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13-4 最後に立ちあがったのは、誰だ


 そうだ、泣いてる場合ではない。相変わらず涙は決意に反して沢山出てくるけれど、涙は身体にある水分と奪うし、何より視界も悪くしてしまう。私は今ではすっかり汚れた服でその涙をぐいと拭うと、朝陽が要らないと言っていたポーションや回復材を無理やり押し付けた。


「オイ……芽衣……」

「まだ、死なれたら困るから。ちゃんと見ててよね、私が頑張ってるってこと」


 ――朝陽が生きている。それだけでいい。

 回復材の中から癒しの実をパキリと割って、回復効果を持った液体を首筋に染み込ませる。その効果は正直ポーションよりもはるかに悪いが、意識を繋げるには、それで十分。

 あとは、自分がやる番だ。癒しの実の効果で、傷口が薄く消えていくのを見ながらゆっくりと立ち上がる。それから両手で自分の頬を叩き、意識を引き締める。

 その隣には、いつの間にか燈夜が来ていた。複雑な表情で、片割れである朝陽を見つめている。

 そして、朝陽の鋏太刀を手に取り、ぽつりと呟いた。


「……朝陽、お前の刀、借りるぜ」


 返事はない。けれど、この太刀が静かに語りかけていた。

 「使え」と。


 それだけで十分だった。


 燈夜は理解している。朝陽の容態が決して楽観できるものではないこと。癒しの実を使ってなお、首の皮一枚で繋がっているだけだということも。双子っていうものは皮肉なもので全てが分かってしまう。でも、だからこそ、この戦いは早く終わらせなければならない。

 だが、決着をつけるのは、自分ではない。それは――芽衣だ。

 もう一度、最善の道を切り開くために。燈夜は駆け出した。迎え撃つように迫るランスを、身をひねって避ける。――しかし、ランスはもう一度追ってくる。まるでホーミング機能でもついたかのように、背後からくるりと方向を変え、再び襲いかかってきた。


「……ここだ!」


 間一髪、燈夜が飛び上がる。狙い澄ましたように迫るランスを、逆に足場にして踏みつける。

 その瞬間。


「ホーリー・バインド!!」


 千早の魔法が発動し、光の鎖がランスを地面へと縫いとめた。


「燈夜くん! 私がこのままランスを押さえます! 行ってください!」

「……ああ!……ミズキ!!」

「はいよ!うちの大将のために、道、開けなきゃね。――ゴーレム軍!」


 ミズキが指を鳴らし、生き残りのゴーレムたちに指示を飛ばす。

 それに合わせて、魔王へと一斉に突撃を開始した。

 まずは損傷の大きいゴーレムたちが先陣を切り、続いて比較的損傷の少ない者たち。そして最後に――大将、アイスゴーレムが進撃を開始する。それはちょっとした戦争みたいな光景に見えるが、これでもまだ脅威にはならないのか。魔王はまるで、赤子の手をひねるようにそれらを捻じ伏せていく。


「フ……どれもこれもつまらないお遊びだな」


 次々と砕かれていくゴーレムたち。最後に残ったアイスゴーレムさえ、傷をつけることもできず、崩れ落ちる。手応えも、全く感じぬままに。

 それを見た燈夜の口から、思わず乾いた笑いが漏らした。


「……はは」


 ――これがゲームだったら、どれだけよかったか。

 でもこれは、死んだら終わりのクソゲーだ。

 ゴーレムたちの体が崩れた瞬間、つまり魔王が何らかの攻撃を放った瞬間を狙って燈夜とミズキが挟み撃ちにして双剣を振るう。同時に行われる四撃に躊躇はない。すべての攻撃は魔王に向けて。致命傷となり顔や首を狙うものの、物理攻撃をカットをするように寸前のところで壁が生まれて全てを弾く。

