第三章: 妖異書楼(よういしょろう)
**下山救度人**
物語は、大学生 **呂天陽** を主人公とする。
彼は師命に従い**下山**し、
昼は凡俗の学徒として学び舎に通い、
夜は\*\*道士**として真の姿を現し、
**人間界**に潜む数多の**妖異**、**邪祟**、
そして**怪変\*\*へと立ち向かってゆく。
やがて、幾多の試練を経て友を得、
共に世を乱す闇を打ち破らんと誓う。
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**陰陽両界 悉く収め**
**邪物現れし時 如何破らん?**
**判官すらも 人間界に見えず!**
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呂天陽は一路**下山**し、
天地を震わせる数百の戦いを経て、
**鬼侯**、**仙妖**、**凶霊**、\*\*邪神\*\*と渡り合う。
友と共に\*\*六道三界\*\*を突き破り、
\*\*歴劫**を乗り越えて**証道\*\*へ至らんとす。
**夕暮れ時**、\*\*呂天陽**は自分の**寄宿舎\*\*へと戻った。
\*\*馬童子\*\*からの話によれば、\*\*葉懐安**という同級生については未だ何も分からない。
――あの女は一体何者なのか?
自分の**来歴\*\*を知り尽くしているかのようなその態度……。
これはどうしても、真実を探らねばならぬと呂天陽は心に決めた。
疲労困憊した彼は、ベッドに身を投げ出す。
目を閉じても、脳裏には自然と**葉懐安**の姿が浮かび上がる。
もしその正体を置いておくとしても――
**容姿**、**才覚**、**体姿**、**家柄**……
どれも極上。
特にあの、悲しみを帯びたような\*\*瞳\*\*は、
人の心を震わせ、魅了せずにはいられない。
思いを巡らせているうちに、呂天陽はふと我に返り、
自分の頬を叩き、胸を押さえた。
「呂天陽……お前……まさか心が揺らいでいるのか?
いつからだ……?」
そう自問自答しつつも、彼は一旦それを振り払い、
目を閉じ、浅い眠りに落ちていく――。
---
**夜半**、冷たい風が吹き荒れる中、
図書館の前庭には二つの人影が立っていた。
呂天陽は周囲を見回す。
\*\*図書館\*\*は荘厳にして古風、
だが同時に不可思議な堅牢さを感じさせた。
図書館の前には広々とした中庭があり、
その向こう側には大きな池があり、
その景色はまるで別世界のようだった。
呂天陽は薄手の長衣一枚、冷風に肩をすくめながら言う。
「……さむっ……!」
隣では**馬童子**がぶるぶる震えていた。
彼は肥満体で厚着をしているにもかかわらず、
歯をガチガチと鳴らしていた。
「呂……小僧、俺をこんなとこに連れてきて……
何するつもりだよ……! 寒くて死にそうだ……!」
呂天陽は微笑しながら答える。
「最近、学生の間でこの図書館の\*\*怪談\*\*が噂になってるのを、
お前も聞いたことあるだろ?」
「そりゃああるさ!」馬童子は肩をすくめた。
「真夜中ちょうど十二時になると、
どこからともなく\*\*琴\*\*の音が響くんだ。
こっそり遊びに行って遅く帰ってくる学生たちが、
その音をはっきり聞いたって言ってる。
でも覗いても誰もいない……。
ある者は高笑いを聞いたと言い、
ある者は女のすすり泣きを聞いたとも言う……。
いまだに原因は分からない。
だから今では、夜中にここを通る者なんてほとんどいないんだ!」
呂天陽は薄く笑みを浮かべた。
「ならば、我らはその琴の奏者を探し出すのだ。」
そして、さらりと言い放つ。
「……なぁ、お前、その上着貸せよ。
その巨体で寒いとか言うな。」
「お前が薄着すぎるんだろうが!」
文句を言いつつも、馬童子は上着を脱いで差し出す。
しかし呂天陽は笑いながら首を振った。
「いや、冗談だ。
いざという時に動きが鈍るから、着ない方がいい。
もし何かが起こった時、対応できなくなるからな。」
「な、何かが起こるって……おい、呂小僧!
