3-1 焦りのクラフト・ユニコーンの呼び鈴
「このォ……っガントレット・ウェーブ!」
激昂が森林に響き渡り、ガントレットが叩いた地面が波打ち揺らぐ。
依頼が始まり、すでに数時間が経過していた。
私たち勇者一行が向かった先は街近くの森林・ラグオンフォレスト。依頼内容は、ユニコーンのホーン採取とブラッドラッド三十匹の討伐で、指定難易度は鬼ムズなA+。日常的に難易度Aをこなす私たちにはそう難しくはない筈だ。その紹介通り、ブラッドラッドの討伐だけは順調そのものだった。
なんせ、赤い一角獣であるブラッドラッドは繁殖の多さから数が多いだけで、その個体自体は弱い。ゲームで言うスライムとか、序盤に居るモンスターレベルなのだ。もちろん額にある一角に突き刺される可能性はあるものの、攻撃パターンが決まっている。
よってブラッドラッド自体の討伐は一時間ほどでクリア。ひとまずはひと息つける状況になったんだけど……もう一つの依頼に必要なユニコーンがどうしても姿を現さない。
タイミングが悪いのか、それとも特定の条件が揃わないと出現しないのか。
考え込む私の額には、汗がにじんでいた。
「もお!全然ユニコーン出ないじゃん!」
これならブラッドラッドを二倍討伐した方が楽だった気がする。ぶちぶちと愚痴りながら、鋭利な角を向けて飛び込んでくるブラッドラッドの角を掴んで、右足を軸にぐるぐると回って投げ飛ばす。多分、良い感じに新記録が出たと思う。
その様子を遠くの木々に留まる大型鳥獣モンスターのワライガモメが顎を仰け反らせてゲラゲラと笑うように鳴いており、あまりの煽りようにもう一匹狙って投げてみたけれど飛距離が及ばず。
「グァーッガッガッガ!」
は、腹立つ……!何もそんな笑わなくてよくない?本人からしたらただ鳴いているだけかもしれないが、顎を仰け反らせて笑い声みたいな声で鳴く姿を見ていると、ムカムカして仕方が無い。いくらブラッドラッドを投げても届かないし、届いたところで避ける。
ワライガモメの煽り笑いだけが響いて、遠くで休憩を取りに入った朝陽が呆れたように声を掛けてきた。
「おーい、芽衣!あんまり張り切りすぎるなよ、ユニコーンが出た時にへばるぞー」
「だって!あのワライガモメが!」
「アイツはいつもああだろ」
「うぐぐぐ……ギルドカード……ちゃんと更新しておけばよかった……!」
芽衣は悔しそうに唇を噛む。
あの時ちゃんと更新してればギルドカードは私が持ち続けることが出来たり、もう少し軽い任務で済んだんじゃない…?!
小さくつぶやきながらも、どうにも諦めきれない。
そんな私に同情してなのか、休憩を早めに切り上げて付き合う燈夜は、私の後ろで冷静にブラッドラッドを借りていた。ああ、いや、同情ではなく懐が寒くなったからだと言っていたが、そのお陰でミズキのクラフト作業は絶好調らしい。初級のものから上位のエーテルクインクに変えたことで、新しいクラフトメニューが増えた。
前まではせいぜいアクセサリーや武器に鉱石を組み合わせて強化するだけだったのに……今は材料さえ用意すれば新しい武器や道具を生み出せるんだから凄い。なんかついでにピアスとかイヤリングとか、そういう可愛いものもお願いできたりしないかな。
ミズキいわく、クラフトとは図画工作に近いらしい。クラフトスキルに必要な青嵐のエーテルクインクを持つだけで、頭の中に今だかつて作ったことのない製図が生まれて、それをなぞり描くだけで生み出す事が出来るとか。
作れば作るほど貯まる経験値に、生産物。経験値を溜めてクラフトスキルを上げる事で上位のクラフトアイテムが開放されることもあり、かたっぱしからクラフトを続ける彼女の足元には仕上がったものが転がっていた。もはや、骨董市状態だった。
