14-4 【最終話】最後の一皿を君へ
「……ソウル・ガントレット、再構成モード、展開!!」
芽衣の手に、再び光が灯る。エーテルクインクに宿った二つの魔力は、指先からじわじわと溶け出して身体へと馴染んでいく。その光は、まるで“レシピ”のように正確に、けれど温かく――一筋の黄金の糸となって、芽衣の両手にもう一度ガントレットを編み上げていった。
魔力の流れを読み、組み直すその感覚は、まさに料理そのものだった。鍋の中で暴れまわる素材たちを落ち着かせ、必要な順番で調味料などを入れて丁寧に整え直していく。 火加減を見極め、味を調え、スパイスを利かせ――“最高の一皿”を仕上げるように。
もう、誰かに守られて終わるわけにはいかない。
だからこれは、自分の意志で、“世界を変える”ために振るう力だ
私は真っ直ぐにロマネルクに向かって、一歩、また一歩と悠然と歩き出す。足元には、仲間たちの倒れた身体。そして、そこから流れ出す魔力の鼓動。それは──彼らが最後に託した希望だった。
「……ロマネルク、私はまだ諦めたなんて言ってないよ」
その声に、ロマネルクの表情がかすかに揺れる。
私は確かな足取りで近づいていく。その手には、まだ小さな、けれど確かな“レシピ”が宿っていた。
「……はは……一体何を考えているのです……?」
上擦った声は、恐怖か、それとも嘲笑か。ロマネルクは思いつく限りの魔法を放つ。炎に水に、風に雷に。しかし、それはどれもこれまでに見た魔法たちで怯える事はない。私は怯まずそれらに手を向ける事で全てを受け止めて、飲み込み、そして“調理”する。
混ざり合った魔力の中から、本来あるべき姿を選び取り、無駄をそぎ落とし、己の中で再構成。燃えるような赤、静かな青、優しい緑、温かな金――それぞれの魔力を自分の手で美しい魔法へと練り上げて、ガントレットへと流し込む。
「アンタが終わったものを使うなら、」
私は走り出す。
その言葉には、確固たる意思と、あふれる情熱が込められていた。
「なんだ、やめろ、……なぜ私の魔法が……!!」
「私は、“今ここにあるもの”を使う!!……此処にあるものも、アンタ自身も!!」
「やめろ、来るな、やめろおおおお!!!」
「……この世界の味を、ちゃんと私が整えてみせる!!」
全ての魔法を捕らえて、ガントレットがロマネルクの顔を掴んだ瞬間、光が音を立てて弾けた。禍々しい魔力の波が奔り、ロマネルクの身体から次々と“力”が剥ぎ取られていく。災厄と呼ばれた魔王の力、勇者の力、死者の魂──そのすべてが、手の内へと光となって抜け落ちていく。
「ッぁ、が……ッ私の力が……ッ!!!!吸い込まれるだと、ぉおおッ!!」
「これで終わりだロマネルク……!いっけ、ええええええ!!!!」
「嫌だ、いやだああああああああああ!」
ロマネルクの身体から、魔王の力、勇者の力、奪った魂の数々が剥ぎ取られていく。それは、自らが盗んだ“他人の力”が、持ち主のもとへと還るような感覚で、飲み込まれたものたちは、渾身の一撃として新しいものに作り替えて一点集中で放たれる。
「──リビルド・フィースト!」
光が打ち抜いて、空へと白い線を引く。
崩れ落ちたその姿は、異形の支配者でも、英雄でもなかった。――ただの、ひとりの人間だった。
細くて、ボロボロで。しわがれた一人のおじいちゃん。拳を下ろすと同時に、その体は音もなく崩れはじめた。
「……さよなら、ロマネルク」
その罪も、苦しみも、憎しみも。ほかの剥ぎ取られたものとは異なり一緒に朽ちていく。これが、彼の罪なのであろうか。彼の存在が朽ちて、塵となったものすべてが風に溶けて消えていく。
──そして、残ったのは、ただひとつの静寂だった。
新しい風がそっと吹き抜けて、ガントレットに構築した多くの魔力が解けて消えていく。空へと惹かれた白い魔力の光。そういえば、あの光は今あるダンジョンの天井を壊して、ぽっかりと穴を開けてしまった。
魔力の残滓が、淡い光となって地面に降り注ぐ。
一輪、また一輪。 藤色の小さな花が、私たちの足元にそっと咲き始めた。
戦場に、安らぎが降りた瞬間だった。
「はぁ……っ、……っはぁ…………」