俺はまだ女を知らないんだ、死ぬのは御免だぞ!」
呂天陽は妙に達観した顔つきで彼の肩を叩いた。
「ふっ……安心しろ。
勝てなければ逃げるまでだ。
どうせ奴らは一度に一人しか捕まえられん。」
その言葉に、馬童子は自分の太く白い脚を見下ろし、
青ざめた顔で叫ぶ。
「おいっ、それ……冗談だろうな!?」
呂天陽は高らかに笑った。
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二人はやがて図書館の正門をよじ登り、中へと侵入する。
今回は前回とは違い、守衛の**休老人**がいなかったため、
多少はやりやすかった。
正面の扉は鍵がかかっていたため、
二人は壁沿いに回り込み、
鍵のかかっていない窓を見つけた。
呂天陽はふっと笑みを浮かべ、
鞄から\*\*桃木枝**を取り出すと、
地面に**六芒陣\*\*を描くように立て、
頂点を赤い糸で結び合わせた。
そして馬童子に言った。
「これは\*\*結界陣\*\*だ。
ここにいれば邪魔は入らない。
お前は中で見張っていろ。」
そう言うと、今度は黒光りする\*\*棍\*\*を渡した。
「これは**黒玉指杵**。
霊性を宿した法器だ。
もしも命知らずの邪物が現れたら、
これでぶん殴れ。
たとえ結界があっても念のため持たせておく。
もし敵が強すぎたら、迷わず逃げろ。
安全な場所に着いたらすぐ俺に連絡だ。
そして――絶対に結界から出るな!」
馬童子は棍を手に取り、不思議そうに眺めた。
「これが法器?
ただの黒焦げた棒切れにしか見えねぇんだけど……。」
呂天陽は即座に頭を小突く。
「馬鹿者!
これは**黒玉**という希少な鉱石で作られた。
\*\*炎符\*\*の炎で三年三晩鍛え続け、
邪を鎮める霊性を宿しているんだ!」
言い終えると、呂天陽は迷わず窓から飛び込み、
馬童子の声が外から響く。
「おい! 気をつけろよ、死ぬなよ!」
呂天陽は軽く後ろ手に中指を立てた。
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中に入ると、前回と同じ薄暗い空気が漂っていた。
今回は懐中電灯を持参していたので、
それを頼りに探索を始める。
図書館の大広間には、
筆を持つ片手と、書を抱える片手を構えた哲学者の巨像が立っていた。
呂天陽には誰かは分からなかったが、今はどうでもよい。
彼は\*\*陰陽星盤\*\*を取り出し、
指先を噛み、血を一滴垂らした。
すると星盤の針が狂うように回転し――
呂天陽は確信する。
「……やはり、\*\*風水\*\*に問題があるな。」
館の構造を\*\*五行術\*\*で占い、呟く。
「この建物は北を向いて建てられている……。
北は\*\*坎\*\*の卦……。
これは死の象徴、“牢虎坎”だ。
ここに生気はなく、邪気のみが満ちている……。」
呂天陽は初めてここに来た時、
星盤が乱れていた理由を今ようやく理解した。
その瞬間――
冷たい風と共に、濃密な\*\*邪気\*\*が吹き込んできた。
そして……
\*\*琵琶\*\*の澄んだ音が響き渡る。
「……来たか。」
呂天陽は一気に警戒を高める。
これは――\*\*邪霊\*\*の気配!
邪霊とは、
長きに渡り死者の怨気や妖気を吸収した**無形の存在**。
例えば、死者が残した玉飾りや、
長年邪気に晒された人形が意思を持つようになる――
それが邪霊である。
鬼や妖とは異なり、
邪霊は自在に姿を変え、隠す術に長けている。
術士でさえ、特別な手段を用いなければその姿を捉えられない。
呂天陽は息を呑み、歩を進め――
だが、その瞬間。
背後から……ぞわりと、**何かの気配**を感じた――。