 それでも何か、糸口がある筈だ。毎撃攻撃の個所を買えて、何か隙間があるのではないかを探る。大きく弾かれた時には後方に下がって、ミズキが風魔法を唱えるも、大きな風の刃も壁に弾かれて効かず。


「つまらん、つまらんぞ……所詮は青い鳥か」


 緊張感は募り、燈夜とミズキの息が切れる。大きく息を吸うだけの余裕もなく、金属が薄い壁のようなものにぶつかり、火花を散らす。それなのに、その先に届かない。


「……ッいい加減に……これを、退けろォ!!」


 燈夜は裂けた空気を切り裂くように、渾身の一太刀を振るった。

 朝陽の鋏太刀、彼の“想い”を受け継ぐ刃に魔力を込める。──しかし、魔王の防壁と激突したその瞬間、能力の差が分かってしまった。激突した刀がガチガチと震え、刀身にヒビを刻む。その線はゆっくりと伸びて、裂けた空間に甲高い音が響き、鋏太刀の先が、悲鳴を上げるように砕けた。

 一閃のあと、砕けた刃の一片が弧を描きながら宙を舞い──足元に突きささる。

 硬い音を立てて床に刺さったその刃には、まだ微かに、魔力の残滓が燻っている。だが、折れたからなんだと言うのだ。この戦いはチーム戦。まだ、人は居る。


「……ギルティス、お前は此処で御終いだ……!!ハ、ァアアア!」


 イサハヤの咆哮が、戦場の空気を裂いた。振るわれた大太刀が、風を切って火花を散らし魂を込めた一閃が、魔王を狙って叩きつけられる。

 その迫力と骨を軋ませるほどの重みに、魔王は手も出さずに目を細める。


「……イサハヤ、何故お前のような手練れが子守りを?全く理解が出来んな……!!」


 魔王の唇がわずかに歪む。怒気混じりの声が漏れ、ほんの一瞬だけ――その余裕が、崩れる。


「千早!今だ!」

「はいっ!――……この迷い彷徨う者たちに、聖なる裁きを――ジャッジメント!!」


 天から降り注ぐ、まばゆい光の剣。空が裂け、轟く光の柱が魔王のいる地点へと降り注ぐ。あまりの勢いに砂塵が舞い上がり、視界を覆い尽くすものの、確かに狙いは良かった筈だ。


「やったか……?!」


 誰もが息を飲んだ。あまりにも強烈な光――直撃の確信。けれど、それが確信で終わることはなかった。

 風が吹く。砂塵が、すうっと晴れて、そして、見えた。


「さぁ、全て返そうか」


 魔王は、倒れていなかった。

 それどころか、傷一つ負っていない。その姿は、まるで最初から“何もなかった”かのように、冷たく静かに佇んでいた。

 彼の背後で留まっていた光の剣たちが、今──自分たちへと向かって放たれる。

 逆流する閃光。 それは、もともと彼らが放った“聖なる裁き”だった。──この場合、裁かれるのはいったい誰なのだろう。私たちは、世界を救うために頑張っているのに?

 答えは無情にも降り注ぎ、眩い閃光に弾かれて身体が空を舞う。その手応えのなさに、空気の重みすら失われる。魔王の無傷の立ち姿が、本当の絶望の始まりを告げていた。


 そのなかで、ひとり芽衣は考える。


(おかしい……)


 魔王の防御は、確かに絶大だ。攻撃も強い。だが、まだ“誰かが死ぬ”ほどの一撃は放ってきていない。……何故だ? 本気を出せば終わるのではないか。なのに、それをしないのは。

 ……もしかして、魔王は“防御特化型”なのかもしれない。それこそ彼が自分たちと同じように転移してきた勇者であるのなら、自分たちと同じように万能なチートスキルなんて持っていないはず。

 意外と攻撃力は大したことないのでは?


