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9-1 ドワーフの坑街、落ちる光

 険しい山を登りドワーフの集落前にたどり着くと、そこは既に荒らされた後であった。

 踏み荒らされた山の草花に、何かの衝撃で半分以上が欠けた看板。採掘作業のためか足元に敷かれたレールは強い力を受けたようにグニャリと歪み、いくつかの場所では完全に分断されているように見える。


「この匂いは……」


 かすかに漂う金属と焦げの混ざったような匂いが、鼻をつく。

 どこかで石が崩れるような音がこだまするたび、背筋がゾクリと冷える。風はひんやりと肌を撫で、山の静けさが異様なほど耳に響いていた。……トロッコも、何者かによって倒されている。中に詰まれた鉱石は地面に散らばっているが、銀や金、それから素人目に見ても高そうに見える宝石が残っているあたり、金品目的での襲撃ではないのかもしれない。


「ッ父ちゃん!母ちゃん!」

「父ちゃん!…ッ母ちゃん!みんな!返事をしてくれよ!!」

 

 不安そうな面持ちで走り出すドワーフの子供は、洞窟の入り口にある崩れかけたアーチの下で叫んだ。

 ドワーフの集落は、洞窟にあるらしい。洞窟の上部に取り付けられた松明のいくつかはいまだ火が灯った状態で、朝陽が落ちた松明を拾って火を移す。油を浸した布に火が灯ると油が焼けた匂いに混じって木が焼けるような匂いも混じり、それを前に向けて先を照らすものの、かえってくる声は無い。それどころかまるで気配すら感じられず、不安を滲ませた声だけが虚しく響いていた。


「…………」


 私は、それを心苦しい面持ちで見ていた。

 不安とか心配よりも、どうしても、彼らに幼い頃に親を亡くした自分と重ねてしまうのだ。…………まだ、彼らの両親は生きている可能性がある筈なのに。


「……駄目、……まだそうとは決まってない」


 そうだ、まだ希望はあるはず。

 足を止め、両手で頬を叩く。自分が最悪の事態を決めてはいけない。洞窟内で自分の頬を叩く乾いた音はよく響いて、先を歩くミズキたちが驚いて顔を向ける。

 しかし、その様子にただひとり朝陽だけは知ったような顔で笑って、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。


「頼むぞ、お前の気配察知が頼りだ」


 その声は、力強い。

 

「うん、……私に出来るかな」

「出来るさ。お前は昔っから今あるものを活かすことが上手いんだから」

「本当?」

「ああ。昔からそうだった。家庭科で材料が足りないって騒いでる中で、ちゃちゃっとありもので作ってたのはお前だろ」


 だから、俺はお前を信じるよ。

 頭にあった手を握った朝陽の拳が、胸をトンと叩く。


 その瞬間、本当に不思議なことに、頭にある不安がなくなって驚くほど気持ちが落ち着いた。これも幼馴染だからなのだろうか。それとも、近くでミズキたち仲間も信じて頷いてくれていたからだろうか。……分からない。


 でも、今ならやれると、そう思ったんだ。

 洞窟に手を当てて、瞼を閉じる。それからゆっくりと呼吸を整える。

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。今だけは、自分の雑念はノイズだ。いま考えることは子供たちのお母さんやお父さん、ドワーフたちを見つけること。ただ、それだけ。少しずつ集中を深め、辺りの音すらもかき消した時、耳に残る音は自分の呼吸だけになった。


 ゆるやかに呼吸を整えると、鼻をかすめたのは微かに焦げた金属の匂い。

 風はないはずなのに、洞窟の奥から何かが“揺れて”いた。


「これは……?」

 

 まるで誰かの気配が、空気を震わせているみたいに。

 ……雑音は遠のいたまま、自分の鼓動だけが、耳の奥で静かに響く。

 指先に伝わる振動が、やがて“確信”に変わっていった。


「この奥に……誰かがいる……一人…二人……ううん、何人かは、分からないけど」


 指先を霞めるほどの、小さな振動。かすかに震えるようなその振動は、心音のような波で、その鼓動を魔力の糸で結び、まるで壊れものを包むようにそっと手繰り寄せていく。

 その一方で魔力を蜘蛛の糸のように放出し続けた頭の中は、グラグラと沸騰を始める。

 

(……ミズキが魔力を暴走された時も、こんな感じだったのかな)