素早さや幸福度のバフがついた指輪から、消臭効果バフがついた靴下。果ては目くらましのクラクランという胡桃球。ミズキがクラフトしたものは様々ではあるが、素人目に見ても上等品だ。
「すごいな……クラフトに必要な道具を変えるだけでこうも変わるのか」
朝陽が言うと、ミズキは食い気味に声を弾ませる。
その声色はいつもよりも明るい。
「っそうなの!凄いよこれ、クラフトの数が増えたのもそうなんだけど、明らかに質も速さも変わってるの!……作れば作るほどレベルも上がってるし、きっとこれなら、みんなをサポートするためのものだって使うことが出来ると思うんだっ!」
「お、おう……えらく気合が入ってるな」
「そりゃあそうだよ、だって燈夜にいくらかお金を出してもらったものなんだし、ちゃんと結果を出さないと」
「……結果、ねぇ」
朝陽は思う。
はて、燈夜は結果を求めて買ったものではないと思うのだが。
双子とはいえど、兄として燈夜にはお前の意図がなーんにも伝わってないぞと言ってやるべきだろうか。あいつ、口ベタだからなぁ……。
曖昧に返す朝陽とは他所に、ミズキはぺろっと唇を舐めて、また何かを作ろうと張り切り出す。
その様子に千早が心配そうな眼差しを向けるのは、なにか普段よりも熱意が強すぎるように思えたのだ。それを感じているのは朝陽も同じようで、彼らは顔を見合わせるがクラフトに関しては専門外。口に出す事は到底出来ない。
「次は、上のレベルのものでも作ってみようかなぁ」
これまでは、確実に成功させるために作成難易度が低いものから作っていたが、高難易度のものを一つ作った方が効率も良いかもしれない。なんせ失敗しても材料がなくなるだけで、これ以上のクラフトが出来なくなる……といった制限ペナルティは無いし。
よってミズキはクラフトパネルという作成可能なメニューが載ったものを出して指でスワイプしていくと、一番端に気になる文言を見つけた。
「……ユニコーンの呼び鈴……?」
「へぇ、最上位ユニコーンのうち一匹を呼び出す事が出来る……ね。」
これからの事を考えると、ユニコーンの出現は必須。
しかし、なにも最上位である必要はない。
「うーん……でも、いきなり最上位ってのはちょっとムチャじゃね?わざわざ最上位である必要はないっていうか」
「そうですよ、作成レベル的にも難しいのならいま此処でやらなくても」
朝陽と千早はクラフト知識がないながらもミズキを止めようと口を挟むと、ミズキは珍しく眉間に皺を寄せる。理解に苦しむとはまた異なる反応だ。
それこそ、何か焦っているような。
「でも、これがあればすぐにでもこの依頼が終わるんだよ?」
その言葉はどこか早口であった。
「そうかもしれないけど、最上位だろ?そもそもユニコーンすら倒したこともないのに最上位である必要あるか?」
「でも……、っこ、これが成功したらスキルアップも出来るだろうし、それに、みんなの、役にも……これだって!買った意味が」
そこまで言った瞬間、ミズキの手がピタリと止まる。
自分でも、何を言おうとしていたのかわからなくなったのだ。
ちゃんとしなきゃ、結果を出さなきゃ。……その焦りばかりがあるけど、この結果っていったい何を指すのだろう。
目の前にあるパネルに表示された「クラフト開始」の文字が、じっとりと目に焼き付く。喉の奥がカラカラに乾くのを感じて、唾を飲みこんでも潤う感覚がしない。ただ目に焼き付いた文字が頭の中を蝕み、支配しはじめると、僅かに震える指先が、ゆっくりと画面へ向かった。
「……兎に角、やらなきゃ」
朝陽や千早が何か言いかけたが、もう耳には入らない。
――タップ。
その瞬間、パネルが赤黒く光を放ち、空気がビリビリと震えた。まるで、何かとんでもないことを始めてしまったような……嫌な予感がしたけれどもう遅い。
クラフト作成開始の文字は、目の前に映し出されたのだから。