 ……なんて。

 そんな甘い希望に縋った自分を、今すぐぶん殴りたかった。

 ──空気が変わった。風が止まり、肌が粟立つ。嫌な予感が、背骨を駆け上がる。


「……くく……ククク……そうか……お前たちを見くびっていたようだ……」

「これから、やる気を出す気……?」

「マジかよ……」

「もう、これで終わらせる」


 魔王の身体が、ふわりと宙へ浮かび上がる。

 そして、片手をゆっくりと前へ――その掌に、黒い魔力の塊がぽつんと灯った。


 パチッ。

 一瞬の火花が、何かのスイッチを入れるように跳ねた。黒球がバチバチと音を立てて膨張していく。空間がきしみ、目には見えない圧力が肌を焼くように突き刺さった。


「終わりだ――アポカリプス・ノヴァ」


 名乗られたその瞬間、全身が総毛立った。

 巨大な隕石が落ちてくるみたいに、此方を見降ろす災厄を集めたような黒球に足が竦む。心臓が縮む。息が詰まる。いまは走ってもいないのに、長距離を走り切った後のように呼吸が浅くなって、心臓が痛くなって、膝が震えて何かが本能的に叫んでいた。

 ──これに当たったら、死ぬ。


 ……ああ、やだ。怖い。

 もう無理だ。こんなの、無理に決まってるじゃん。

 逃げたい。誰か、代わりにどうにかしてよ。

 怖いよ。もう、嫌だよ──

 いま思うことはどれも弱音ばかりで、決意したばかりの人間とは思えないくらい弱かった。でも、目を閉じて逃げるくらいなら、最初から戦場になんて立たない。泣きながらでも進んできた道を、今さら引き返すわけにはいかない。


 涙で滲んだ視界の奥。

 仲間たちの顔が、ぽつりぽつりと浮かんでくる。

 ギルドカードの更新で、呆れながらも助けてくれた燈夜とミズキ

 一緒にお風呂で夢を語った、千早の言葉。

 チーズナンを囲んで、笑い合った晩餐。

 イサハヤさんと見上げた満天の星空。

 ユニコーン討伐のあと、黙って横に立ってくれた朝陽。

 どれも全部、私の中に“残ってる”。


 ……ああ、そうか。これで駄目だったら終わりなのか。

 元の世界に戻れず、違う世界でひっそりと死んでしまう。だったら──全部、出し切ってやる。ケチャップの最後の一滴を絞るように。胃の底に残った力も、心に灯った想いも。全部、腕へと注ぎ込んでやる。

 この拳には、私の“全部”が詰まってる。

 何度も折れそうになった私を、何度でも支えてくれた“みんなの声”。

「絶対に帰ろう」って、そうやって誓ったんだ。

 これは、私ひとりの拳じゃない。


 ──みんなの“生きたい”って気持ちと、“帰りたい”って願いを全部のせた、私たちの一撃だ!!!!


 答えをはじき出した瞬間、ドクンと胸の奥で何かが脈打った。

 燃えるような魔力が、脈々と腕に集まり、黄金色の光となって私の腕を包む。その光が渦を巻くようにして集まり――やがて、拳を守るようにガントレットの形を描いた。


「なんだ……それは……」


 これには魔王も驚きの目を向けていた。魔王の禍々しい力とは対極に立つような美しい黄金の光。そのガントレットを名付けるならば、ソウル・ガントレットがいいだろうか。温かくて、見ているだけで胸が弾むような希望の現れ。私は口角を吊り上げると拳を握り、黒球めがけて走り出した。


