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2-3 エーテルクインク、試し書き

 少し寄り道をしつつも目的の店に向かって裏通りへ入ると、途端に音が遠ざかっていく。表の喧騒とは打って変わって静かな暗がり。昼間でも影が落ちるこの道には、多くの店舗が軒を連ねている。

 そんな裏通りで、何軒か通り過ぎたところで、地図に記された雑貨屋の前にたどり着いた。


「…………此処か」


 雑貨屋バラガンディア。通称、赤い魔女の店。

 扉の上部にある赤い薔薇が描かれた看板は、雑貨屋っていうよりも、こじゃれたブティックを思わせる。

 ……本当に赤い魔女がいたりするんだろうか。この何でもありな世界だったら、魔女がいたっておかしくはない。気を引き締めて中へ入ると、カランコロンと上部に取り付けられたベルが小気味良い音を奏でた。


「あらあら、可愛らしいお客さんだこと」


 驚いたような顔で言ったのは、カウンターに腰掛けた女であった。胸元を大きく開いたドレスに、しっかりと握られた酒。指の合間には煙草。年齢は三十代だろうか。いかにもだらしない恰好をしているのに、妙に妖艶な色香を放っており、俺がもう少し子供だったらドキドキしているかもしれないが、もうそんな年ではない。寧ろいくら妖艶な色香を向けられてもコイツ大丈夫か……?と不安しか覚えずにその姿を見ていると、店主は口元に煙草を向けて、チョイチョイと手招いたかと思うと、ふー……っと煙を吹きかけてきた。


「う……っ」


 身体に染みつくような、重たくて甘ったるい煙。その時、不良だった先輩が乗ってく?といって声を掛けてきた車の匂いを思い出して、その煙を軽く腕で払うとその先にある妖艶な笑みを睨んだ。


「…ッゲホ……っ性格が悪い……」

「うふふ、お互い様よねぇ。……それで、此処は一見さんお断りなのだけれど」


 女の声は笑っていたが、どこか面倒臭そうな雰囲気を滲ませていた。

 先の通り、一見さん……つまりは観光客お断りということだろう。俺は怯まずに返した。


「ヴァルケトの紹介と言っても?」

「ヴァルケトの?……あらあら、随分と意外なことを言ったものね」

「……ヴァルケトからの紹介だと問題があるのか」

「その逆よ」


 含みを持たせた発言。

 女はくゆらせた煙を外に向かって吐き出した。


「ヴァルケトの紹介者は決まって優良客なの。歓迎するわ、ようこそバラガンディアへ」

「…………なるほど、俺たちは優良店を教えてもらったつもりだったけど、店側からしても優良客の紹介になってたのか」

「ふふ、そういうことね。私は此処の店主でロザリア、好きに見ていくといいわ」


 なんだか、あとあと店同士でマージンが発生しそうな話だが、これ以上踏み込んで面倒臭い事になるのは御免だ。それ以上踏み込むことはやめて、ひとり棚に並べられた商品を見るミズキに向けて良いものはあるか尋ねると、彼女は遠慮がちに答えた。


「あー……え、っとぉ……実は、クラフトに使えるものが欲しいんだよね」

「クラフトに使えるものっていうと、材料のことか?」

「ううん、エーテルクインクっていう製図を描いたり、術式を書くときに使う道具なんだけど……私の持ってるものって、その……初級用で限界があるっていうか」


 エーテルクインクは、端的に言うと“アイテムクラフトをするために必要な万年筆型の魔道具”だ。しかし、彼女が取り出したエーテルクインクは明らかに古びている。装飾もほとんどないシンプルなデザインに、握られる部分にある黒ずみ。経年劣化を感じさせるそれには擦り傷がいくつもあり、鈍く光る銀のペン先に至っては、微かに曲がっている。

