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13-3 勇者一行は足を止める


 ……それと同時に、その槍を見た芽衣は、思わず「どうやって?」と、息を呑んでいた。

 先で見たギルティスの手のひらに浮かび上がった黒球が、ゆっくりと黄金の槍へと姿を変えていく光景。あれは材料を使ってクラフトしたようには見えなかった。──でも、確かに“あの手の中”で、闇と魔力が少しずつ槍という形に整っていった。

 まるで料理でソースを煮詰めていくときのような……足すのではなく、整えて、形にしていく。

 在るものを、整えて、形にする。


「……もしかして、魔法って……ただ打ち出すだけのものじゃ、ない……?」 


 それは、単なる技術的な驚きではなかった。

 これまで魔法というものは“こうだったらいいな”の理想を描いたものだと考えてきた。零から一を生み出すそれには想像力や夢が不可欠で……だからこそ自分には難しいと考えていた。

 でも、あれがもし在りものに変化をもたらす事で魔法に昇華できるとしたら?

 零から一は作れない。

 でも、一から十や百を作るのなら、料理と同じだ。

 その考えは、私の心に火を灯す。


「……わたしにも、できるかもしれない」


 今、この手にあるものを使って。

 視線が、ゆっくりとギルティスの槍から、自分の拳へと落ちていく。……だが、まだ確実ではない。なにか、手がかりが欲しい。ゆっくりと細く、長く息を吐き出しながら、自らのガントレットに意識を集中し、魔力を薄く膜のように纏わせていく。

 そして――真っ直ぐに魔王を見据えた。

 手がかりを、掴むために。


「はああああっ!!」


 踵を浮かせ、足の先で勢いよく地を蹴る。一気に距離を詰めて、突撃した芽衣はその拳を突き出して魔王の身体を狙う。――右の拳、左の拳、回し蹴り。両掌を揃えた掌底から、さらに跳躍して回転蹴り。

 なるべく手数を増やし、魔王の懐へ食い込もうとするが――手応えはない。まるで、虚空を相手にしているかのように、拳も蹴りもすべて空振りに終わる。


「フフ……まるで子ザルだな」

「うっさいっての……! ガントレット・ウェーブ!!」


 怒り任せに拳を地面へ叩きつける。魔力を込めた衝撃が地面を抉り、鋭い土の杭となって魔王の足元を狙った。

 だが──


「……これは特に分かりやすい攻撃だな、ただ愚直に伸びてくるだけのものが、避けられないとでも?」

「じゃあ、これでどうだ――アース・トラッカー!!」


 朝陽が地面に手をつき、魔力を流し込む。既に伸び切った土の杭が、魔力を受けて勢いよく打ち上げられた。──アイス・トラッカーとは属性違いの応用技。だが、これでもまだ単調か。

 魔王は表情ひとつ変えず、上昇する杭を軽やかに回避する。

 そのまま、宙を舞う杭を一瞥すらせず、朝陽へと視線を落とす。


「……いいのか、俺を見て」


 しかし、見下ろした朝陽の顔には、笑みがあった。

 その瞬間感じる、ぞくりと背中を撫でるような、異質な気配。

 魔王が、気づく。

 ──上空に跳ね上がった杭が、宙で止まっている。


「面白みに欠けるならば……これはどうだ」


 イサハヤがそう言って、大太刀を構えた。


「──グラビティ・トラッカー」


 その瞬間、宙に浮かんでいた杭が、一斉に落ち始めた。

 重力を受けて真っ直ぐに──だが、それだけでは終わらない。イサハヤが一閃。鋭い斬撃が降下中の杭を切り裂き、砕かれた破片は、まるで銃弾のように変貌。無数の粒が、白い軌跡を引いて魔王へと降り注いでいく。


「ゲイル・ストリーム!!」

「エア・ブレイド!!」


 それに続いて、燈夜が竜巻の柱を生み出し、ミズキがその風の渦へと大鎌を振るう。

 風の刃が混ざり合い、かまいたちのような鋭利な竜巻となって唸りを上げた。混合魔法──暴風の刃が、魔王の陣を強襲する。


 ……しかし。

 まだ、終わりではない。これで止めてやるものか──!


「イグニション・バースト!!」


 朝陽の鋏太刀が地面を深く裂く。その軌跡に沿って火花が奔り、追いかけるように爆炎が走る。

 その炎は、風の柱へと飲み込まれ――竜巻の中でさらに勢いを増した。火と風。二つの属性が混ざり合い、業火の渦へと変貌。煙と炎が視界を覆い尽くし、内部の様子は何も見えない。

