10-2 駆け回るミミックはめっちゃ早い
硬貨に、鉱石に宝石。放り出されるものたちの多くは装飾品で、中には年月が経ってオパール化したものもある。それはおそらく彼が生きた月日を示すものだと思うのだけれど……
「ミミックってどれぐらい生きるんだろ……」
というか、そもそもモンスターってどれぐらい生きるんだろ。
ハムスターとかみたいに一年とか三年で死ぬことはなさそうだし、かといって長生きすぎるのもそれはそれでモンスターばかりが増えてしまいそうな気もする。
放り出された金貨を拾い、壁にある松明に照らしてみる。そこにある金貨は私たちが手にしているものとは少しデザインが違うような気がして、マジマジと見ていると突然コインにギョロリと目が明いて、あまりの気持ち悪さに叩きつけてしまった。
「うおおお、キモい!!!」
「おー、コイン虫か?アレ気持ち悪いよなぁ」
「というか凄いもってるじゃん。その場でジャンプさせたらもっと出るんじゃない?」
その言葉に外へと財宝を放り投げる”しわがれた手”がビク!と震える。
いや、別にそんな脅そうと思ったつもりじゃなかったんだけどな。でも、彼からしたら、もっと出せと要求されたと思ったようだ。
金貨、なんかご利益がありそうな札、片っぽだけの靴、靴下。財宝を外に放り出す動きが二倍速になって、次々に出されるものがしょうもない破片になった頃合い。ミミックはそれを交渉品に宝箱をひっくり返して、まるでヤドカリみたいに宝箱を引きずりながら逃げていってしまった。
「いっちゃった……」
「移動方法ってああなんだ……」
「ヤドカリみたいでしたね……」
「なんかタイヤとかつけてあげたいね」
「タイヤ?」
「なんかそういうのあるじゃん、わんちゃんがつけてるやつ」
「あー、歩行器のことか」
「そうそう、それがあったらあのモンスターも早く歩けたりするのかも~って」
まぁ、歩けたところでミミックが喜ぶかは分からないけれど。あのしわがれた手で歩くのはなかなか大変そうだ。
金貨に、砕けた宝石に、ポーションに。羽ペンに、未開封のインク壺。……クンニャリと曲がった硬貨。なんともテンションのあがりきらない財宝たち。品物がしょうもなさすぎて、宝を頂いたというよりも、思い切り部屋を散らかされたような気持ちになって、部屋を片付けるような面持ちで一つずつ拾い集めていると、視線を感じて手を止めることになった。
方向は……先ほどミミックが去っていったほう方向だ。皆も同じように手を止めてその方向を見ると、曲がり角の方からミミックが此方を見ていた。
「あれ?さっきのミミックだ」
「……もしかして、歩行器のこと気になったりしてる?」
「まっさかぁ」
笑いながら、「歩行器が気になる人~」と呼び掛けながら手を挙げてみる。すると、驚くことにミミックの手が揺れる。……どうやら本当に興味があるようだ。
「おお……本当にニーズあったんだな」
「聞いちゃった手前、出来ないって言うのも可哀そうですよね……ミズキちゃんクラフトできませんか?」
「えぇ、どうだろ。でもやってみるよ」
幸いなことに、歩行器程度の資材ならある筈だ。手招いたあとソロソロ近付くミミックに釘を刺した。
「いい?攻撃したらその瞬間全員でボコボコだからね」
「ボコボコだよ」
「ボコボコのベキベキだから」
ガントレットを押し付けながらの忠告だが、ミミックもこの大人数相手に勝てやしないことは理解している。……まぁ、それが元々の性格なのか、利口だからなのかは分からないけど。いい子なのなら大歓迎だ。
「ん、よろしい」
そうして、ミズキのクラフトで作った補助輪はベストサイズであった。設置して釘で固定する間、これって痛みはないのかなんて不安はあったものの確かにこれだと動きやすいらしい。両手で這うことは今まで通りでもスムーズに歩行器を使って辺り一帯をぐるぐると回ったり、ギャリギャリとドリフトしたり飛び跳ねている。
「おお!すごいね、めっちゃスムーズに動いてる!」
「あいつが悪いモンスターだったら絶対厄介になってたな」
「というかそもそもニーズがあったのかよ……」
朝陽と燈夜は歩行器を発案する私にも、それに立候補するミミックも、本当に作ってしまうミズキにも驚いてばかりだったが、ミミックは嬉しそうだ。
嬉しそうに走り回るミミック。その動きは、もはやモンスターというより子犬だった。突然向きを変えてダンジョンの奥を指で刺して移動を始めるミミックを見た。
「うん?どうしたの?」
訊ねると、ミミックは移動の手を止める。ついて来いと言っているようだ。
「え……? 何か伝えようとしてる?」
「……まるで、何かを案内しようとしているみたいですね」
奥へと進んでいくミミック。これまでトラップが多かったこともあり、まさか此処にきて裏切るのではと疑いを向けたものの彼の通る道にトラップはない。多分、ダンジョン内の道を熟知しているんだ。
ミミックはキコキコと音を立てながら先へと進む。見るからにトラップがありそうな色の変わったブロックの上を通り、一本橋を渡り。それから彼は不可思議にねじれた道を指し示していたが……突然その手が大きく跳ねるように揺れ、震え始めた。
「……ミミック?どうしたの?」
ミミックがガタガタ震え出す。まるでなにか異様なものに気付き、それに近づきたくないと言わんばかりな震えようだ。
「……いや、普通のモンスターなら、こんな反応しなくね?」
「すげービビってんだけど……何があるんだよ……」
ミミックがねじれた通路に向けていた視線を、ゆっくりと逸らす。そして……チラリと、すぐ隣にあるもう一つの道を見やった瞬間――
「ミミック?」
次の瞬間、ガクンと身体を震わせたミミックは、両手と補助輪をフル稼働させて猛ダッシュで逃げ出す。それこそ、腕を伸ばすだけじゃ到底間に合わないほどの速さだ。
「えっ、ちょ、ミミック!?!?」
「待っ――!」
辺りの細かな塵や砂などを弾くほど勢いをつけて逃げ出すその姿に呼び止める声も虚しく、ミミックは後ろを振り返ることなく、歩行器のタイヤをギュルギュルと軋ませながら、まるで命からがらといった様子で去っていく。後に残るのは、妙な静けさと、意味の分からない不安だけ。
「……あいつ、どんだけ怖がってんだよ……」




