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13-1 魔王戦、始まります!

 ダンジョンの最果て。

 炎獄の扉の先には、魔王がひとり、孤高の王として待ち構えていた。 

 荒れ果てた砂地に、円形に取り囲む積み上げられた石段。どこか古代闘技場・コロッセオを彷彿とさせるその空間には、どこからともなく砂を混ぜた風が吹いている。観客のいない静まり返った中央の闘技場には、黒く焼け焦げた跡や斬り裂かれた石の溝など、歴戦の戦いを語る爪痕が生々しく刻まれていた。


「ここが、魔王のいる場所……」


 視線の先、最上段中央に据えられた黒曜の玉座に、男は静かに座っていた。魔王――ギルティス・ロメイン・ランダルフ。

 それが、災厄の名前であった。


「ロマネルクからお前たちの話は聞いていたが……確かに今回の勇者たちは随分と青いな」


 砂を混ぜた風が吹いているのに、彼は平然と呟く。

 片肘を玉座に預け、まるで客人でも眺めるようにこちらを見下ろす魔王・ギルティス。その双眸には、いっさいの揺らぎが無い。それどころか彼はただ双眼を細めて瞳で笑うだけ。彼にとって、新たな勇者とは全くの脅威ではないらしい。

 ギルティスは端正な顔立ちに笑みを灯して、パチンと指を弾いた。


「さあ、せっかくの客人だ。歓迎しようじゃないか」


 音の報せが響いた瞬間、どこからともなく現れた黒い靄が、観客席を包み始めた。観客席を満たしたその靄には、形のない無数の影が浮かび、揺らぎだす。……あれは、観客と言うことだろうか。

 どこか仮想世界を彷彿とさせるその光景。聞こえ始めた怨霊じみた歓声は、この場を揺らすほどの声量があった。


「……うわぁ……悪趣味」


 遠く離れている割に、はっきりと聞こえるブーイング。死ねだの殺せだの、歓迎すると言うのならもっと明るく楽しいものにしてくれた方がよくない?

 千早が不安そうな顔で杖を両手で握りしめる。

 それとも、あの魔王はこの歓声でやる気が上がるのだろうか。……案外、ヘビーメタルとか好きだったりしてね。

 そんなことを強がって考えてみるけれど、鬱々としたあの歓声は背中に重くのしかかる。まだ始まってもいないというのに足が重たくなり始めて、悟られないようさりげなく自分の手を開閉させると、魔王はそれを悟ったように、クツクツと喉で笑いながら言った。


「……娘よ、気に食わないか」


 ……この男、顔はイイのにやっぱり性格が悪い。

 くっそぉ、見てる分にはすごく顔がイイのに。


「まあね、もっとやりようがあったんじゃないかな~って思うけど」

「……ふ、……しかし観客があって盛り上がってこそのイベントだ。さて……まずは手駒で少々遊んでみるとしようか」


 パチン――。また指を鳴らした途端、足元には黒い靄が広がって、どこからともなく影の兵士たちが目覚めの時だと身を起こす。……その数はおよそ五十体。彼らの手にした古びた鎧が動くたびにギィギィと音をたて、ひっきりなしに響くその数が、勢力が膨大である事を報せている。

 そしてその後方、砂地を割って這い出る巨大な影には見覚えがあった。


「オオミミズ……!」

「……またこいつか」

「ボスラッシュ、ってやつ~?」

 

  十メートルを優に越える胴体は節くれ立ち、ブヨブヨと波打ちながら砂を這う。その頭部には牙のような外骨格が前端に突き出し、粘液に濡れた口器がぶちぶちと開閉を繰り返す。

 足元が波打つように揺れる中、這いずり出たオオミミズに、ミズキは変形武器を鎌へと変形させ、燈夜もまた太刀鋏を構える。かつてオオミミズと交戦した二人は、あの巨躯に通常の斬撃が通じないことを、誰よりも知っている。

