第二章:葉家大小姐(ようか だいしょうじょ)
**下山救度人**
物語は、大学生 **呂天陽** を主人公とする。
彼は師命に従い**下山**し、
昼は凡俗の学徒として学び舎に通い、
夜は\*\*道士**として真の姿を現し、
**人間界**に潜む数多の**妖異**、**邪祟**、
そして**怪変\*\*へと立ち向かってゆく。
やがて、幾多の試練を経て友を得、
共に世を乱す闇を打ち破らんと誓う。
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**陰陽両界 悉く収め**
**邪物現れし時 如何破らん?**
**判官すらも 人間界に見えず!**
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呂天陽は一路**下山**し、
天地を震わせる数百の戦いを経て、
**鬼侯**、**仙妖**、**凶霊**、\*\*邪神\*\*と渡り合う。
友と共に\*\*六道三界\*\*を突き破り、
\*\*歴劫**を乗り越えて**証道\*\*へ至らんとす。
**日本語訳(漢字多用・仙侠古風)**
**剛氣圧迫**――
これは簡単に言えば、\*\*剛氣**が**気海\*\*に蓄積する現象である。
修道を始めたばかりの者は、まず\*\*吐納**によって**真氣**を体内に取り込み、
それを少しずつ積み重ねていく。
やがて、ある刻、ある瞬間に**突破**が起き、
これがすなわち**境界の昇華\*\*と呼ばれるものだ。
修為が高まれば高まるほど、
剛氣は自在に操れるようになる。
凡俗の人間にとっては、法師の剛氣など何ら影響を及ぼすことはないが――
\*\*法術界\*\*の者、特に呂天陽にとっては、
**剛氣圧迫**は様々な場面で優位に働く。
しかしその真の作用が何であるか、呂天陽自身も未だ詳しくは理解していなかった。
これは俗世の「仙侠映画」に出てくるような、
掌を打てば建物が吹き飛ぶ派手なものでは断じてない。
もしそんな真似ができるなら――
大学など、とっくに跡形もなく消し飛んでいるであろう。
結局のところ、\*\*法師\*\*とは普通の人間と大差はない。
ただ、肉体と技量がわずかに優れているだけに過ぎず、
決して空を飛び、地を裂くような存在ではないのだ。
---
呂天陽はそう考えながらも、
眼前の少女が放つ**剛氣**に対抗すべく、自らも剛氣を放ち返す。
刹那の交錯――
呂天陽は驚愕に目を見張った。
「……これは……!?」
この**剛氣圧迫**は、あまりにも純粋で、しかも完全に制御されている……!
これほどの気勢を持つ者は、\*\*玄人\*\*以上でなければあり得ない。
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\*\*道門**も**仏門\*\*も、
それぞれに段階を示す境界が存在する。
まるで凡俗の会社における社員と社長のように、明確に位が分かれているのだ。
**道門**における位階:
「**道童 → 靈顕 → 方士 → 人士 → 真人 → 玄人 → 天師**」
この中で、**天師**は道士が到達しうる最高位である。
一方、**仏門**における位階:
「**小童 → 沙彌 → 比丘 → 正覚 → 大徳 → 禅師 → 宗師**」
このうち、**宗師**が最高位となる。
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今まさに対峙している少女は――
**真人**すら超える存在……!
呂天陽は全身から冷や汗を吹き出し、
必死に心を鎮めて気を集中させた。
本来、彼が下山した目的は凡俗の世界で学び、
普通の職を得て平穏に暮らすためだった。
それなのに、なぜこのような事態に巻き込まれるのか……。
彼女の位階はせいぜい**真人**だろうと高を括っていたが――
まさか、それ以上だったとは。
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しばし剛氣が交錯した後、
少女はふっと剛氣を収め、口元に冷笑を浮かべた。
「……流石は**玄清派**の**天師**よ。
噂に違わぬ実力、目を見張るものがあるわ。」
呂天陽は深く息を吐き、低く答える。
「……失礼。
法術界の方とは知らず……
あなたは一体何者なのです?
