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11-1 ロマネルク戦、因縁の剣

「それってどういう」


 誰かが口にした瞬間、イサハヤさんが硬い足場を踏み込んで、ロマネルクへ大太刀を振るう。あまりにも素早い抜刀は目で追えず。

 ガキンッ!と鋼鉄同士がぶつかり合う甲高い音に、力比べで震える手。銀光が鋭く煌めくその刃を、手指の合間で挟み込むように受け止めたロマネルク。その手には、魔力の薄膜が張られていた。


「フフ……ッ随分と余裕がありませんねぇ……!」

「ロマネルク……!」


 その緊迫した攻防戦のなか、落ちたイサハヤの声には鬼気迫るものがあった。

 殺意すら感じるその雰囲気に空気は乾き、肌の上に静電気が走るようにピリピリとした刺激が走る。呼吸をも忘れるような、その一瞬。見たところロマネルクはイサハヤの攻撃を躱すだけの余裕がないらしい。

 大太刀を防ぐロマネルクの手も、大太刀で切りつける手も震えており、鬼人じみた気迫に冷や汗を垂らすロマネルクに、堅く結んだ口元を解いたイサハヤの声はロマネルクの胸を打つ。


「いま、恐怖を抱いたな」


 僅かに揺らいだ瞳に、イサハヤが力任せに腕を振り下ろす。生憎その攻撃は寸前のところで手を引かれる事で致命傷にすらならなかったが……手のひらには一本線を引くことが出来た。それはこの場で戦うだけの能力があると立証したようなもの。……大丈夫、こちらに勝機はある。


「貴様、ァ……ッ!」


 気に食わないと呻き、声を震わせるロマネルクの黒い魔力が床へと垂れ落ちる。威圧放つそれは明確に殺意を滲ませていた。そのおぞましさは思わず呼吸を浅く変えてしまい、片足が後ろへと探すものの……何もこちらはイサハヤさん一人ではない。


「――ウィンド・シューター!」


 この重たく淀んだ空気を断ち切るように、ミズキの放つ風の矢が追撃を試みる。それを鬱陶し気に踵を返す事で躱すロマネルクは鮮やかだが、その鮮やかさも一体いつまで続くものか。私は地を蹴るようにして、その避けた先へと猪突猛進で殴る。

 一撃、二撃、三撃――。魔力を押し出すように拳を打ち込み、ついでに両手を振り上げて力いっぱいに振り下ろす。あまりの勢いで足が浮き上がるが、それすらも利用してやろうじゃないか。

 浮き上がった体をそのまま踵落としに昇華して。そのまま五連撃を向けたものの、当然というべきか。単純な物理攻撃でやられてくれるようなタマではなかった。


「く……ッこざかしい真似を……!」


 ――詠唱の暇すら与えないつもりか!

 まぁ、その分、鬱陶しいとは思ってくれているようだけれど。私は呼吸も忘れて、何度も何度も拳を打ち付ける。それを躱し、ロマネルクの魔力を宿した腕が払っても小柄な分すばしっこさでは負けない。いいや、負けてやらない。


「ああ――鬱陶しい……ッ!!」

「あ、が……ッ!」


 懐に飛び込んだ瞬間、苛立ったロマネルクが詠唱を捨てて、私の顎を掌底で打ち上げる。

 その瞬間、身体が浮き上がり、詰まった息が吐き出されて体が仰け反る。

 ――しかし、負けず嫌いというのは元より諦めも悪いのだ。ゆっくりと浮き上がった体は仰け反った体は空中で一回転。魔力を灯した長い脚が下から鋭く振り抜かれ、ロマネルクの顎を打ち抜いた。


「ぅ、ご……ッ小、娘が、あ、ぁあ、あああ!」


 ロマネルクは思う。

 ――何故だ、何故この娘は諦めないんだ。いくら振り払っても、この娘は何度も立ちあがって向かい来る。無鉄砲と片付けるには、異様に思えるその執着。

 ロマネルクもまさかこのような戦い方をするとは思っていなかったようで、顎を弾かれたロマネルクが、蹴り上げたあと体勢も整わずに足を突ける私に向けて仰け反らせた体を一気に起こすと、カッとなったように首に手を向ける。


 しかし、その手は弾かれる。

 ミズキが矢を放ったんだ。それに続いて朝陽と燈夜の太刀鋏は猛然と追撃を続けて、ロマネルクはそれを手で払い吠えるように叫んだ。


「あああああああ!おのれ、忌々しい勇者め……!そうやってお前たちもまた軽々とォ…!――ブラッディ・スネイク!」


 両手を突き出したロマネルクの裂けた手の平から、血液を魔力で固めた蛇が伸びる。赤黒いその蛇は、まるで自然の摂理すら無視する異様な長さで、その異様な光景にロマネルクの指先が枯れるように細くなっていくものの……彼はそれを気にしていないのだろう。