私は拳を下ろしたまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。まだ、呼吸が整わない。それに、全身だって重い。けれど、何かがほどけたような、指を抜けるような感覚があった。
……終わったんだ。自分の手で、やり遂げたんだ。
「……勝った、んだね」
息を吐き出した、その瞬間。ぽっかりと開いた穴から静かに差し込んだ光が、誰かの影を描き出した。
顔を上げると、そこには、よろけながらも立ち上がった仲間たちの姿があった。
先頭には朝陽。傷ついた体を引きずるようにして歩きながら、隣に寄り添う燈夜が彼の肩を支えていた。その後ろから、千早が両手を胸に当てながら、ミズキ笑みを浮かべて手をヒラヒラと振りながら歩いてくる。
そして、一番後ろには、風に笠を揺らしながら佇むイサハヤさんの姿があった。
その無言の頷きには、戦いの終わりと、かつて守れなかった者たちへの誓いが滲んでいた。
それぞれが、自分の足で──私の元へと向かってくる。
「……頑張ったな、芽衣」
「っ朝陽!!」
あの声。あの姿。あの温もり。
確かに“今”ここにある、それが信じられなくて、本当の意味で戦いは終わったのだと張り詰めた糸が緩んで、鼻の先がツンとした。
目の前に立った朝陽は言う。
「……まさか、お前に助けてもらう日が来るなんてな……ありがとな」
朝陽の言葉は、少しかすれていた。でも、その声には、心からの信頼と誇りが宿っていた。
胸の奥がじんわりと温かくなり、力が抜けるようにその場に座り込む。
「芽衣?」
「いっぱい魔力使って、いっぱい戦って……お腹空いたぁ……」
ふっと、空気が和らいだ。
重く張りつめていた空間も、すうっと解けていく。
仲間たちの顔に、ようやく安堵の笑みが浮かび始める。
「……あははっ、めめちってばボスを倒して言うことがそれ~?」
傷だらけのミズキがケラケラと笑いながら、そっとしゃがみ込んで肩をぽん、と叩く。
ああ、彼女の軽口が、なんだか凄く落ち着く。日常が帰ってきたって感じがする。
「……無事で、良かった……っ」
千早の声は震えていた。けれど、微笑もうとするその顔には、どこかホッとしたような安堵が滲んでいた。それを見ていると、なんだかたまらなく泣きたくなって、胸が熱くなったけど、私は親指を立てて見せた。
「へへ、皆が道を開けてくれたからね!」
「うん……めめち本当に、かっこよかったよ」
「……お前がいなかったら、俺たちはとっくに終わってたのかもしれないな」
ミズキが言い、燈夜も小さく息をつきながら言った。
「……感謝する」
最後に、イサハヤがぽつりと呟いた言葉は、彼らしく不器用で、それでも誰よりも真っ直ぐだった。
私は皆の顔を順に見つめてから白い歯を見せてニッカリと笑い、今度は指二本を立ててピースサインをして見せた。
「何言ってんの、みんなで勝ったんだよ!」
みんなが居なかったら、誰か一人でも欠けていたらきっと勝つことは出来なかった。
それこそ、彼らと同じように全てを恨む者になっていたかもしれない。だからこれはみんなの勝利であって、私だけの勝利ではない。それだけの気持ちをいま伝えるのはむずがゆくて全てを伝える事は出来なかったけれど、私が拳を前に突き出すと、みんなが拳を突き出した。そのときの笑顔は、どこか懐かしくて、やさしい光をまとっていたと思う。
だけど──その光は、別れの始まりでもあった。
「あ……っ」
千早が小さく息を呑む。
気づけば、手足が微かに透け始めていた。
「……体が……」
私も自分の手を見て、声を震わせた。
まるで砂粒が風に溶けていくように、身体が、淡い光の粒子になって空へと昇っていく。
「……こんなに早く……いなくなるものなの?」
「……魔王の存在が消え、契約が完了となったんだろうな」
ただ一人、”異常のない”イサハヤの低い声が、静かに告げる。
ミズキは唇を噛み、芽衣の腕をぐっと握った。
「……戻れるのは、嬉しいはずなのにね。……なのに、こんなに、寂しいなんてさ」
燈夜も黙ってうなずいた。
けれど、その瞳の奥にある寂しさは、誰もが察していた。
私は、イサハヤを見た。
「……でも、イサハヤさんは……」
「……私のことは気にするな。元々この世界の者だ。帰るべき場所が違う」
「でも、イサハヤさん……これからは一人でしょ?」
風が草原を撫で、咲き誇る花々がそよいだ。イサハヤさんはしばらく空を見上げ、それから静かに言葉を紡ぐ。
