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11-2 絶対に、帰るんだ

「はは……ハハハ……何をするのかと思えば……見せかけですか、イサハヤ――」


 そう言いかけて、ロマネルクは自らの手を掲げた。

 次の瞬間、掲げたその手が、肘から先ごと宙を舞った。


「……ぁ、え?」


 宙に踊る肉と骨。ばたばたと暴れる血の飛沫の向こうで、ようやく視線を下ろしたロマネルクが先が無くなった腕を見て、その場で咆哮した。


「ぐ、ぎ…ッ、ッき、さまぁァァァァァ!!!!!」


 赤く怒りで染まった顔。震える瞳。かつての誇りも、怒りも、屈辱も、すべてを滲ませた叫びに、イサハヤは一歩も動かずこう言った。


「……何を吼えることがある」


 再び、鞘に手が添えられる。

 イサハヤの声は、氷の刃のように鋭く静かだった。


「──首を垂れろ、ロマネルク」


 キンと、鳴いたのは鯉口。その音と同時に、ロマネルクの両膝が地を打った。

呻き、屈し、地に伏すその姿は、絶対の斬を前にした者だけが知る、沈黙の礼だった。


「お、ご………ッ」


 何かに呻き、額を地面に押し付けるロマネルク。

 ──いったい、何が起きているのだろう。肘から先を無くした腕を中心に。凍った面に両手を垂らすロマネルクは痛みなのか、それとも違う要因なのか呻き続けている。呼吸をも奪われたようなそれに、瞳だけがギョロギョロと動く様は異様で、それと同時にロマネルクの首に刃先を向けるイサハヤは、そのまま首を刎ねることを厭わなかった。


「終わりだ──」


 しかし、それよりも相手の決意が早かったか。向けた刀が首を刎ねる間際、ロマネルクの顎が外れたようにガパッと開くと、ズルリと青い炎が抜け落ちて、ふよふよと浮かび上がりながら揺らぎ動いた。


「フフ…フフフ……想像以上ですねぇ……!これだから……これだから勇者というものは……ッ!!」


 青白い炎が揺らめくたび、ロマネルクの声色が歪み、怒気が滲む。

 これがロマネルクの本体ということだろうか。怒りが何かを語るたびに青白い炎は揺らめき、ゴウゴウと燃え盛る。


「いつもそうだ。ぽっと出の勇者が“選ばれて”、光を浴びて……!その背後で、誰かが塗り潰される!!どれだけ血を流そうと、努力しようと……誰も見向きもしない!!」

「ふふ……フフフ……まぁいい……あとは私の出る幕ではない……この先に魔王のところへと続く扉があります。その先で、またお会いしましょう……」


そのあいだ語られる内容はどれも恨み節のようなものばかりで、なにか彼の背景事情が見える気もしたが、最後まで語ってくれる事はない。強がるように彼は一つ二つと笑いを落とすと、今度は招くような口ぶりで置くの扉を示すと青白い炎は──消えた。


「……逃したか」

「あれはいったい……それにイサハヤさんの技も」

「なぁ、さっきのロマネルクの斬られた手……色が変わってないか?」


 聞きたいことは沢山あるのに、目の前に残されたロマネルクの青白い身体の色が、段々と水分を無くしたように褐色へと代わり、そして崩れていく。しわがれた指の先から崩れ行くそれはまるで役目をなくしたようで、その時はじめて私たちは理解をした。


「……ロマネルクは、身体を入れ替えている……?」


 答えを求めてイサハヤを見る。

 彼は大太刀をしまいながら笠にある石を揺らし、静かに、だが確かな口調で言った。


「……この体はおそらく――いや、間違いなく元勇者のひとり、サウディだろう」

「サウディ……?」

「そうだ、サウディって……イサハヤさん、さっきも言ってたよね。知り合いだったの?」


 小さな問いに、イサハヤは一拍の沈黙を置き、低く返す。


「……サウディは、かつて私と共に戦った仲間だ」


 一言が重く落ちていく。

 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 仲間だった者の体を、敵が操っていた。あの時のイサハヤさんの怒りは、乗っ取られた事に対する怒りだったんだ──。その現実の重さは、ひとつ深呼吸をすることすら躊躇わせる。

 どう声をかけていいか分からない。だって、倒すべき相手が、自分の仲間になっていただなんて。言葉が詰まって、目を伏せる。そして――同時に胸の奥に冷たいものが滴る。

 もしも誰かが、同じように乗っ取られてしまったら。その時……私は、ちゃんと戦えるのだろうか。イサハヤさんのように、首を刎ねる事が出来るのだろうか。……考えるだけで怖い、手が震える。

張り詰めた空気を破るように、誰かがぽつりと呟いた。


「……あと、この先にある扉は……?」


 私たちの先には、ぎし、ぎし、と赤く軋むような扉が静かに待っていた。

 赤々と燃える扉。まるで地獄に向かうための扉のようだ。


「……これは、炎獄の扉。魔王の間へ続く門だ」


 イサハヤの言葉に、全員がごくりと息を呑む。

 炎獄なんてピッタリのネーミングセンスだ。そうやってふざけてみようと思ったけど言葉が出ない。ただ意味もなく足を動かすと、その時何かを踏んづけたような感覚がして「ひゃあ」と言いながら驚き、近くにいた朝陽に飛びつくと、千早が足元を見てしゃがみこんだ。


「あ……なにか、落ちてますね」


 彼女が拾い上げたのは、煤けた金属と布でできた、小さな袋のようなものだった。

中に、なにか硬いものが入っている。


「へえん……なんだぁ……ロマネルクの置き土産かと……」


 良かった、爆弾とかトラップじゃなくて。

 コアラみたいに朝陽に飛びついたまま泣き言をいうと、イサハヤさんが千早を見る。藤色の石飾りは揺れて、彼はその手元を見ていたが言葉は静かだった。


「……それは、千歳がサウディに託したものだな」

「叔母さんが……?」

「ああ」


 イサハヤさんが頷いたあと、袋の奥から淡い光があふれ出す。温かくて、綺麗で、まるでホタルが光りあうような、そんな光の粒。その温かい光が腕に落ちると体の傷を癒していき、痛みがゆっくりと引いていく。


「わあ……すごい、回復魔法……?」

「凄いな、回復魔法を付与していたのか……」


 サウディさんに、回復アイテムとして託したのだろうか。

最後に温かい光が千早の手に宿る。それは私たちに降り積もる回復の光よりも格段に力強いもので──一言で言うならば、魔力の奔流か。自分とは少し違う魔力が混ざり合う感覚に、千早はぼんやりしていたけれど、彼女は少しだけ安堵するように息を落とし、それから小さく呟いた。


「……千歳叔母さんは、よく私に家に遊びにきてくれていたんです。……その時に冒険者ごっこ遊びをよくしていたんですけど、千早ならきっと偉大な大賢者になれるよって言ってくれて」


 武器が、脈動するように、意思を持つかのように光る。

 ああ、この温かさは叔母さんのものだ。


「………私、負けたくないです」


 千早は、胸に手を当てて言った。


「叔母さんのためにも、みんなのためにも……私は戦いたいです」


 その言葉に、私たちしっかりと頷く。


「私もだよ。ぜったい、帰るんだ」

「……皆で、だ」

「うん。みんなで、帰ろう」

「……魔王を倒して」

「──この世界に、平和を取り戻すんだ」


 扉の前に立つ一行の目には、もう迷いはなかった。

 次の戦いが、決して生易しいものではないと分かっていても、私たちは歩みを止めない。

 最後の戦いは、すぐそこまでやってきている。


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