 それが何故なのかは分からない。しかし、朝陽や燈夜が向かってくる蛇の頭を切り落としても、切り落とした部分がバチャッと下に血だまりを作るだけで、切れた断面図からはまた頭が伸びて同じように伸びてくる。


 まるで鞭のようにしなるそれ。縦に切り落として駄目なのであればとミズキは変形させた鎌を横に振るうも、一本が二本に分かれるだけでまるで効果がない。

 一本が二本に分かれるだけで、まるで効果がなく鞭のようにしなるブラッディ・スネイクの攻撃。


 それが空間を裂くように唸り、四方八方に暴れ回る中、誰かが舌打ちする音が聞こえた。


「キリがねぇ……!」

「全く嫌になるなあ、燈夜!」


 連続戦闘に力を削がれ、焦燥が滲む。

 だが、止まるつもりはない――この場で倒れれば、進むことさえ叶わない。


「ミズキ、こっちのカバーお願い! 千早、援護魔法!今、行くから!」


 私は叫び、全員が次の連携へと瞬時に移行する。

 その一呼吸をもぎ取るように、千早の杖が高く掲げられた。


「ヒーリングシールド!」


 シールドに阻まれた回復魔法。その回復魔法は優しく傷を癒し、息を整えてくれるものの……結果的に命を消費することになるブラッディ・スネイクとは正反対の魔法だ。

 ブラッディ・スネイクはそれが気に食わないとばかりに鋭い牙を見せて食らいつくも、光魔法はそれを許しはしない。シールドはそれを拒み、ブラッディ・スネイクの身体がパンッと弾ける。そして形を失った血液はぼたぼたと雫となって落ち、ロマネルクはノックバックしたあと両手を下ろして息を吐き出した。


「……ッそうだ、ブラッディ・スネイクが血液なら使い続けることは出来ない筈だ…!」


 燈夜が駆け出して、ブラッディ・スネイクの手を失ったロマネルクを切りつける。しかし、その瞬間グリンとあげた顔は笑いながら言った。


「……ふふ、限界、ですか」


 足元に落ちていく血液と、それに反していまだ余裕を残したロマネルク。


「使えなくなる……普通なら、そうでしょうねぇ」


 そう声を低く、含みを持たせて


「でも――果たして、“私は”どうでしょうかね?」


 そう言った瞬間、燈夜はなにかいいようのない震えを抱く。なにか、嫌な予感がする。切りつける軌道を読んで躱したロマネルクは表情を歪めるようにして笑いながら此方に手を向ける。

 枯れた手の内にある傷口から覗く血液はどろりと垂れて「まずは一匹目ブラッディ・スネイク」そう口にした瞬間、それに重ねるように芽衣が叫び、そして強烈な一撃が足元を崩した。


「ナックル……ッインパクトォ!」


 足元が地割れを起こして大きな揺らぎが起きる。ロマネルクはそれに足を取られて詠唱を中断。その一瞬の隙に、燈夜は距離を取りながら長い詠唱を紡ぎ、魔力を開放するよう刀でぐるりと前に円を描き水の輪を生み出すと、その中心からは幾多の水槍が降り注ぐ。


「いい加減倒れたらどうだ……!ウォーターランス!」


 ロマネルクは腕を払う事で防ぐ。


「全く、こざかしい真似を……!しかし、どれも単調で面白みがないですねぇ!魔法というのはこうやって使うんですよ──アイスロア!」


 弾いた水の矢が足元を濡らし水たまりを作るなか、ロマネルクがにたりと笑うと足元が凍り始めて一気に辺りが凍り付く。吐き出した息は白く凍りつき、たまらず朝陽はそれを短い詠唱で済むファイアーボールで狙うも、炎が氷を溶かしたときに起きる蒸気はちょっとした目隠しだ。


「さぁ、お返ししましょう。──アイス・トラッカー!」


 ロマネルクが涼しい顔で唱えると、足元にある氷が突然発光し、氷の下で小さな爆発が起きたように氷の礫が飛び出して燈夜だけではなく、そのほか全員を狙う。

 それを魔法剣士である双子は魔法と剣を駆使することで防ぎ、ミズキは変形武器を盾にして防ぐ。私は向かい来るそれを地面を崩した時に起き上がった硬い石床を壁として使う事で除けたが、はじめの攻撃以降ひとり控えていたイサハヤが独り言ちるよう呟いた。


「お前たち、頭を下げろ」


 凪いだ声が場を裂く。イサハヤは静かに、しかし確かに刀を納めた。

 鞘に収まる瞬間――キンッと、金属の澄んだ鳴き声が静寂を揺らす。


 その動きに、誰もが息を呑んだ。

 風が止まり、音が消え、ただ世界が“構え”に集中していく。その場の誰一人として、彼が“抜く”瞬間を目で追える者はいなかった。


「私が終わらせる」


 空間すら斬ったかのような閃光。

 直後、ロマネルクの腕に走った違和感が、現実を追い越していた。


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