8-1 ゴロンロン登山隊、休憩中。
村を発ち、三日ほどが経った。
次に向かうのは、ドワーフの住まう山岳地帯ゴロンロン。名前の通り、足元にある岩を踏むたびに“ゴロン、ゴロン”と鈍い音が響く地形だ。この山岳地帯は足場が悪く、崩れかけた岩肌が踏み込むたびに鈍い音を立てる。
ゴロンロンに住まうドワーフたちは、どうやって日々食べるものを調達をしているのだろう。ゴロンロンで全て完結するだけの食糧があるのか、それとも商人が此処までやってくるのか。なんだか色々と手間賃が嵩みそうな話だ。
この世界でウーバーイートとか出前城をやったら需要があるかもって思ったけど、モンスターも出るし、色々割に合わないんだろうなぁ。
なんにせよ、情報収集でこんなところに行かなくたってと突っ込みを入れたのは私・芽衣だった。わざわざ山なんか登らずとも、冒険者や商人が多い町や酒場の方が良い情報を得られるのではないかと思ったのだ。
「ねー、イサハヤさん。情報収集なら街の方がよくない?」
「……情報収集の目的は、ダンジョンの攻略だ。ダンジョンの攻略であれば、構造やトラップの知識に武けているドワーフに聞いたほうがいいだろう」
「ドワーフってダンジョンに詳しいんだ……」
やっぱり、ヘイホーヘイホーと歌いながら、洞窟を掘って宝石とかを集めているんだろうか。イサハヤさんいわく、ダンジョンに武けている理由としては、大昔に魔王軍や植民地を求める種族からの侵略から逃れるためにダンジョンにあるトラップを真似て活用したことが関係しているらしいのだが、色々と長いのでいまは割愛。
そもそも、魔王討伐目前まで行ったイサハヤさんが全てを熟知しているんじゃないの?そんな疑問は出たし、実際に朝陽なんかが質問していたけれど、ダンジョンもある意味では生きるモンスターに近いらしい。
配置を決められたら変えられない人間の臓器たちとは違い、ダンジョンは《《きのみきのまま》》思い通りに内部の構造を変える。ゆえに一度行ったダンジョンの内部構造を覚えて意味がない。
岩場の道は険しく、時折、小石が足元から転がり落ちていく。遠くで鳴くオオガラスの声に袖を引かれて振り返れば、随分と高い場所までやってきたことが分かった。
険しい道のりに疲労も溜まり、そろそろ一息つくべき頃合いだった。
「見て見て、二刀流~」
「めめち~前みたいに魔法を出さないでよ~」
「出しません~、というか出せないしっ!」
山岳地帯の中腹で、登山状態の一行は、そろそろ疲労も溜まってきた頃だった。慣れない登山で、息が切れて、足が重くなっているのか何度も足が滑りかけた。
千早に至っては膝が生まれた手の子羊のように震えており、それを理由に休憩を取ることに決めて、それぞれ思い思いにくつろぎ始めたが、休み方にも個性が出てしまう。
私はあたらしい双子の武器を借りて二刀流を試し、それを適当な岩場に腰を下ろしたミズキが茶々を入れる。休んでいた千早も、それを見て興味本位で私のガントレットナックルを持ち上げようとするものの反応が渋い。
千早は声を震わせながら言った。
「うっ……重い……」
「……無理してこんなところで手首なんか痛めるなよ、千早」
横から、燈夜がガントレットを持ち上げる。
だが、同じように渋い顔を浮かべた燈夜はガントレットを私に向けた。
「芽衣、いい加減に俺たちの剣を返せ」
「ええ、もうちょっと!」
「断る」
「ちえー……こういう時に携帯があったら自撮り出来たのになぁ」
――またファイアーボールでも出されたら敵わねえっての。そんなことを言われて渋々ふたりの剣を返却すると、朝陽がフと思い出したように言った。
「まぁ、でも、その武闘家ポジションは芽衣にぴったりだよな」
「……男女混合のちびっこ相撲でも、自分より背の高いやつをバッタバッタと倒してたしな」
「うっわぁ、懐かしい!」
朝陽に続き、燈夜がスルスルと鞘に剣を終い、緩んだベルトを整える。
そう、私は昔から人一倍ちからが強かった。
チームの中でも一番小さいのに男女混合のちびっこ相撲では「エイヤ!」なんて言いながら薙ぎ倒していたし、本気で向かってきた相撲経験者の男の子も軽々と投げ飛ばした。あまりの怪力と投げ飛ばしっぷりに、どこぞの相撲部屋の親方から「芽衣ちゃんが男の子だったらなぁ!」と本気で悔しがられたことは、今では自慢話だが兎に角、昔からやたらと力が強かったのだ。
それが信じられないようでミズキと千早は瞬きながら、「それ相撲であってる?」とか「というか、幼馴染なら朝陽君と燈夜君もその大会にいたんじゃ……?」と言っていたが……こうしてあの日のことを語っている理由は、その場にいたからだ。
朝陽が笑いながら燈夜をチラリと見る。
燈夜は一瞬、嫌そうな顔をして口を開いた。
「朝陽は思いっきりぶん投げられて、俺はそれを見て棄権した」
「……わあ」
「お陰で私は、ちびっこ相撲で優勝しためめち関ってわけ。さあさあ、次にいく前にサクッと腹ごしらえもしちゃお」
話の内容は兎も角、他愛のない話は場を和ませて疲れを癒す。他愛のない話をしながら、適当にそこらへんで入手した石で簡易窯を作って、朝陽には窯の内側に集めた草木に火をつけてもらう。
こういう時に魔法があるのって凄く便利だ。チャッカマンとかマッチいらずなんだもんなぁ。今度はフライパン代わりに、軽く水で流した平らな石を置いて煙が立つほどカンカンに熱する。
突然、ボンッと暴発したときには驚いたが、イサハヤさん曰く
「水分を含んだ石を使うと、こうなる」
らしい。
「もっと早くに行ってくれません?!」
「何事も経験だろう」
「いや、まぁ、そうだけどさぁ……!」
こういうのって、授業でも習わないからなぁ。授業以外でも学ぶべきことってあるのかもしれない。例えば、異世界転移したときの対処法とかサバイバルスキルとか。毎日熱心に小説を読むオタク君も言ってたもん。最近は異世界転移とか、異世界転生とかが当たり前になるほど流行ってるって。……事実、私たちも転移しちゃったし。
現実世界では、私たちはどうなっているんだろう。行方不明扱いなのか、それとも時間が経っていないのか。
異世界転生を教えてくれたオタクくんだけは、異世界に行ったのかもしれない!って喜んでたりして。
「こういうのも教科書に乗せてくれたらいいのにね」
芽衣が呟くと、朝陽が大真面目に返した。
「何の教科書にだよ」
「家庭科とか?」
「どちらかというと理科じゃないですか?爆発ですし」
「でも卵だってチンしたら爆発するしやっぱり家庭科じゃない?」
「そもそも爆発するような例を描いちゃダメだろ……」




