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2-2 ごはんは別腹、匂いは正義!

 


 地図に記してもらった優良店の殆どは、裏路地に面した店ばかりであった。

 買取店の店主いわく、表通りの価格帯はあくまで観光客やよそ者を対象としたもの。商売人たちはみな、表通りの店を利用しているかどうかでカモかどうかを判別しているらしい。

 確かに、言われてみれば俺たちは表通りにある店ばかりを使ってきた。観光客価格を掲げた店に成人もしていない子供が訪れたら、鴨がネギを背負ってきたと思われるか。

 なんとなくこの世界の心理に気付きながらも、次にミズキと合流したのは、裏路地を抜けた先にある石造りの噴水のそばであった。


(ミズキはどこだ……?)


 噴水の水音と、サワサワと葉を撫でる心地よい風。

 商店街の喧騒から少し離れたこの場所は、休憩するにはちょうど良い空間だった。ベンチには行商人や旅人がちらほらと腰掛けており、そのなかでひとり。座って何かを頬張るミズキの姿があった。

 その表情はどこか満足げで、ゆるく揺れる足取りからもご機嫌であることが伝わってくる。


「……何か食べてんな」


 ハムスターやリスのように膨らんだ頬。

 ……食いっぷりはいいが、それにしても詰め込みすぎじゃないか?

 顔だってこちらに向いているのに咀嚼は止まらない。


「ミズキ、何食べてんだ」

「ん、めめち特製のケークサレ」

「……ケークサレ?」


 飛び出た料理名も聞いたことのない名前だった。ただ、ふんわりを香るチーズやハーブの香りは妙に食をそそるもので、ミズキは得意げな顔でケークサレ一切れを差し出した。


「食べてみなよ、美味しいからさ」


 パウンドケーキを一枚切ったような見た目のそれ。しかし、赤にピンク、黄色に緑とそこに挟まれた色合いはなんとも賑やかで、それでいてまだほんのりと暖かい。


「いや俺、別に甘いものは……」

「知ってるよ、だからあげたんだもん」


 だからあげた、とは。


 受け取った手前、断る事も出来ない。仕方なく一口齧ると、口の中で生地に練りこまれたチーズの旨味が広がり始めた。口の中でホロホロと崩れる触感と、後を追いかけてくるベーコンとトマトの風味。それらが全て絡み合い、野菜の歯ざわりが心地よく混ざる。

 俺は思わず舌鼓を打った。


「……ん……!」

「ね、甘くなくて美味しいでしょ。なんかフランス発祥のお惣菜ケーキなんだって」

「……凄いな、確かにこれは俺でも食べられる……このベーコンは?」

「あ、それリザードマンで作った奴らしいよ」

「……本当になんでも代用できるんだな」


 というか、芽衣のやつ……いつの間にそんなものを作ったんだ?

 モクモクと、立ったままケークサレを食べる。一口食べるとなんだか途端にお腹が空いてきたような気がして、もう一つを強請りランチボックスに手を向けると。ミズキは露骨に嫌そうな顔を向けた。


「え、もうだめだよ」

「……なんで。もしかして芽衣たちの分なのか?」

「え?いや、これは全部私のですが……?」


 ……そういえば、ミズキはうちのチーム一食いしん坊であった。

 それにしたって、あと三つはあるんだから一つくらい渡してくれたってよくないか?


「独り占めする気か……なら、しょうがないな」


 一つを手に取って、口へと運ぶミズキの手を掴む。それから少し屈んで彼女が持つケークサレを一口ほど頂くと、ミズキは髪の毛を逆立てながら悲鳴をあげた。


「ギャア!!ちょ、ちょっとお……!」

「…………独り占めするからだろ?」

「うぐぐ、卑怯だ~~!……、……うう、……はぁ、もういいよ、それで次は何処へ行くの、良いお店は見つかった?」

「あぁ、良い情報を教えてもらったからそこへ行こうかと」


 ミズキが完食するのを待ち、空になったランチボックスを片付けると噴水を背にして街の通りへと歩き出した。街は相変わらずの賑わいで、路地の向こうからは行商人の威勢のいい声が響いている。


「さぁさぁ見てってくれ!今朝採れたばかりの新鮮な魔魚だ!」

「こっちは冒険者向けの特価装備だぜ、冷気耐性付きのマントが五割引!」

「……あれ、五割引って言っても、元値が高すぎない?」

「表通りの店は観光客向けだからな。裏路地の方が地元民には人気があるんだと」

「へぇ……やっぱり、そういうのあるんだね」


 ミズキは納得したように頷きながら、ふと鼻をひくつかせた。


「……え、なにこの匂い、めっちゃ美味しそうな匂いがするー……」


 カラクリが分かれば、魅力的な勧誘もなんのその。

 だが、目の前を通り過ぎる香りだけは別問題だった。

 右からは香ばしく焼けたパンの匂いが漂い、左からはジューシーなタレ漬け肉の匂いが鼻をくすぐる。いくつかの屋台が立ち並ぶ食事ゾーンに足を踏み入れた途端、ミズキは立ち止まった。


「ねぇ燈夜、お腹すかない?」

「……さっき食っただろ」

「いやいやいや!だってこの匂いはずるいって!絶対美味しいやつじゃん!」


 目をキラキラさせながら、あちこちの屋台を見渡すミズキ。なんでお前はこうも食欲に弱いんだ。どうせ一個言ったら、あっちもこっちもと全屋台を回るに決まっている。

 手を組んでおねだりするように見上げるミズキ。このおねだり方法はきっと芽衣から聞いたやり方に違いない。


(いくらミズキでも、その手に乗ってたまるか)


 一瞬ウッ……と言葉を詰まらせるも、最後は顔を背けて断った。


「ダメだ、雑貨屋に行く。そもそも買い食いしてる時間は無い」

「めめちなら絶対寄るよ!!」

「……アイツを基準にするな」

「むぅ……」


 しぶしぶ雑貨屋の方へ歩き出すミズキを横目に、燈夜は小さく息をつく。

 しかし、その後ろ姿には、未練たっぷりのオーラが漂っていた――。


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