8-2 休憩におにぎりはいかがですか?
結局、イサハヤさんにお願いして加熱に適した石を教えてもらった。イサハヤさんチョイスの石はなぜ爆発しないのか……その見分け方は最後まで理解できなかったけど、まぁ一人ぐらいは理解した人がいると信じたい。
先程と同じように泥を綺麗に洗いながし、フライパン替わりに設置して熱し始める。ちなみに過熱を初めてすぐに使用しないのは菌を殺すため。しばらく過熱を続けると、村でお弁当代わりに作ったおにぎりを取り出した。
「芽衣」
「イサハヤさんどうしたの?」
「……このソシバも使えるのではないかと」
「ワア……、すっごい草だ……」
とつぜん差し出されたのは、青々とした扇形の草だった。
しかし、草を一枚渡されたとてそれが何なのかは分からない。試しに太陽へと翳しても特に違和感は無し。虫の穴もないし、欠けも無い綺麗な葉っぱだ。
でも、一体なにをみてコレを使えるのではないかと思ったのだろう。
「どうしてこれが使えるの?」
訊ねると、少しばかり沈黙を続けたあと言葉を濁らせながら言った。
「………昔、千歳がこの葉は上手いと言っていたんだ」
「千歳さんって千早の叔母さんで、イサハヤさんの元パーティの人だよね」
「ああ、オオバ……というものに近いといっていた」
「オオバ……大葉かぁ!確かに大葉ならきょうの料理にも使えそう。……あ、じゃあ千歳さんが大葉でなにか作ってくれたの?」
もしかして、イサハヤさんって千歳さんが好きだったりしたんだろうか。
コイバナ大好き女子高生にアンテナが立ち、どこか期待をしながら尋ねてみたものの、イサハヤさんは口をへの字に噤んで微妙な顔をしていた。
「千歳は、全くもって料理の出来ない奴だった」
その苦々しい発言といったら!
そういえば、この人のこんな顔、初めて見たな。
きっと苦々しい発言をすることになった出来事があったんだと思う。
「おおう……な、なんかごめんね」
まぁ、料理は女性がしなきゃいけないってことはないし。……でも、ということは、この大葉味の葉っぱをムシャムシャとサラダみたいにそのまま食べてしまったんだろううか。それとも、料理のできるメンバーに託したのだろうか。
なんにせよ、現代から離れた千歳さんが大葉を美味しく食べていたら良いのだけれど。
そんなことを思いながら「じゃあ、きょうは私が美味しく使っちゃうよ!」と言ったのは、千歳さんへの供養であり、イサハヤさんの再チャレンジのつもりだった。イサハヤは笑うでもなく、笠から落ちる石を揺らして頷いた。
「さてさて、そうと決まれば大葉……じゃなかった、ソシバを使った焼きおにぎりづくりかなー」
おにぎりはすでに準備済み。醤油やみりんに出汁、それから少しの油をかき混ぜて作ったおにぎりは正直このままでも美味しいが、ここからのもう一工夫を行う。
まずは取り出したおにぎりに、洗って丁寧に水気を取り、硬い茎の根本部分を切り取ったソシバをおにぎりに巻いて、熱した岩石プレートには油を垂らす。
それから丁寧に油を塗り広げるように、おにぎりの一つを油溜まりの中心にやって塗り広げ、同じようにソシバを巻き付けたおにぎりを並べてジュウジュウと焼いていく。
此処でマジック・キッチンを出してフライパンで出来れば早かったのかもしれないが、急斜面の多い岩場では不安定すぎて出す事ができなかった。よって火力調整があまり出来ない自然の調理場では付きっ切りでおにぎりたちを見張ることが必要で、睨めっこは続く。
ジュウジュウと響く音に耳を傾け、焦げ目がつきそうなところでひっくり返す。
そうして出来上がった焼きおにぎりは中々の絶品で、あのイサハヤさんが、一言かみしめるように言った。
「……美味いな」
なんだかその瞬間、ようやく彼が仲間に入ってくれたような……そんな実感が広がって、芽衣たちは顔を見合わせて喜んだ。
「やったぁ!イサハヤさんからの美味しい頂きましたー!」
「ん、でもめめちこれ美味しいよ」
「この大葉みたいな……ソシバの風味が良い感じですね」
「まさに大葉の焼きおにぎりって感じだなぁ……これ、味噌おにぎりでも食いてー……」
他愛のない話題と、弾む会話。
元の世界に居た時よりも、なんだか食事一つ一つがかけがえのない大事なひと時になったように思う。なのにそのひと時はそう続きはせず、芽衣とイサハヤが同時に顔をあげると、二人はこれから自分たちが向かう方向を見て、イサハヤが焚火に向けて指を向けた。
「火を落とせ」
それは、これから何かが来るという事と同義であった。
「……!」
燈夜が灯した火を氷魔法で落とし、イサハヤは腰に下げた刀に手を向ける。芽衣はそのあいだ瞳を先に向けたままで、何かを捉えるよう揺れ動いた後、独り言ちるよう呟いた。
「数は三体、……なにか虎みたいな……そういう獣たちが来る!」
「こんなところに……それがドワーフってこと?」
「いいや、ドワーフはそういった降り方はしないし何より四足歩行の生き物ではない」
「じゃあモンスターってことか……!」
そう言った瞬間、とつぜん目の前の大岩から虎型モンスターが飛び上がる。……一体、二体、三体。あれが芽衣の言っていた“虎みたいな獣”だろう。しかし、背には人影がある。
その騎乗者たちは、焚き火の匂いと人の気配に気づくやいなや、空中で体勢を整え、岩場に着地すると同時に後ろ足で地面を削るように滑り込みながら、土煙を巻き上げて方向転換――次の瞬間には、三体が横一列に並び立っていた。




