1-4 ラップ・タンドリザードは戦闘食(物理)
「みんなごはんだよー!」
声が響くと、あちこちで作業していた仲間たちが顔を上げる。
ああ、もしかしたらこの時が一番好きかもしれないな。どんなに辛い時でも期待が滲むその瞬間。一人が駆け足で私たちのもとへと向かえば、それに続くように集まり始める。
そこにはクラフトをしていた筈のミズキの姿もあり、燈夜が「離れても良いのか」と制作現場を見ると彼女は得意げに笑った。
「ふふん、スキルレベルが上がったのかもう出来ちゃったんだよね」
「……凄いな。予定時間をだいぶ巻いたんじゃないか」
「えーっ!ミズキってばもう出来ちゃったの?!見せて見せて!」
「いいよー、落とさないようにね」
タンドリザードが乗った皿を朝陽に預けて、興味津々な様子でミズキに近付く。
差し出された”紅蓮の宝玉”はつるりとした、小さな玉だった。その姿は、まるで磨き抜かれた水晶玉のように滑らかで、紅蓮と言う名前に相応しい深紅の輝きがある。
よく見ると、宝玉の中心部では赤い光が火花を散らすように踊っており、まるで何か特別な存在感を宿しているかのようだった。
「きれーい……でもあんなに粉々に割れてたのに、なんであの材料で修復できるの?」
「え?」
純粋な疑問に、ミズキは言葉を詰まらせる。
だって、今回の修復材料はリザードマンの鱗とコボルトの牙。暴れ炎柳の炎と、動く石像の核といったようなもので、粉々に割れたものを接着させるようなものは無い。ましてや、水晶玉になるような物だってない。それがどうしてこの美しいものになるのか理解できずに首を傾げると、クラフターである彼女も正確な答えを出せず、渋い顔を見せた。
「え?あ、さ、さあ……」
「まぁ、あり得ないことがない世界だからな。……それよりも早く食べようぜ」
「あ!そうだそうだ、早く食べないと!」
ミズキにとってはさりげないフォローか、燈夜の言葉に意識が逸れる。
だって今日のラップ・タンドリザードは自信がある。朝陽からラップ・タンドリザードたちを受け取って、ニコニコ笑顔でそれを燈夜とミズキにも配る。渡している間もフワリと鼻腔を擽る香辛料の香りは食欲をそそって、ミズキと燈夜が分かりやすく良い反応を見せた。
「おおっ! すごくいい匂い!」
「タンドリーか……、これリザードマンで作ったのか?」
目を輝かせる仲間たちの反応に、私は得意げにニンマリと笑う。
ふんぞり返りそうな勢いだ。いや、なんなら鼻もちょっと伸びてたかもしれない。
「そう! タンドリザードって名前にしようと思ってるの。カレー風味に漬け込んで焼いたんだよ。ほら食べてみて!」
ラップ・タンドリザードを受け取ったミズキは、きょうのリクエスタとして一番に一口齧った。
香ばしく焼けたリザードマンの肉とスパイスの効いた濃い風味。絶妙に絡み合ったそれは口の中に広がって、ジュワリと溢れる旨味と肉汁に思わず目が輝いた。
「んはっ、これ美味しい! 肉の歯ごたえもそうだけど、野菜のシャキシャキ感もいい感じだね!」
うんうん、野菜をたっぷりいれて大正解だった。
これなら沢山食べても罪悪感が少なそうだし、何より美味しい。大成功だ!
「ん……確かにこれ、うまいな……リザードマン自体も食いやすいな」
「うう、美味しいです……」
普段、食事中も大人しい燈夜や千早まで感嘆の声をあげる。それに同意するように頷いた朝陽が芽衣に向き直って笑いかけた。
「このタンドリザード……普通に売れそうだなぁ。芽衣、うまいよコレ」
「んふふ、そうでしょうそうでしょう。リザードマンはトカゲだけど、ワニ肉と同じで淡泊な味で鶏肉っぽいからさ、こういう味付けも合うんじゃないかって思ってたんだよね~。何より、タンドリーな味付けが美味しくないわけないから」
「なんだ、そのタンドリーへの熱意は」
「あはは~。でもさ、やっぱりこういう食事が出来ると元気出るよねぇ」
「……当たり前だが、食わないと生きていけないしな」
「そうそう。美味しいものを食べながら戦えたらさ、ちょっとは楽しいもんね」
他愛のない談笑と食事は続く。
途中、このギルドメンバーの中でも食べ盛りであるミズキと燈夜がお代わりに立ったが、それを見越して準備済みだ。彼らには好きに盛って包んで良いと伝えると、二人はやけにウキウキとした様子で自作のラップ・タンドリザードを作り美味しそうに頬張っていた。
「飯を食った後はどうする?早速ダンジョン入りでもするか?」
食事の最中、朝陽が次を見据えて尋ねると、燈夜はすかさず意見を出した。
「……俺はダンジョンの前に街で買い出しをしたい。マジックバックの容量もリザードマンで占領されているしな」
「……それじゃあ、それらは売るとして回復アイテムや食材も買い足しませんか?」
「あ、それならクラフトで使う道具も欲しいかも」
「なんかさぁ、強くなれる腕輪とかあったらいいのにねぇ」
「あっても高いんじゃないか?」
「え~~でも私だって、千早とか朝陽や燈夜みたいに魔法使ってみたいよ!」
一足先に食べ終えて立ちあがり、もう一度杖を借りて立つ。こうやって真似事をするのはいつものことだが、タンクである自分が白魔法を使っているところは想像しづらいものがある。
何より、この異世界にやってきて一度も魔法を使えていない。だから、それは無いものねだりと言うもので、杖を両手で掴んで髪の毛を逆立てながら自身の魔力を込めた私は遠くに向けて杖を振るった。
「えい!ファイヤーボール!」
そんな言葉と共に。
しかし、此処で予期せぬことが起きた。
突然杖の先にある水晶玉が赤く光り、ゴウと音を立てて火球が振るった方向へと飛んで行ったのだ。
「え?」
次の瞬間、ドカァン!と大きな音を立てながら壁が崩れた。ぽっかりと空いた穴にその場にいる全員が「はあああああ?」と声を揃えたが、事態はそれだけでは終わらなかった。
穴の中から、ぞろぞろとリザードマンたちが現れる。それも一匹や二匹なんて可愛いものじゃない。尻尾をうねらせて地面を叩くその動きに、誰もが戦慄した。
「……ン~……、アイテムドロップチャンス……かな?」
その後の戦闘は、混乱の極みだった。
ラップ・タンドリザードが魔力を一定時間上げることが判明したものの、何せみんなは食事中。食べながらの戦闘というカオスな状況で、詠唱が中心の千早は口をモグモグさせたまま呪文を唱えられず、最終的に杖で全力で殴るという荒技に出る。
一方、私は力任せにリザードマンを殴り飛ばしつつ、思い切り両手を突き出して魔法を唱えたが、ことごとく失敗に終わっていた。プスンプスンと火の粉や謎の煙を散らすたび、仲間たちからの非難の視線が痛い。
「めめち本当にやめて!これ以上混乱させないで!」
「私だって頑張ってるんだから!」
「お前の頑張りが、全て裏目に出てんだよ!」
「えぇ?!」
そんなやりとりの合間にも、リザードマンたちは次々と現れる。
ああ、先ほどまではあんなに和やかで、希望にあふれていたというのに。なんでこういうエモ展開を終わってくれないのかな。ああもう、これだから異世界は!
五人の勇者たちは、この場に召喚した王を恨みながらリザードマンたちを睨みつけた。