 頭の中がグラグラと熱を持って茹り始める感覚と、目の前が白く焼けるような瞳の熱。しかし、いまは一刻を争う事態だ。止める選択肢なんてものはない。

 魔力で紡いだ糸を辿り、そしてついに場所を突き止めた。


「突き当りの岩場に小さな隙間がある……ッあそこにいる!」


 集中を切らす事なく紡いだ糸を辿ると、洞窟の先にある地下坑街にたどり着く。恐らく此処が彼らドワーフの住まう街なのだろう。風が吹き抜けるたび、どこか焦げた金属のにおいが鼻をつく。


「わあ……ここが、ドワーフの集落……?」


 天井高くまでくり抜かれた空間の中に、段々状に組まれた石造りの家々。薄暗い岩壁を淡く照らす無数の燈籠たち。ドワーフたちが代々受け継いできた“坑街”はなんとも目が奪われる光景であった。

 その一方で、ここでも燈籠や、石積みの岩壁などがいくつも崩れている。


 敵はここまで来ていたんだ――。

 芽衣は魔力の糸を辿り、行きなれた場所のように迷いなく進むと、とある街の一角で足を止めて、そこにある外壁を摩り呟いた。


「此処だ、此処にみんながいる」


 ただの外壁にしかみえないが、確かに魔力の糸は此処までつながっていた。それに、僅かな振動は指先を震わせ続けてる。壁に触れると外の空気を吸い込むように、風が中へと吸い込まれている。

 芽衣はみなに下がるよう伝えてガントレットでその壁を崩すと、その先にある洞穴を指した。


「あのう、誰かいませんか!」


 しかし、その穴は静かだった。


 ……おかしい。もしかして、間違ってしまったのだろうか。


 あまりの静けさに、一瞬不安が過ぎる。しかし、ドワーフの子供たちが一緒になって「父ちゃん、母ちゃん!」と呼びかけると、とつぜん真っ黒に塗りつぶされたような穴の中からぎょろぎょろと多くの目が此方を見て、そこからそれぞれ武器を手にしたドワーフたちが姿を見せた。駆け寄る子供の腕を引く力は強く、そして早い。


「ああ、ポログ!ロログ!良かった、無事だったんだね!!」

「……ッアンタたちかい……!!うちの子に何をしたっていうんだい!」


 多分、敵だと思われたのだと思う。自分たちの半分もない体の小さなドワーフの目はきつく吊り上がり、フウフウと興奮した様子で此方を睨む。

 しかし、こちらは彼らをどうこうしたわけではなく、送り届けたまでだ。それぞれ芽衣たちは両手を挙げて戦う意志がないこと、それから子供たち「違うよ母ちゃん、この人たちはおいらたちを助けてくれたんだ!」そう説明すると態度は一変し、肩を落とした。


「そうか、そうだったのかい……」


まるで、自分を納得させるように呟く言葉。正直なところ、いまだに警戒が完全に解けたわけではない。しかし、彼らのなかには顔見知りのイサハヤの姿があり――何より暴力を受けて攫われていった子供たちが傷なく戻ってきた。……それが答えであろう。ドワーフたちは子供の帰還を喜び、芽衣たちに向けて頭を下げた。


「すまなかったね、アンタたちのことを誤解しちまったようだ」

「え、あ、ううん……っ、大変なことがあったんだもん、仕方がないよ」


 頭を下げる大人の姿に、今度は私たちが恐縮する。

 大人が頭を下げるところなんて、現代ではあまりみなかった行動だ。そりゃあ、自分たちが悪いことをすれば大人は相手の親相手に頭を下げて謝っていたが、大人が子供に向けて頭を下げる事はない。


 大人って、ああやって子供相手に謝ることもあるんだ……。

 子供のドワーフと目を合わせるようにしゃがみ、呟いた。


「よかったね、パパとママのもとへもどれて」


 その声は、喜びに満ちていたと思う。

 誰だって、親と一緒がいいだろうから。私だったら、たまらなく嬉しかったと思うから。……そんな私に、ドワーフの子供たちは近付いて小さく言った。


「ありがとお、おねえちゃん」

「ありがとな……」


 二人の声に滲む、少しばかりの気恥ずかしさと、真っ直ぐなお礼の言葉。それを聞いて、ようやく自分も張り詰めていたものが緩んだのかもしれない。突然お尻からぺたんと後ろに座ってしまい、一気に力が抜けてしまった。


「ねえちゃん、大丈夫か?」


 驚く男の子が手を伸ばす。けれども、それよりも先に隣に座った朝陽が後ろから目元を隠すように手で覆ってそのまま膝枕をしてくれた。


「……寝とけ」


 その声色は、先ほどと比べて暖かった。


「……へへ、ありがと」


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