、ちょっ、何で急にそんなことになるんですか?」
[穏やかではありませんね]
「アンタは黙ってて!」
名前を呼ばれて私は我に帰って、それから話を思わぬ方向に持っていこうとしているケーコさんとついでにアバターちゃん(仮)にツッコんだ。画面をよく見るとケーコさんに至っては目にうっすら涙を溜めてすらいる。
『だってこれ、どう考えても私の不始末でしょう。なら責任を取るべきなのはアタシです。カオルちゃんのためにもそうするのが一番良いに決まってますから』
「待って! それこそ待って下さいよ‼︎ こんな事故なのかなんなのか分からない状態で勝手に進退決めちゃダメですって! ……ケーコさんの不始末が原因だったとするなら、具体的に何がどうなったらアバターのデータからコイツが生まれるんですか? 説明できますか?」
『そ、それは……』
図星をつかれたのかケーコさんは口籠った。そう、こんなキテレツな状況で責任問題とか言い出すのがたぶんナンセンスなのだ。
「私にとってケーコさんは初めてのマネージャーで、それからこの業界の道標でもあるんです。だからこんなどうすれば良いかも分かんない状態で辞めるなんて言わないで下さい……このことは二人で秘密にして、しばらく様子を見ても遅くないでしょ?」
『…………いや……で、でも、ううん…………』
彼女は明らかに葛藤している。きっと心中では天秤みたくゆらゆらと決断が揺れ動いているんだろう、でも。
『……分かりました、カオルちゃんがそういうなら……様子を見ましょう』
この同意をもって、私たち二人とデータ一つの間でこの事件は秘密として共有されることになった。まぁ外にこの話を持ち出しても誰も信じないだろうしね。