2-1 銀貨と信頼と、賢い賄賂
「いやぁしかし、うちはありがたいけど随分と狩ったなぁ……燈夜くん」
店主は、目の前に積みあがったリザードマンの山を見上げて茫然としていた。
数で言えば百匹ほど。ギルドの買取店でも多く感じる量なのか積み上げたリザードマンの山はよく目立ち、いつの間にか人だかりまで出来ていた。
今回これだけの量を持ち帰れたのはひとえにスキル・マジックバックのお陰だが……流石に多すぎたかもしれない。
(くそ、芽衣じゃあるまいし、俺は目立ちたく無いってのに……)
マジックバックに保管していたそれは、素人目にもわかるほど鮮度・品質ともに良い状態であった。いまだ弾力の感じる身体に、濁りの無い透き通った瞳。死んでいる筈なのに、まるで俺を見ているようで……不気味すぎて思わず目を逸らす。
「……うちのリーダーがトラブルメイカーでな。……それで、全て買い取れるのか?」
「あぁ、リザードマンは肉も美味いし、爪や革、眼球まで加工材料に使える捨てるところなしの万能品だからな。うちとしちゃありがたいよ。それで金額は……色をつけてこんなもんでどうだい?」
「ん、あぁ……じゃあ、それで」
提示された買取価格は、想定よりも遥かに高かった。一匹あたりの単価を考えても、以前買取してもらったところの二倍近い金額。驚きのあまりに出た反応は、幾分か不愛想だったかもしれない。
しかし店主はとくに気にした風もなく、布袋いっぱいに硬貨を詰めると、きゅっと革ひもを締めながら尋ねた。
「燈夜くんたちはいつまで此処にいるんだい」
「あぁ……色々と道具を揃えたら明日にでも発とうかと」
「そうかい、……そうか、そりゃあ残念だな」
沈黙。
どこか、寂しげな顔を見せているが――
「……リザードマンの納品がなくなるのが惜しいだけなんじゃないか」
そう言うと、店主は口を大きく開いて笑った。
「ははっ、そりゃあそうだ!冬支度にはリザードマンの皮が欠かせねぇし、……今年は冷え込みが厳しくなりそうでなぁ!」
「つまり、また持ってこいと」
「あんたたちの狩ったリザードマンなら、品質も保証付きだろ?」
店主は感情を隠しもせずに笑う。
なんなら、茶目っ気のあるウインク付きだ。しかし、子供相手でも正当に評価して、それに終わらず真っ直ぐに信頼を寄せてくれた姿を見ているだけに、妙に憎めない。きっと、これがこの店が長くここにあり続ける理由なんだろう。
俺は渡された布袋の紐を解いて、そこから複数枚の硬貨を抜き取った。
「これで頼みがある」
「うん?俺にか?」
「この街の、優良店を教えてもらいたい」
被せるように言った言葉。
良くしてくれた手前、申し訳ない限りだが、なにも優しくしてくれたからとチップを渡しているわけではない。店主もその一言で察したように目を線にして笑った。
「はああ、なるほど。これで俺から情報を買おうって?」
確かに冒険者ギルドと提携しているお陰でここを訪れる冒険者は多い。それにより他愛のない雑談から情報を得ることも多く、役にたつ情報も提示できるが……まさか地元であるこの街の優良店を教えるだけで銀貨が貰えるとは。
ノーリスクで美味いことこの上ない話だ。
何より、冒険者の中でも若手である彼らが賄賂を渡すとは面白い。
――とでも思っているのだろうか。店主は無精ひげを摩りながら、笑い混じりに言った。
「……まさか俺に賄賂を渡すとは思わなかったな」
「俺たちを見て、どうせ分からないだろうとぼったくるような輩はごまんと見てきたからな。……アンタみたいに、初見でも適正価格に色をつけてくれるような優良店と効率よく取引したいんだ」
「ははは!そいつぁ嬉しいねえ!……そうかそうか、それじゃあうちの店を贔屓にしてもらおうじゃねえか。あんたたちは腕は立つみたいだし、優良な冒険者なら尚更仲良くなっても損はないからな」