2-4 青嵐の一本と、ギルド更新騒動
これは何かが違う。ミズキが手ごたえを感じたエーテルクインクは青嵐のエーテルクインクと書かれた札が付いていた。それは先の説明で最上級品と言われたものでぺらりとひっくり返した値段は、思わず前言撤回したくなるほどの金額だ。
高い。……いや、高すぎる。完全に予算オーバーだ。今日の売り上げを全部使ってもまだ足りないほどの金額に、零れ落ちた言葉は、なんとも情けなかった。
「……高いな」
まさかここまでの品だとは思わなかった。
ミズキも札にあるゼロの多さに驚いて、手にした青嵐のエーテルクインクを落としかけていた。
「これを一つ、それと今後の冒険で使えそうな回復材を頼む」
しかし、買わない選択肢はない。俺は今日の売り上げが入った袋と、俺個人の軍資金が入った袋を取り出すと、ミズキは驚いた顔で袖を引いた。
「え、あ、い、いいの? これ、高いよ……?」
「だから?」
「だから、あの、その、凄く高いし……」
よほど高い事が気になるのか、高い事しか理由に挙げていない。
購入に踏み切れない理由は金額だけということだ。
「……これは俺の持論なんだが、金はいつでも稼げるが、良いものと二度も巡り合えるかは分からない。それなら、少し無理をしてもいいと思うんだよ」
「……燈夜……」
「まぁ、買う理由が値段ならやめろ、買わない理由が値段なのであれば買えってよく朝陽が言ってるしな」
自分の手の内を語る事は、いつだって気恥ずかしいものがある。けれど、直観で思った。この買い物が財布にダメージに与えたとしても、きっと良い効果を出してくれる。……何より、彼女の手に、ちゃんと“良いもの”を持たせてやりたかった。
ミズキは、しばらく言葉を失っていたが、やがて力強く頷いた。
「……じゃあ、これにする!」
「……フフ、青いねえ。それじゃあ、それでいいかい?」
「っあ、はい!よろしくお願いします!」
ロゼリアが満足そうに頷きつつ、ふと思いついたように言った。
「ああ、そうそう。さっきのエーテルクインク。もう使わないなら買い取らせてくれる?」
「え、いいんですか?」
「型の古いものを欲しがるコレクターって結構いるんだよ。それにあの王様から貰ったもので歴代勇者が使ったものというなら、この状態でも価値がありそうだ」
「じゃあお願いします!」
半年も扱い続けたエーテルクインクを、名残惜しさも無くアッサリと愛用のエーテルクインクと引き渡すミズキ。その代金分を抜いた金額を支払う間、新しいエーテルクインクを見つめる彼女の瞳は輝いており、やっぱり無理をしてでも買って良かったと和んだそのとき。ロゼリアがまるで釘を刺すように付け加えた。
「そういえば、アンタたち、ギルドの登録者よね」
「え?あぁ、まぁ、そうだけど」
「お節介ついでに言っとくけど……ギルドカードの更新はちゃんとやるのよ」
ギルドカードの更新。
俺とミズキの間に、一瞬の沈黙が落ちる。
「え?」
「ギルドカードは半年に一度更新しないと停止になるからね」
適当に頷きながら、記憶を手繰る。
そういえば、前回の更新っていつだ?少なくとも”まどろみの洞穴”に潜る前になにか事務作業はやってなかったはず。それに、確か、ギルドカードの管理は芽衣がしていたはず……。
「いや、でも流石にやってるだろ? 討伐前にもギルド寄ったし」
「……でもさ、めめちなら更新したよー!!って絶対自慢げに言うよね?」
「…………」
「…………」
同時に、背筋がゾクっと冷える。
そのまま、一緒になって店の隅にある壁掛け時計を恐る恐る見た。
時計の長針は、まもなく頂点。時間で言うと、
「……あと十分ね」
女店主が、くすっと笑いながら肩をすくめた。
「…………」
「…………芽衣を探せ!!!!」
どこだ、あの馬鹿はどこにいった!いまこの時ほど携帯電話があればと思ったことはない。
「あの馬鹿芽衣どこに行きやがった……!」
「確か朝陽と食材を買いに行ってくるっていってたような……?!」
しかし、それらしい店に行ってもその姿はなし。
いや、そもそも食材ってなんだ。肉か、魚か、野菜か、果物か?!それとも魔物か?!途中で買い出しを終えたらしい千早を捕まえて、彼女のスキルである“以心伝心”を使ってなんとか早めに呼び出すことは出来たが、更新の手続きを終えたのは締め切り一分前のこと。
これにより芽衣はギルドカード所持の権利をはく奪……いわばクビ。
「やだやだ!ギルドカード持ってるのリーダーって感じがして恰好いいのに!!!」
そうやって、子供みたいにぎゃあぎゃあ喚く芽衣の首根っこを掴んだままギルドカードを没収すると、それは安心と信頼の学級委員長・千早に託されることになった。