下山救世録 (Gesan Kyūsei Roku)

第一章：謎のクラスメイト（なぞのクラスメイト）

日本語訳（漢字多用・古風）

京都（けいと）と呼ばれるこの場所は、

国中でも最も富裕で繁栄し、華やかに発展している地域である。

昼も夜も**燦爛豪華（さんらんごうか）**な灯火に包まれ、

常に人々で賑わっていた。

しかし、この**繁華絢爛（はんかけんらん）の都には、

数多くの流言蜚語（りゅうげんひご）や、

常識では到底説明できぬ奇事怪談（きじかいだん）**が同時に存在しており、

凡人にとってそれらはただの「不可思議なる謎」として恐れられていた。

京都を語る上で、必ず言及せねばならぬ場所がある。

それはこの国で最も規模が大きく、最高峰と称される大学――

数多の名門子弟、豪商、貴族の後継者たちが集い、

国の未来を担う**俊才英傑（しゅんさいえいけつ）**を育む学府である。

その日の夕刻（ゆうこく）、

陽は西に沈み、夜の帳が都を覆い始めた。

大学の一角にある**庭院（ていえん）に、一人の青年が立っていた。

年の頃は二十歳前後。

顔立ちは秀麗（しゅうれい）で、

瞳には聡慧（そうけい）**な光が宿る。

身にまとうは淡青色の長衫（ちょうさん）、

周囲の学生たちの現代服とは不釣り合いな古風の装いだった。

その青年の名は――

呂天陽（りょ・てんよう）。

情報技術学部一年生である。

呂天陽は片手に書物を持ち、もう片方の掌に数枚の小額紙幣を載せて眺め、深く嘆息した。

「……はぁ……終わった。

今月もまた断食生活か……！」

泣き笑いの表情を浮かべ、時折**罵詈雑言（ばりぞうごん）**を吐きながら呟く。

「すべて……**師父（しふ）のせいだ！

幾年も苦労してきたというのに、俺の価値はたった数万とは……！

あの師父、まさに千年狐妖（せんねんこよう）**の化身だ……！」

脳裏に浮かぶのは、狡猾に笑う師父の面影。

呂天陽は胸中に憤怒を燃やし、足早に庭院を後にした。

その夜、雷鳴轟き、嵐が巻き起こった。

木々の葉は強風に舞い、雨脚はますます強まっていく。

大学図書館の前には、一つの人影が立っていた。

その者は周囲を見回し、無人を確かめると、軽やかに動く。

銅製の門は施錠されていたが、

その人影はまるで影のごとき敏捷さで飛び越え、館内へ侵入した。

扉が「ギィ……」と音を立てて開くと、

猛烈な風が吹き込み、顔を打ち付けた。

その人物は手を翻し、**金氣符（きんきふ）**を一枚放つ。

瞬時に荒れ狂う風は霧散した。

「……やはり、**邪氣（じゃき）**か。」

低く呟くと、人影は堂々と歩を進めた。

その瞬間――

「カラン……」と澄んだ音が静寂を破った。

まるで誰かがすぐ傍に立っているかのような不気味な気配……。

しかし、人影は眉一つ動かさず、図書館の**大広間（だいこうま）**へと進んでいく。

暗闇に包まれた室内には灯火がなく、

わずかに輪郭が見える程度。

背負っていた**布囊（ふのう）**から、一つの奇妙な六角形の盤を取り出した。

中央には小さな八卦図、

外周には三十六の卦象が並んでいる。

それは――

陰陽星盤（いんようせいばん）！

盤面が淡い妖光を放つ中、

人影は目を閉じ、呪文を唱え、指先を噛み切り、一滴の血を垂らした。

陰陽星盤が震え、時計の針のように回転を始め――

止まることはなかった。

人影が眉をひそめたその瞬間、

背後から光が差し込み、怒声が響く。

「誰だ！　図書館にいるのは！？」

「……警備員！」

舌打ちしつつ陰陽星盤を布囊に仕舞い込み、

人影は窓から飛び去った。

警備員は門を開けて中へ入り、窓際に駆け寄ったが、

外には誰もおらず、苛立ち紛れに怒鳴る。

「ちくしょう！　この老ヒュー様を舐めるなよ！

見つけたら**粉骨砕身（ふんこつさいしん）**してやる！」

そう吐き捨て、鍵を掛け直し、煙草をくわえて鼻歌交じりに去っていく。

「♪君は僕の小さな林檎～、ばららら～♪ ふっふっ。」

茂みの陰に潜む人影は、危うく転びそうになりつつ心の中で毒づいた。

（……あの歳で流行歌とは……。）

任務は失敗。

人影は深い瞳で図書館を見据え、無言で立ち去った。

翌朝――。

呂天陽は早朝の講義に出席していた。

まだ人影まばらな教室で、机に突っ伏し、目を閉じて休んでいる。

やがて物音がしても、

「どうせ友人だろう」と気にも留めず眠り続けた。

しかし、ふとした違和感に目を開ける。

前――誰もいない、よし。

左――誰もいない、よし。

右――誰かいる、よし。

――いや、待て。

「……えっ!?」

呂天陽は飛び起き、隣の人物を凝視した。

そこに座っていたのは――

長い黒髪を高く結い、白の長袖シャツに黒の短裙という

極めて質素な装いの少女だった。

鼻梁高く、雪の如く白い肌、

伏せられた瞳は憂いを帯び、宝玉のごとく輝く。

その**完璧無瑕（かんぺきむか）**な美貌に、呂天陽は思わず呆然とした。

「……もう、見飽きた？」

少女は冷然と言い放つ。

呂天陽は我に返り、慌てて尋ねた。

「あ、あの……君は誰だ？　教室を間違えたんじゃ……？」

「……間違えていない。」

「じゃあ……なぜここに？」

問い返すと、少女は感情を表に出さぬまま答えた。

「……ここに座っては、いけないの？」

呂天陽は言葉を失い、沈黙する。

改めて少女を観察――

高貴にして冷厳なる雰囲気、

人を寄せ付けぬ威圧感。

そして呂天陽は気づく。

対格人応（たいかくじんおう）――

人間には生来の**命数（めいすう）**が外見に表れるとされ、

占術師はそれを読み取って運命を占う。

だが、彼女にはそれが一切見えない！

「まさか……この者、人に非ず……？」

呆然とした瞬間、少女から放たれる圧力が教室を覆った。

――剛氣壓迫（ごうきあっぱく）！

呂天陽は全身を震わせ、声を絞り出す。

「お、お前……一体……何者だ……！」