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12-1 最終決戦前にご飯を食べよう

「元の世界に戻ったら、白くてツヤツヤしている白いご飯が食べたいなぁ」


 気付けば常備していた米が底をつきかけていた。

 残るお米は一合未満。これを炊いたところで六人分にするのは少量すぎるし、かといって雑炊やおじやは味気ない。何より、これから世界最強の災厄と戦うのであれば、もう少し馴染みの有るものを食べたい。

 長考の末、料理長である私が取り出したのは小麦粉と水と油。それとおやつに残していたヨーグルトであった。

 それで作るのは今日の主食・イラン発祥のナンなのだが……折角だからと残っていた固形チーズでチーズナンにしようと提案したのは、少し余計だったのかもしれない。


「はぁ…っはぁ……っこれで…っ腕が疲れ、て…っまともに戦えなくなったら…っお前のせいだからな……っ芽衣……!」


 グチグチと言いながらも、固形チーズをナイフで削ぐ朝陽の額には汗が滲んでいた。文句を言いながらもしっかりと仕事をしてくれるのだから、律儀な男だ。

 うんうん、彼がもとの世界でやたらとモテていたのも頷ける姿だ。


 それを横目にスキル・マジックキッチンで呼び出したキッチンに上がり、先であげた材料をボウルに入れてひたすら捏ねる。そういえばタンドリザードを作ったときにも似たような工程でトルティーヤの生地を思い出した。

 もう少しハンバーガーとか、そもそもファーストフードではない方が良かっただろうか。

 でも、時間のかかる料理にして襲われるのも面倒だし、手間の有るものが全て良いと言うわけではない。……それに、今回は使いたいものもあるし。


 考える間も、粉っぽさがなくなるまで捏ね続けて丸く仕上げる。

 それから、少し生地を休ませる間に煮込んでいた鍋の蓋を開くと白い蒸気が上がり、その先ではたっぷりと入れた湯の中でグラグラと踊る野菜たちの姿があった。

 村を発つ時にもらった甘いたまねぎにくるくる跳ねる踊り人参、ゴロンロンで掘り出した岩イモ。肉は、タイガルドの内腿肉と、あの戦いで手に入れたリザードマンのすね肉。

 臭み取りのレーロルの葉はもう役目を終えて、色が抜けて真っ白になっていた。レーロルの葉を静かに取り出し、最後に――クラフトしたカレールウをひと欠片。


 スパイスの香りがふわりと立ち昇ったとき、鍋の中の記憶たちがそっと湯気になって舞い上がった。


「うーん……これは大成功の予感……ミズキ、焦げないように見張ってもらっていい?」

「はいよー。でも材料ぜーんぶ使っちゃってよかったの?」

「最後の戦いだもん、変に残して無駄になっちゃうなんて勿体ないでしょ?」


 最後の戦いは、きっと熾烈なものになる。

 全員が無事でいれるかも分からない。でも、だからといって負けることを考えて挑みたくはない。この時ばかりはゲームのようにセーブできたら良かったのにと乾いた笑いが落ちて、それをミズキが少し心配そうな顔をしていたがふんわり香るカレーの匂いを前にして、小難しいことを考える事は出来ない。


「ねぇ、ミズキ」

「何?」

「元の世界に帰ったらさ、いっぱい白いご飯を食べようね」

「え?」

「だって、カレーといったらご飯でしょ?」

「…ふ……あははっ、そうだね、そうだよねめめち。はやくもどって、美味しいご飯食べよ」


 元の世界に戻ったら、逆にリザードマンの肉とか、ユニコーンの肉とか、そういった異世界ならではのものが恋しくなったりするんだろうか。お玉をミズキに託して、休ませてふっくらと膨らんだ生地を人数より少し多めに分ける。

 それから外側に広げるように一度伸ばしてから真ん中に削いだチーズの欠片を置いて、もう一度包んだ。


 しかし、日本で売っているような柔らかいミックスチーズとは違うせいで、玩具のブロックを包んでいるのかと思うくらいゴワゴワする。チーズ削りを終えて手伝ってくれている朝陽のナンなんて、チーズがぶち破って顔を覗かせている。


「うぐ……流石に突き破ったらまずいよな……くそ、ブサイクなナンになってしまった」

「可哀想なナン……」


 言いながら、朝陽のナンからチーズをひとつまみ失敬する。


「ほら、だから適量ってあるの。これは救済措置」

「お前な……」


 それでも、新しく包み直したナンは綺麗に仕上がった。

 朝陽はしばらくそれを見つめてから、ぽつりと呟く。


「……やっぱり流石だよ、料理長」

「ふふっ、でしょ? でもね、あの破けたチーズナンも、きっとおいしくなるよ」

「そうかぁ?」

「外に出たチーズはね、焼けてカリッカリになるの。私、あれ大好きなんだ。だから、あのチーズナンは私に頂戴ね、朝陽」

「……料理長の仰せのままに」


 そうして出来上がった十個ほどのチーズナンを焼くために、朝陽がフライパンを取り出すと思わずニタリと笑ってしまう。

  でも朝陽は気付いている。

  ……この顔は、なにかを企んでいる時の顔だ。芽衣がこうやってニマニマと笑うときは決まってなにかを企んでいるときで、彼女は人差し指一本を立てて左右に揺らしていった。


「チ、チ、チ、分かってないなぁ朝陽くんは」


その顔と言葉の腹立たしいこと。

朝陽は息を吐き出しながら尋ねた。


「なんだよ、腹立つ顔して」

「は、腹立つ……?!こんなかわいい子を前にして…?!」

「あーはいはい、いいからそれで?何がどうしたって?」

「あ、そうそう。今日はフライパンを使いません」

「じゃあどうやって焼くんだよ。オーブンか?」

「ノンノン」


 まな板にチーズナンを並べて、朝陽に持ってもらう。それからマジックキッチンを出た彼女はゴウゴウと燃えさかる炎獄の扉の前に立った。


「……お前、まさか」


 朝陽は息を飲む。

 ……嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。


 それを横目に、私は続けるようにして言った。


「フフフ……今回はこの炎獄の扉!……を繋ぐ岩をつかいまーす」

「隣かよ!」

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