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14-2 魂が叫ぶとき

「誰かを想って戦った人の魂を、ラベルなんて呼んで!千歳さんの人生を、……千早の、大事な人を……!!」


 許せない。許せる筈がない。だって、千歳さんは私たちと同じようにやってきて、ずっと戦い続けていたんだ。それを自分の自己顕示欲を叶えるためだけに使うだなんて許されていいはずがない。

 口の中に広がる苦みに、全身の毛が逆立つような猛烈な怒り。私は、そのとき初めて知った。体の中がグラグラと茹だるように、全身が熱くなるほどの怒りがある事を。

 許してはいけない。

 こんなことを、許してはいけない。


「──ソウル・ガントレット!」


 気づけば、芽衣は叫んでいた。

 しかし、魔力を使い果たしたいま、魔力を象るそれを発動する事はできない。指の先にすら力が灯らない。それでも手が白くなるほど力いっぱいに拳を握り締め、唇をかみしめた芽衣は走り出したのは無謀な特攻で。握り締めた拳をもって怒りをぶつけるように殴りつけたが――いまや災厄に等しいロマネルクからすれば、子猫がじゃれているようなものでしかない。

 攻撃一つを防御壁が遮ったあと、ニタリと笑ったロマネルクが視線を合わせて言った。


「……まぁまぁ、落ち着いて。あなた達は見ていてください、観客としてね」


 ロマネルクが指を弾くと、手にしたガントレット本体に亀裂が走った。その異常を瞳で捉えた瞬間、ガントレットは弾けるようにして砕け、まるで首を掴まれて思い切り引っ張られるように体が強い力で弾き飛ばされる。


「芽衣!」

「ッめめち!」


 おもちゃのように吹き飛んだ体を、ミズキと燈夜が二人でそれを受け止める。しかし、その二人も満身創痍。私ひとりの身体を受け止める手は震えて次の手が出ない。


「……さあ、いきますよ……!」


 全員が、次の手を出せずにただ見守る事しか出来なかった。


 荘厳な祈りを捧げる神官のように両腕を高く掲げると、空気が震え、足元に広がる魔法陣がゆっくりと脈動を始めた。広がる異様な寒気に、耳の奥へ流れ込む僅かな痺れ。脈動が広がるにつれて足元から遠く離れた大きな岩までもが異常事態を報せるようにカタカタと揺れ始める。

 遠くではモンスターたちが此処から立ち去るような影が見えた。

 そして、頭上に広がる重々しい雲が黒雲となり、雷を呼び始めたそのとき、ロマネルクは希望を声にして唱えた。


「別世界へ続く時空よ!!いまこそ開くのだ──ディメンション・サンクタム!!」


 幾何学模様を描いた魔法陣がロマネルクに応え、禍々しい魔力がうねり始めた。

 それに引っ張られるように大気が歪み、辺り一体に立ち込めた黒雲の中で空が裂けるような音が響き、亀裂が走る。それはまるで何かアニメ映画を見ているような。信じられない光景なのに、アニメを見て育った私たちにはこの亀裂が何を意味しているのか、嫌でもわかった。


 ──開く。

 この世界と“あちら”を繋ぐ、次元の扉が。


「来い……! さあ来い……!!」


 空気が歪み、淀み、肌に振動が走る。そんななかでロマネルクは、恍惚の表情で両手を掲げて最大級の期待を孕ませていた。八十年以上待ち侘び続けていたものが、夢が、ついに叶う!……しかし、ロマネルクの思惑全てが止まった。

 風が凍り、光が、沈む。世界が息を呑み、そして、黙したのだ。

 それどころか魔法陣の輝きが音もなく地面に沈むように消える。……失敗だ。誰がどう見ても、失敗だった。


「……反応が……ない……?」


 ロマネルクは両手を掲げたまま、茫然と零した。

 偉大なる災厄――魔王・ギルティスの器を手に入れ、勇者たちの魂も使った。それなのに反応はせずに、魔法陣の輝きは消え、空にあった亀裂が薄れていく。残されたのはぽっかりと胸に開いた空虚のみで、吊り上げた口角が引きつってしまう。


「失敗、したのか……?」


 その気付きはまるで呪いのように空間を覆い、ロマネルクの両腕がわずかに震える。

 沈黙の中、ロマネルクの表情に不安が滲み始めた。


「なぜ……なぜだ……?」


 期待で熱された空気が、冷水を浴びせられたように冷える。

 必要なものは全て用意した筈だった。すべてが計算通りの筈だった。未だ誰も到達していないとしても、理論上は出来るはずだった。なのに、なにがいけなかった?この場を用意するだけの年数が積み重ねた、思い通りにならない歯がゆさ。唇に血が滲むほど歯を食いしばったロマネルクは、唾を飛ばしながら叫んだ。


「なぜだ、なぜいけない……!貴様ら勇者がいれば、“あちらの世界”に行けるはずだろうがッ!!」


 ロマネルクの声が震え、牙をむく。

 焦燥と、怯えと、そして……どうしようもない嫉妬。その途端、ロマネスクはあの日のことを思い出した。あの日の暗い、繰り返したくもない日々のことを。


「……この世界じゃ、何度も勇者たちが現れる。そうしたらまた、全部、ポッと出てきた奴らに……私が積み上げたものを、全部、持っていかれる……!」


 蝕むように広がる感情。彼は唇を噛み、うつむいたまま拳を震わせる。


「……名前も、姿も……誰にも覚えられないまま……」


 それは誰にも気づかれぬまま、歴史から零れ落ちた小さな声だった。

 でも、私はその言葉を拾い上げて思わず目を見開いた。だって、今の言葉ではなかった。明らかに、誰かに向けたものではない。遠い過去に、自分自身へ刻み込まれた傷。何かに怯えているような、……切に訴えているような。

 ロマネルクはそのまま独り言ちるよう、呟いた。


「あの時だって、必死に戦ったんだ……王族を守るよう命じられて、瀕死になるまで魔力を注いで……でも……結局、来なかった。誰も来なかったんだ……」


 小さく、かすれた声が言う。


「遠くで、勇者が現れたんだ。──そして、全部終わった」


 つまり、彼は宮廷魔法使いだったのだろう。きっと今よりも期待だとかキラキラとした希望を抱いた魔法使いで、王族を守ることを使命としていた。けれど勇者が現れた瞬間に、彼の功績も名前もかき消され、誰にも覚えられなかった。それがすべての始まりで、根深い、八十年間も続いた恨みの始まり。

 自分がもしもその立場だったら?誰にも気づかれず、頑張りも認められずにひっそりと死んでいく。考えるだけで胸がぎゅっと締め付けられる。

 一瞬、言葉を失い、そして──ぽつりと呟いた。


「……そのために、他の命まで……?」


 ロマネルクの肩が、微かに震えた。

 その声には、哀しみと、怒りと、ほんの少しの戸惑いが混じっていた。


 私は息を吸い、まっすぐにロマネルクを見つめる。


「……私もロマネルクの気持ちが……少しは分かる気がする。私も……いつも脇役だった。頑張っても、注目されて褒めてもらえるのは親をもった違う子たちで。どうしたら見てもらえるのか、ずっとわからなかった。私も、誰かに見てほしいって、ずっと思ってたから。……でも、自分の存在を証明するために、他の誰かの命を奪うなんて……私は間違ってると思う」


 だが、何を言ったってロマネルクからすれば自分たちは元から特別待遇を受ける勇者で、何が正しいかを説くなんて嫌味でしかなかった。

 ロマネルクの顔が一瞬で紅潮し、狂気にも似た怒気が爆ぜた。


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