どの門派の弟子なのか、教えていただきたい。」
しかし少女はただ冷笑を返すのみで、
一言も答えなかった。
呂天陽がさらに問おうとしたその時――
「ガタガタ……」
教室の扉が開き、学生たちがぞろぞろと入ってきた。
法術界の話を凡俗に知られるわけにはいかない。
呂天陽は苦渋を飲み込み、口を閉ざし、
少女の隣に静かに腰を下ろした。
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やがて講義が始まる。
教壇に現れたのは、
白いブラウスに黒のタイトスカートを纏った、
若く美しい女講師。
その後ろには、肥えた体を揺らす中年男性――
この大学の\*\*校長・章\*\*が従っていた。
章校長は愛想笑いを浮かべながら、わざとらしく咳払いする。
「こほん……こほん……
本日より、情報技術学部に新たな学生が加わることになった。
……では、**葉嬢**、前へ。」
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先ほどの少女がすっと立ち上がった瞬間――
教室中がざわめきに包まれた。
「おい……! \*\*葉家\*\*のお嬢様がこの大学に!?」
「嘘だろ!? 国外に留学するって噂だったのに!」
瞬く間に噂は広まり、
嫉妬、羨望、憧れが入り混じった視線が少女に注がれる。
章校長は慌てて大声で一喝する。
「静粛に! 静粛に!
――紹介しよう。
この方こそ、**葉家**の令嬢、\*\*葉大嬢\*\*である!」
「……校長、余計な時間を使わないで。」
少女は冷淡にその言葉を遮る。
章校長は心中で激しい憤りを感じながらも、
その家柄を恐れて顔には笑みを張り付けたまま、
一歩下がるしかなかった。
彼女の一言で、教室の空気は凍り付く。
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**葉家大嬢**――
その名を知らぬ者は、この\*\*京都\*\*には存在しない。
ただ一人――
山中で修行を積んできた呂天陽を除いては。
呂天陽は改めて彼女を盗み見て、心中で呟く。
(……まさか、これほどの家柄とは……。)
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講義が終わり、呂天陽はなおも疑念を抱えていた。
「一体……どこの門派の者なのだ……?
\*\*天霊派\*\*か?
\*\*紫牙派\*\*か?
それとも俗家弟子か、あるいは散修か……?」
彼女は明らかに呂天陽の素性――
「玄清派の天師」であることを知っていた。
これは尋常ならざることだ。
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呂天陽は心を決め、
友人である\*\*馬登科\*\*に相談することにした。
馬登科――通称「**馬童子**」。
\*\*玄清山\*\*の麓の町に住みながら、
京都にもしばしば出入りしているため、
情報通として知られている人物だ。
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授業後、呂天陽は大学の庭で馬童子と落ち合った。
丸々と太った馬童子は、話を聞き終えるなり目を剥き、
呂天陽の肩を激しく叩いた。
「呂小子! お前……凄すぎるぞ!
まさかあの葉大嬢と同じ席に座り、会話までしただと!?」
「それが……どうした?」
呂天陽は首を傾げる。
馬童子は大げさに両手を振りながら答えた。
「おいおい……!
この大学そのものが、葉家老爺が築いたものなんだぞ!
葉家は京都一の富豪!
その孫娘、\*\*葉懐安\*\*様は――
高貴で、冷厳で、そして絶世の美女!
その才覚と美貌ゆえ、他の四人の令嬢と並び称されて――
\*\*『五龍公主』\*\*と呼ばれているんだ!」
「……五龍公主?」
呂天陽は思わず吹き出した。
「何だその呼び名は。
まるで童話みたいじゃないか。」
「いやいや、これは俺たちが勝手に呼んでるあだ名さ!
『龍』は高貴さを象徴してるんだ。
葉懐安様は、その中でも特に――
『氷冷公主』と称えられてるんだぞ!」
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呂天陽の脳裏に、冷淡な表情の葉懐安が浮かぶ。
確かに……
「氷冷」という二文字ほど、彼女を表す言葉はないだろう。
――まさしく、**氷冷公主**であった。