第五章:玉琵琶
**下山救度人**
物語は、大学生 **呂天陽** を主人公とする。
彼は師命に従い**下山**し、
昼は凡俗の学徒として学び舎に通い、
夜は\*\*道士**として真の姿を現し、
**人間界**に潜む数多の**妖異**、**邪祟**、
そして**怪変\*\*へと立ち向かってゆく。
やがて、幾多の試練を経て友を得、
共に世を乱す闇を打ち破らんと誓う。
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**陰陽両界 悉く収め**
**邪物現れし時 如何破らん?**
**判官すらも 人間界に見えず!**
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呂天陽は一路**下山**し、
天地を震わせる数百の戦いを経て、
**鬼侯**、**仙妖**、**凶霊**、\*\*邪神\*\*と渡り合う。
友と共に\*\*六道三界\*\*を突き破り、
\*\*歴劫**を乗り越えて**証道\*\*へ至らんとす。
呂天陽は眉をひくひくさせ、口元を引きつらせた。
「なんだよ、“応劫して報いを受ける”だと? もし俺が断ったらどうするつもりだ?」
曹燕はぽかんとし、答えた。
「あなたは天師。世を救い、人を護り、魔を祓う――それが法師の責務ではありませんか?」
呂天陽は目を泳がせ、頭をかきながら言った。
「言ってることはもっともだが……あんたは古代に生きすぎて、今の社会を知らんのだろう。
人は変わり、物質も精神も変わり、金が人の目を曇らせる。
得にならんことを、誰がわざわざやるもんかね。」
――結局は報酬が欲しいってことか。
なぜ素直にそう言わんのだ、と曹燕はうんざりして首を振った。
「まったく、末法の世だわ。天師ですら金に目が眩むなんて。」
呂天陽は苦笑しながら言う。
「いやいや、別に金に目が眩んだわけじゃない。ただ……俺、今ほんとに金欠でな。餓死寸前なんだよ。天師だって人間なんだから。」
曹燕は俯き、静かに言った。
「私はちっぽけな邪霊。お金なんて持っていません。」
そう言ってから、自分の体を見下ろし、ちらりと呂天陽に視線を投げた。
呂天陽はその意味を測りかねて、慌てて言う。
「お、おい、まさか……何をする気だ?」
曹燕は唇を尖らせる。
「天師、あなたは私が何を差し出せると思っているのですか? 私に与えられるものは、これひとつだけ。」
呂天陽の脳裏に、くだらない日本のアクション映画のワンシーンがよぎった。
美しい女がベッドに座り、短いスカートから脚を組み替え、指をくいっと曲げて男を誘う……。
一瞬、背筋に冷たいものが走る。
だが――曹燕の次の行動に、彼は思わず目を剥いた。
曹燕は口を開き、その中から青白く光る球体を吐き出したのだ。
まるで透き通る水晶玉のようなその光は柔らかく、しかし強い邪気と霊力を放っていた。
――邪霊の宝珠!
呂天陽は呆然とした。
宝珠とは、邪霊が千年の修行を経て体内に結実させる唯一の核。
生まれ変わり、霊智を得て、邪気を吸収し続け、己の霊力を補い、肉体を築き、修為を高める。
その果てに、体内で結晶するもの――それが宝珠である。
宝珠は本体と密接につながっており、それを壊せば邪霊自身も滅びる。
だからこそ、邪霊が主を認める時、命そのものを託すように宝珠を差し出すのだ。
曹燕の宝珠は大きく、放たれる邪気も尋常ではない。
つまり、彼女は並の邪霊ではない。
宝珠を受け入れねば、いずれ枯れ果てる。
呂天陽は深くため息をつき、手を伸ばしてそれを受け取った。
宝珠が掌に落ちた瞬間、そこに青い琵琶の紋章が刻まれる。
――やはり。
曹燕の本体は琵琶そのもの、すなわち琵琶の精《琵琶子》だったのだ。
呂天陽の脳裏に古書の記録がよみがえる。
長き時を経て天地の霊気を吸収し、琵琶は自ら霊智を開き、人に寄り添う心を持ち、感応の神通を得て人の姿を取る。
それを琵琶子と呼ぶ。
また別の説もある。
ひとりの楽師が長きに渡り琵琶を奏で続け、魂と音がひとつに溶け合う。
その楽師が死ぬと、魂が琵琶に宿り、霊智を生む――そうして生まれたのも琵琶子だ。
さらに材質によって成精の難易も異なる。
玉の琵琶は霊気をよく吸うため最も成精しやすい。
石の琵琶は最も難しく、何百年も有利な地で霊気を浴びねばならない。
木の琵琶は材質によって差があり、良木なら数百年で霊智を持つこともある。
もし正道を歩めば琵琶子。
もし邪道に堕ちれば琵琶精。
かつての封神の戦いには、琵琶精として名高い「玉貴人」が現れ、九尾狐や雉鶏精とともに紂王を惑わした――。
そこまで思い至り、呂天陽は怪訝そうに問う。
「まさか、あんた……あの封神の時代の琵琶精か?」
曹燕は眉をひそめ、鼻を鳴らす。
「私を何だと思っているのです!」
「じゃあ……石製か? 木製か?」
呂天陽が舌を出してからかうと、曹燕は口を尖らせる。
「天師は、女に年齢を聞くような真似を……最低です。……もう、話す気が失せました!」
曹燕はぷいと顔を背けたが、やがて真剣な眼差しで言った。
「主を得た以上、天師。あなたはこの件に向き合ってくれますね?」
「……はあ、断れんだろうな。」
「報酬はいらないのですか?」
呂天陽は肩を竦める。
「欲しいさ。でも仕方ないだろ。」
「なら、学校の校長を頼ればいいのです。
ここは彼の食い扶持。学校に邪霊が巣食っていると知れたら、彼も黙っていないでしょう。
必ずあなたに報酬を払います。」
呂天陽はしばらく考え、なるほどと頷いた。
「いい考えだな。」
そう言って、曹燕の頭をぽんぽんと叩き、指を立てる。
「名案だ、試してみよう。」
曹燕は胸を張り、得意げに笑った。
「人と邪霊の違いは、結局ここです。」
そう言ってこめかみを指差す。
呂天陽は苦笑し、曹燕はさらに問いかけた。
「で、これからどうするつもりですか?」
「今のところ手がかりが少なすぎる。もっと資料を集めねばな。暇なら手を貸してくれ。」
曹燕はこくりと頷く。
「この図書館には多くの書物があります。学校の歴史に関わるものを探して、後で持ってきましょう。……では、失礼。」
そう言うや、彼女はふっと姿を消した。
だが、図書館の奥から声が響く。
「天師! 金儲けのチャンス、逃すんじゃないですよ!」
呂天陽は泣き笑いの表情を浮かべ、深く息を吐いて首を振った。
「誰が金に目が眩むか……。金がなくてもやるさ。これが天師の責務なんだからな。……はあ。」
そう苦笑し、窓辺へと歩み去る呂天陽。
彼は知らなかった。
その言葉を、窓の外の月明かりの下、
闇に潜むひとりの影が聞いていたことを。
その人影は――静かに、微笑んでいた。
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