8-4 山賊とタイガルドVS私たち
「やあああああ!」
その声は、千早だった。大きな水晶玉を掲げた杖を振り上げた千早が、山賊の頭めがけて振り下ろす。多分、聖職者のみなさんが思わず顎をアングリと開けて絶句するような、物理攻撃だ。その今までにない行動に「千早?!」とミズキは驚くものの──なにか策があるらしい。
みなと同じように見えない壁で阻まれるなか、千早は杖を見えない壁に当てたまま怯まずに叫んだ。
「ミズキちゃん、そのままの体勢で──フラッシュ!」
その瞬間、杖の先が目の前が見えなくなるほどの閃光を放った。
あまりの強さに、真正面からそれを受けた手下とタイガルドは一瞬にして視力を失い、後ずさり、見えない壁がフッと揺らいだ──千早はまるでその時を待っていたというように男の首に下がるネックレスを掴み、引きちぎった。
「あ、が…っ、おま、え、えええ!」
「芽衣ちゃん!お願いします!」
「はああああ、あああい!!!――ナックル・ガン!」
この機会を待っていた!
千早に向けて拳を握る山賊の男が、スローモーションに見える。
私はナックルの先に集めた魔力を中心に集めて拳を握る。そして全てを放つように、見えない壁を失った男を殴り飛ばし、タイガルドの頭も両手を握って思い切り脳天直撃で振り落とした。
「ギャイン!」
確かな手応えとその先で感じた重み。その重みを弾くように力いっぱいに腕を振るきると、あれだけ低く唸っていたタイガルドが、甲高い間抜けな声と共に倒れて動かなくなった。それも、白目で。
――これで、あとは二組。
「ああもう…こんなに厄介なのがあと二組もいるのかぁ……ッ」
「この……ックソアマァァ!」
一人が倒されたことで、怒りに燃えたもう一人の手下が、タイガガルドと二手に分かれて左右から挟み込むように跳びかかってきた。
鋏太刀を構えた燈夜が、まず右側の山賊の剣を斬り払い、左から迫る黒い影――タイガルドの爪を、私は紙一重で流すように躱す。
「つかまえた……ッ!」
躱した勢いそのままに、私はタイガルドの逞しい前足を掴んで腰を落とし背負い投げを決める。ゴッ、と重たい音を立てて地面に叩きつけられたタイガルドは、一瞬動きを止めたかに見えたが、猫科特有の柔らかさを活かして、くるりと身をひねると、四足を踏ん張って着地。
岩場を踏み割るほどの衝撃をかき消して、雄叫びを上げた。
「ガアアアアアァッアァ!」
「ホーリーバインド!」
遮るように千早の声が空気を裂き、彼女の杖から光が走る。次の瞬間、足元から聖なる鎖が伸び上がり、タイガルドの前脚をがっちりと拘束。それだけではない。襲撃してきた手下の片脚までも絡め取られ、身動きが取れなくなった。
「グ、ギャッ?!」
「おい、なんだよこれ……ッ!オイ、離せ!!」
拘束された二人が戸惑う間に、イサハヤが間髪入れずに叫ぶ。
「今だ!」
「ッサンダーブレイク!」
朝陽の雷撃が狙いすました一点に降り注ぎ、首元のペンダントを直撃。甲高い破砕音とともに宝石が砕け、手下の胸に雷が突き刺さるように走った。
「ぎゃあああああっ!!」
さらにもう一発。タイミングを逃さず雷が落ち、タイガルドが全身を痙攣させながら倒れる。開いた口からは白い煙がこぼれ、開いた口から出た舌の上には僅かに電気を走っていた。……さあ、これで残りは親玉とそのタイガルド。
親玉は不敵に舌打ちすると、倒れた手下が抱えていた白い袋を引っ掴み、そのまま空へ放り投げた。
「ほうらよ!あれには子供が数人入ってんだ。助けなくていいのかよ!」
袋はぬいぐるみのように宙を舞う。落下する先は――鋭利な岩だらけの地面。
私たちは躊躇わず、瞬時に判断して二手に分かれる。芽衣は拳を握りしめて叫んだ。
「お前たちみたいな大人はこれ以上好きにはさせない! ガントレットウェーブ!」
地面に拳を叩きつけると、岩が膨れ上がるように隆起してタイガルド体勢を崩し、追いかけるように親玉の足元を吹き飛ばす勢いで突き上げる。あまりの衝撃に首から下げたペンダントにはヒビが入り――
「がはッ……ッ!」
パキン!と乾いた音と共に、ペンダントが砕けた。
タイガルドがそれを庇うように吠えながら迫る。
その前に立ち塞がったのは朝陽。
「ライネット!」
空間に編まれた電撃の網がタイガルドの進行を阻み、動きを封じる。
さらに燈夜が魔法を重ねた。
「ライトニング!」
雷が轟き、電撃網へ落ちてタイガルドを撃ち抜く――そして、倒れる。
残るは親玉ただ一人。
彼は最後の悪あがきのように、立ち上がり吼える。
「なんなんだよォ……お前たちは!」
怒り任せの拳が地面を叩くと、今度は鋭い岩槍がいくつも突き上がる。それを私や朝陽たちは飛び上がって躱したが、最後に待ち構えるイサハヤさんは違う。
「……もう、終わりだ」
彼の一言で、肌がピリッと焼け付くように緊張感が走る。
イサハヤさんが一歩前に出ると、腰の大太刀を抜き、岩槍の飛び出す軌道を読む。次の瞬間――まるで空間そのものを裂くような一太刀が走った。しかし、斬撃などは見えない。ただ、空間を切り裂くように一太刀が走るだけ。それなのに――刹那、岩槍の先端が全て切り払われ、親玉の腕が宙を浮いた。
「あ、が…っこの、俺、がああああ!」
絶叫を上げる親玉。そして、空中に放り投げられた白い袋は、いままさに地面へと――!