「一人じゃないさ。ゴロンロンにいるドワーフたちもいる。それに、村にも。……居場所なんて、探せばどこにでもある。どこにだって、行ける」
「…………そっか。そうだよね」
「それに、仲間たちも……弔ってやらねばならん」
仲間たちは戻ってはこなかった。
遺品すら残されず、戦場に光とともに還っていった命たち。
けれど、想いを込めて弔い、故郷に眠らせることはできる。
「……イサハヤさん、私たち……また会えるかな?」
その言葉に、イサハヤはしばらく目を閉じ、静かに、ゆっくりと口元を緩めた。
「……ああ。必ず」
その約束のような一言が、風に溶けるように広がっていった。
すると、不思議な風が草原を撫で、咲き誇る花々が一斉にそよぎ出す。
その風に導かれるように、私たちの身体が、ふわりと宙へと浮かび始めた。
「──また、いつか」
ああ、眩い光に包まれる。最後に見えた空は、果てしなく澄んでいて、その中に、藤色の花びらが舞っていた。
*
気づけば、そこは見慣れた部室だった。
窓辺から差し込む茜色の光と、ほんの少しだけ埃っぽい空気。目の前にはホワイトボードがあり、そこには「文化祭まであと三十二日!」という文字と、黒いマーカーで描かれたミズキのヘンテコライオンが残っている。
「……元の世界、だよね」
言いながら、辺りを見渡す。
足元には部活で使うドラムやギター、それからドラムスティックが端の方に片付けられていた。その奥にはカバーを付けられた電子キーボードがあり、「あ、俺のギター」と朝陽の喜ぶ声が聞こえる。
外から聞こえる軽やかなチャイムは、懐かしい日々を思い出させるようで、不意にホワイトボードに描いた絵しりとりのことを思いだした。
「これ、朝陽とミズキが描いてたやつ……」
始まりはミズキのテントの絵から始まった。あの時はミズキのテントに続けて朝陽が灯油を描いて、その次に私がユニコーンを描いて、「本当にいたらいいのにね」なんて話していたんだっけ。
まさか、そのあとに世界平和を委ねられて一年間も異世界で冒険をすることになるなんて。しかも、ユニコーンもウマカツにして食べちゃったし。
「うわぁ……そういえばこんなの描いてたっけ、なつかしー……」
これまでの戦いを思い出して、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。それに、全てが妙に懐かしく感じるのに、スマホを見たら転移した日から、ほんの数分しか経っていなかった。
「私たち、本当に戻ってきたんだよね」
異世界で薄汚れた手も、割れた爪も今は綺麗になっている。朝陽だってあれだけの大怪我をしていたのになんの怪我もなく、まるで全てが夢だったような。
しばらく誰も言葉を発しなかった。
だけど、ぽつりと呟いた。
「……ねぇ、私たち、異世界救っちゃったね」
その言葉が合図のように、皆の顔に少しずつ表情が戻っていく。
「……そうだな」
「あはは、異世界出張するなんてね」
笑い声の中に、どこか切なさが混じるのは気のせいじゃない。
「夢だったのかな」
「夢にしちゃ随分とリアルすぎるだろ」
「いえ、夢じゃありませんよ。ほら」
それは、あの異世界でイサハヤさんが持っていた、藤色にきらめく小さな石飾りだった。
一体いつ託されたのだろう。随分と恰好いいことをしてくれるじゃん。
「……また、会えるかな?」
ぽつりと言う。
きっとみんなも同じことを思っていた。
藤色の石に向けられる眼差しは、温かい。
「会えますよ、きっと。……いつの日かきっと、この石がまたつなげてくれると思うんです」
「じゃあその時は、何を作ろうかなぁ」
「……めめち、また変なの作ったら怒るんだからね」
「変なのなんか作んないもーん、ちゃんと美味しいって言わせてみせるんだから!」
それぞれに、笑みがこぼれる。
五人が揃って歩く中、藤色の石が、光を受けてきらきらと煌めいていた。
――まるで、また始まる旅の扉のように。
最後まで見てくださりありがとうございました。
少しでもいいなと思ってくださったら☆5評価など頂けると大変嬉しいです。
初めて書き上げた一次創作作品で、執筆期間は一カ月半とかなり短かったですが、楽しく書き上げられました。楽しかった!!