 だが――魔王がこの程度でやられるとは思っていない。その渦の裂け目から、黒い髪が揺れて見えたとき、朝陽は地を蹴り一気に距離を詰め、鋏太刀を構えた。


「終わりだッ!」


 鋭く、振り抜こうとした――その瞬間だった。


「……朝陽?」


 そこにいたのは──芽衣だった。

 不意にかけられた声に、朝陽の全身が止まる。

 刃が止まった。心が揺らいだ。視線の先、芽衣が──いや、“芽衣の姿をした何か”が、ニヤリと笑う。

 まるで鈴を転がすような甘い声が、ゾクリと背を撫でた。


「馬鹿馬鹿しい感情だ……」


 その直後だった。

 ドン、と。空間がねじれたような衝撃とともに、朝陽の身体が、強烈な何かに吹き飛ばされた。


「ッ朝陽!!!!」


 何が起こったのか、わからなかった。

 ただ――キィン、と金属が鳴るような音がして、それで。

 朝陽の鋏太刀が、雪のようにゆっくりと地に落ちる。

 それと同時に、世界が静まり返った。まるで、時間が止まったかのように。

 気づいたときには、朝陽が近くで、倒れていた。腕の付け根にはぽっかりと穴が空き、赤黒く焼け焦げている。その腕はぶらんと垂れて、まるで壊れた人形のようで、口から吐き出された血がやけに鮮やかな赤だと、そう思った。

 そうやって、脳裏に“最悪”がよぎった瞬間、心に警鐘が鳴り響いた。焦りと共に、強烈に。


「あ、あああああああああッ!!!!」


 気付けば、私は絶叫していた。怒りと、悲しみと、恐怖が全てぐちゃぐちゃに混ざり合った絶叫。だって、この感情を、どうすればいいのか分からない。ただ、声を張り上げることしかできなかった。


「朝陽!朝陽ッ!!」


 駆け寄り、震える手で朝陽にすがる。声をかけても、彼は苦しげな息の中で、返す言葉すら探せない。

 後から駆け寄った千早が杖を掲げる。


「回復魔法をかけます!」


 だが──朝陽は、首を振った。


「ちは、や……いい……魔力、を……っ、はぁ……っ、無駄……づかい、するな……」

「っ、でも!! 朝陽さんが……!!」

「おれは……いいんだ……」


 その言葉がこぼれた直後、空気が張り詰めた。誰もが息を飲む中──それを嘲笑うかのように、魔王は平然と指を鳴らす。

 乾いた音が空気を裂き、次の瞬間、地面がじわじわと波打つように揺らぎ出す。土の中から鉄の杭が盛り上がり、やがて刃のような形を成して、こちらへと迫ってきた。


「ッホーリー・シールド!!」


 咄嗟に千早が前に出て、聖なる盾で弾く。

 けれど、その間は回復に手が回らない。

 ──朝陽の息が、浅くなっていく。

 意識が、少しずつ遠ざかっていく。私は慌てた。大きく、心の底から慌てた。

 朝陽が、死んでしまうかもしれない。

 ずっと一緒にいた──いや、ずっと、一緒にいてくれた朝陽が。

 それが、たまらなく怖くて仕方がない。


「あ……だめ……だめだよ朝陽……」


 オオミミズにやられたときよりも、ずっと酷い。

 嫌な予感が、全身を締めつけてくる。


「……芽衣」


 彼の声が震えて聞こえる。


「……やだ、…朝陽、私、そうだ、私ポーションを持ってるの。だから、まだ……」


 声が上擦る。手が震える。

 目の前の現実を、どこかで拒んでいた。胸が、締めつけられるように痛い。呼吸が浅くて苦しい。目頭も熱くて目の前が歪む。……でも、止められない。止まりたくない。


「芽衣」


 また呼ばれる。

 でも、耳が聞いていない。


「でも……やってみないと、わからな――」


「芽衣!!」


 血の気混じりの声が、爆ぜた。

 朝陽が、血に染まった手を伸ばし、震える指で──芽衣の胸倉を掴んだ。ぐっと強い力で引かれて、首が痛む。ほんの一瞬息が詰まって、ようやく視線が合った。


「……っい、いか、芽衣!覚悟、を決めろ。お前は……戻るんだ。俺も、お前も、みんなも!!そのためにお前が此処で止まってどうするんだ!」

「……っ」

「……おれは、…っぅ…………俺はここでリタイヤだ。……もう、戦えない」

「朝、陽……なんで、そんな諦めたみたいな、こと」

「……なぁ、芽衣、頼むよ。おれも、元の世界に戻りたいんだ」


 朝陽の手が、力強く芽衣の腕を引いた。

 そのまま胸に引き寄せ、彼の額がそっと芽衣の胸元に触れる。

 そのとき漏れた声は、まぎれもなく彼の本心だった。

 掠れた声が、芽衣の心臓をぎゅっと掴むように響く。

 ──彼は、生きたいと願っている。心から、元の世界に帰りたいと願っている。


「……あさ、ひ……」


 声が震える。けれど、それ以上に震えていたのは朝陽だった。

 顔を上げられずに、頭を垂らしたまま。彼はもう一度、ゆっくりと語る。


「…………お前と一緒に帰りたいんだよ。だから……お前しかいないんだ」

「……っ、……うん」


 その願いは、ずっと芽衣の隣で手を引いてくれていた、朝陽のもの。

 ならば――今、それを叶えられるのは、自分しかいない。

 動揺してる場合じゃない。

 泣いてる暇なんて、ないんだ。


「……そうだよね、……朝陽、わたし、頑張るよ」


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