 それでも、彼らが選ばれた。いや、あえてあの魔王が選んだのだ。

 魔王の口元は、楽しげに弧を描く。


「……芽衣、いけるか」


 その時、朝陽がちらりと隣を見た。

 オオミミズ戦での私はまるで使い物にならなかった。ゆえに朝陽はフォローに回るか、自ら前に出るかを考えていたのだと思う。だって、基本的にはタンクとして私が先陣を切るのが定石だ。だが、無理をさせて足を引っ張るようでは本末転倒だ。……とでも思っているのだろう。

 私は白い歯を見せてニッカリと笑うと、両手の拳を宛がうよう、ガントレットナックルを合わせた。


「勿論!私はこのチームのリーダーですから」


 その声に、迷いはない。


「……はは、ギルドカードを没収されといてよく言うぜ」


 そのやりとりの後方で、イサハヤが群衆を引き連れて向かってくる影の兵士に向けて大太刀を構える。硬い地面を踏みにじる草履の音に、音のない一振り。魔力を帯びた黒刀が空間に一筋の線を引く。

 放った斬撃が影の兵士の首を一斉に跳ねるものの、対ロマネルク戦と同じように肉体が霧散することも、消滅することもない。ただ――キンッと太刀が鞘に戻され、鯉口が控えめに鳴ったとき、地面が彼らの足を吸い寄せるように引きずり落とす。

 影の兵士たちは、まるで見えない重力に叩き伏せられるように膝をつき、額を地に押し付けた。


「――グラビティギア」

「……この迷い彷徨う者たちに、聖なる裁きを――ジャッジメント!」


 続いて、千早が光を灯した杖を振るう。

 空気が震え眩い、杖の先端から弾けるような光が辺り一面を照らし出す。首を垂れる影の兵士たちの遥か上空では、無数の光の粒が細長い剣の形を成していき、断罪の雨とばかりに降り注ぎ影の兵士たちを突き刺した。


(うわぁ、……えっぐい連携。あの二人、相性バッチリかも)


しかし、それでもまだ全てを刈り取ることは出来ていない。


「燈夜、あれ……用意してるよね」


 第二陣、ミズキは隣に立つ燈夜に尋ねながらその場で屈伸を繰り返す。

 準備運動は出来た。それからミズキの言う用意も出来ている。


「ああ」

「よし、じゃあ残り全てを私たちで刈り取ろう!エーテルクインク・クラフト――ゴーレム!」


 ミズキの声に合わせて燈夜のスキル・マジックバックが光る時が来た。マジックバックから姿を現した複数体のゴーレムたち。

 これは以前のオオミミズ戦よりも前に、畑作業を効率化するために作ったゴーレムたちだ。それを勿体ない精神でマジックバックに格納して暫く経ったが、朝陽に畑作業用を持ち帰ってどうするんだと言われて戦闘用に組み替えたのは大正解であった。


 屈強なゴーレムたちが、影の兵士の軍勢を迎え撃つ。

 その動きは洗練されており、まさに戦闘スキルの塊。横一列に並んだ影の兵士たちと、ゴーレムの群れがぶつかり合う様は――まるで戦のワンシーンだ。

振るわれた剣はゴーレムの硬質な身体に弾かれ、兵士たちがよろめき、後退する。それを逃さず、ゴーレムが両腕を大きく広げ、可動域の制限など意に介さず、横一文字に振り払う。

 そして――ゴーレムが通ったあとは、不思議と綺麗に片付いていた。


「おお……戦闘用お掃除ゴーレム……」


 戦場のはずなのに、ついミズキの口からそんな感想が漏れる。

 なぜだか、床掃除をしてくれる某ロボット掃除機の姿が脳裏をよぎった。

 案外、こういうのも防衛目的で売り出せば、村人たちには喜ばれるかもしれない。……まぁ、誤作動起こしたときのアフターフォローが怖すぎるけど。


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