 ……むしろ、よくこの曲がった状態で使い続けていたな。こんなの、エーテルクインクじゃなくて普通の万年筆であったとしても、買い替え時だと思う。


「なぁ、エーテルクインクの取り扱いは?」


 尋ねると、ロザリアは 意外そうに瞬いた。


「いくつかあるけど……それにしても随分と渋いものを使ってるわねえ。それ、五十年前の型じゃない」

「えっ」

「……コレ、あの王様に貰ったよな」

「う、うん……歴代勇者が使ってたとか……」

「あのクソ狸……こんな古い型を渡しておいて、何が世界を救えだ。そもそも世界を救えって言うなら、それ相応のものを準備するのが道理じゃないのか」


 芽衣はあの対応をブラック企業だなんだと言っていたが、単純に足元を見られているのだ。くそ、もう少し良いものを強請っておくべきだった。あの時抱いた違和感を飲み込まずに、きちんと出すべきであった。

 愚痴を言っている間、積もり積もっていた不満が溢れて、言葉に棘を生み始める。それを察してなのか。それとも丁度良いタイミングだったのか。ロザリアはおもむろにカウンターの下から取り出した箱をいくつか並べてみせた。


「ほら、これが今の主流ね。」


 箱を開くと、中にはさまざまなエーテルクインクが並んでいた。紐で括られた金額札はまさにピンからキリまで。青嵐のエーテルクインクに、水月のエーテルクインク。陽光のエーテルクインク。名前だけではサッパリ違いが分からないが、ロザリアの説明が全てを補完して、安いものも高いものも。一旦は分け隔てなく、それぞれの性能を語る。

 その間、相変わらず酒瓶は手のうちにあったが、それでも言葉を詰まらせる事なく語る姿は商人のそれだ。気付けば不安感は払拭されており、ミズキはおずおずと手を挙げた。


「……やっぱり、こういうのって高いものがいいんですか?」


 ロザリアは手元の煙草をくゆらせながら、気だるげに肩をすくめた。


「物によるわね。中にはコレクション用に性能は微妙なくせに、やたらと高いものがあったりするし」

「へぇー……」

「ただ、安いものというのはやっぱり質が悪いことがほとんどね」

「成程……でも……前々から思ってたんだけど、安い=悪いってなんでなんだろ? 安い=良いってことはないの?」

「それだけ大量生産されているからって理由ね」

「大量生産?」


 ミズキは首をかしげながら、水月のエーテルクインクを取り、軽く振ってみる。中に魔力を含んだ液体が入っているのか、コポンとわずかにだが手のひらに響く感覚がある。

 俺はミズキの様子を横目にしながら、陳列されたポーションを指した。

「極端な話、手作りのポーションと、工場で一気に作るポーションの違いだな」

「……なるほど、質より量、ってこと?」

「そう。安くてそこそこ、か。高くてもバチっと合うか、だな」

「……ふぅん」

 ミズキは分かったような、分かってないような返事をしていた。しかし、既にその視線は手に持ったエーテルクインクのペン先にあった。

 ミズキがペン先をそっと指先で撫でる。その瞬間、思わず小さく息を飲んでいた。

 ペン先がこれまで持っていたものと比べ物にならないほど滑らかで、魔力が吸い込まれるような感覚がある。ほんの少し触れただけなのに、指先がじんわりと温かくなり……まるでエーテルの流れが自分の体に馴染んでいくような感覚。


「……これ……」

「どうした?」


 ミズキの瞳が大きく開く。尋ねると、ミズキは戸惑いながら、もう一度そっとペン先を撫でてみる。


「……なんか、すごい」

「すごい?」

「うん。指で触るだけで、ちゃんと魔力が流れ込んでいく感じがする。すごく……馴染む、っていうのかな?」


 興味深げに、今度はペンを握り直し、空中で何かを描くように動かしてみる。驚くほど手にしっくり馴染み、まるで自分専用に調整されたかのようなフィット感があった。そう語る彼女の声色は明るく、俺は悩みもせずに言っていた。


「ロザリア、これ購入できるか?」



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