「私は、夢を描けない。だけど――今、ここにあるものを使って、“形”にすることならできる!」


 今ある魔力を形に――一撃再構成リビルド・クラッシュ


「これが……私の、全力魔法だああああああああああ!!!!!!」


 叫びと共に放たれた拳が、真っ向から“それ”にぶつかった。

 天から降り注ぐ災厄の核――黒く蠢く、全てを呑み込まんとする魔王の魔力塊。その禍々しさは、視界を焼くほどに眩く、視神経すら蝕むような熱を帯びていた。

 しかし、私は立ち止まらない。

 その拳に込めたのは、ただの力ではない。


 朝陽を救いたいという叫び。

 帰りたいという祈り。


 そして――

 一緒に笑って帰るって、みんなで誓った願い。


 それらすべてを乗せた拳が、雷鳴のような音を立てて災厄と激突する。

 凄まじい衝撃音が戦場を震わせ、火花とともに魔力の奔流が爆ぜて巻き起こる。世界そのものが軋みを上げるような“力と力”の対話のなか、一歩、また一歩と――その災厄を、押し返していく。


「私たちは……絶対に、帰るって……決めたんだああああああああああ!!」


 燃えるような熱と、指先から響く痛み。それでも、その声は、戦場を揺るがす雷鳴よりも力強く――もはや咆哮とも呼べる叫びだった。

 拳が、災厄の核に深くめり込んだ瞬間。砕けた鋏太刀の欠片がその拳に吸い込まれるように分解して包み、魔力と融合してまばゆい蒼光が奔る。

 ああ、朝陽や燈夜の力が、指先に伝わっていく。苦しい筈なのに、もう先の感覚はなくなっていた筈なのに。痛みばっかりだったはずなのに。


「終わりだああああああ!!!!」


 心が震えるほどの胸が熱くなって、私は唇を噛みしめて前に出した拳を力任せに振り抜くと、──炸裂する音と共に、巨大な黒球が音もなく、砕けた。ばちばちと火花を散らしながら、その塊は霧散していく。

 そして、その拳の軌道をそのままに――魔王ギルティスの胸を、まっすぐに穿ち抜いた。


「な……に……ッ!!!!」


 反応が出来ないほどの速さと、痛みすら感じない圧倒的な鋭さ。ギルティスの瞳が見開かれる。

 その表情には、かつて見せたことのない感情――“動揺”が、滲んでいた。


「あ、が……ッわ、わたしが……こんな、子供に……!」


 黒き王の身体が、力なく地に崩れ落ちる。

 その瞬間、場に立ち込めていた気配が、ふっと途切れた。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 唇が震えた。誰よりも強く、必死に立ち向かったはずなのに、戦いの終わりはあまりにも唐突で。ぽつりと、力の抜けた声が漏れる。

 芽衣がその場に膝をつき、荒く息を吐く。

 全身が、熱いのか冷たいのかも分からない。視界は滲み、胸はまだドクンドクンとうるさく脈打っていた。


「やった……の……?」


 ぽつりと、呟いた声は、砂埃にかき消されるほど小さい。

 でも、仲間たちはそれに応えるように、静かに頷いていた。全員が、信じたかった。

 ──終わったのだと。


「……ええ、ええ。やりましたよ……」


 でも、無常にもその声は仲間が発したものではなかった。

 聞き覚えのある、けれどどこか異様に聞こえるその声。私はわずかに眉を寄せた。


 おかしい。なにかが、違う。

 地に倒れたはずのギルティスの身体が――胸からゆらり、と起き上がる。まるでマリオネットのように不自然に揺れ動いた体は、その輪郭が不自然に崩れていく。

 まるで、蝋が溶け出すように。 肌が靄と化し、口元が――ぐにゃりと歪む。

 ……そこにあったのは、別の顔だった。


「……ッロマネルク……!?」


 芽衣の口から、震える声がこぼれる。

 ロマネルク──その男は、くしゃりと顔を歪め、狂気を帯びた笑みを浮かべた。


「フフ……フフフフッ!やっと、やっと私の番ですよォ……!」


 あの時と変わらぬ、あの気色悪い、湿った声。

 芽衣の全身が凍りつく。


「感謝しますよォ、皆さん……これでようやく、すべてが《《揃った》》!!」


 その瞬間、戦場の空気が――ガタン、と音を立てて傾いた気がした。

 終わったはずの世界が、また一段深く、地獄へと堕ちていく。


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