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7-2 湯けむりのなか、三人の少女は考える

 「……それにしてもさぁ、千早はすっごい魔法が使えるし、ミズキもスキル中心だけど魔法もクラフトも出来るのに、私だけ使えないのってなんでなんだろ」


 湯に浸かりながら、ぽつりと呟いたのは純粋な疑問だった。

 先のとおり、千早は回復魔法も攻撃魔法も使える万能型の魔法使いで、ミズキは魔法もスキルもクラフトも出来る器用なタイプだ。対して私が使えるのはスキルだけで、これまでの戦闘もどちらかと言うと力任せに殴っているだけで、いわゆるテクニック的なものがない。

 ただこの世界で生活するだけなのであれば、それでもよかったのかもしれない。でも、ロマネルクという強敵を知った今、このままではいけないような気がしてならない。

 ミズキが、指先で水面をそっとなぞりながら首をかしげる。


「適正ってやつなのかなぁ……」

「でも、芽衣ちゃんはスキルが使えますよね」

「スキルは使えるんだけど、スキルってさなんかこう……思いついた!って感じじゃない?頭の中でこうすればいいって思い浮かぶような感じで…」

「あー、分かるかも。なんか閃いて、頭の中にチュートリアルが流れる感じするよね……スキルはレシピ通りに料理する感じ、魔法は材料だけ渡されて自由に作る感じ?……あ、でもこの間ファイアーボールを打ってなかった?」

「あれは偶然っていうか……私も予期してないものだったっていうかぁ」


 確かに、一度だけファイアーボールを打てたことがある。でもあれは別に詠唱をしていたわけではないし、ましてや魔力が巡り魔法を発動したような感覚もなかった。あの時は魔物を食べたことで魔力が一時的に増幅したのだろうと結論づけたけど、であれば適正が全くないというのも違う気がする。


「魔法もそんな感じなの?」


 訊ねると、千早も同じように悩むような素振りで髪の毛を揺らし、雫を落としながら言った。


「魔法……は、あまりそういうのが無いかもしれませんね。ミズキちゃんの言うように、どちらかと言うと自分で思い描くような部分が大きいかもしれません」

「自分で思い描く……」


 腕を伸ばして、岩場に肘をつきながらボンヤリと空を見上げた。夜空にはちらほらと星が瞬いている。


「めめちがいちばん得意そうなのにねぇ」


 ミズキは思う。

 だって彼女はいちばんの特攻隊長で、明るくて、元気で、いつもみんなの手を引っ張ってくれるような子だ。だから自分で思い描くような魔法なんて得意そうなのに、彼女の瞳はどこか水面のように揺れていた。


「いやー……でもわたしって結構リアリストな部分あるから、それが影響してるのかも」


 対して、私の言葉は濁りきっていたと思う。

 湯の中でぼんやりと星を眺めながらの言葉はどこか沈んでいて、それに引っ張られるように気持ちが少しずつブクブクと沈んでいくような。それを誤魔化すよう少しだけ身を起こして岩場に肘をついて、遠くをみながら答えた。


「この間も話したけど、小さい頃に親が亡くなったの。……それ以降は頼れるのは自分だけって思っちゃって。なんとなーく、こうだったらいいとか、ああだったらいいなって考えることをやめちゃったんだよね。……だから、将来も食いっぱぐれの無い仕事をしたいって思ってるし」

「芽衣ちゃん……」

「あ、それに魔法ってさ、何もないところから生み出すものじゃん? でも私は、ずっと今あるものだけでなんとかする!……って生き方しかしてこなかったんだよね」


 親を亡くして以降は母の兄、つまりは叔父が引き取ってくれた。

 しかし、彼が引き取った理由は断れなかったからで、彼が干渉をしてくる事はない。

 誕生日も、クリスマスも、入学式、卒業式も。みんなは誰かと言わっているのに私はいつも一人きり。幼馴染の朝陽と燈夜はそれに気を遣って、いつも家にくるよう誘ってくれたし、朝陽と燈夜のお母さんたちだって私によくしてくれたけれど、それでも心にあったポッカリと開いた穴が埋まる事はなかった。

 それに、彼らが優しくしてくれても、実際問題じぶんの事は自分でなんとかしなければならない。だから、世界は不平等で、自分は今あるものでなんとかしなきゃいけないんだとそう思いこむようになった。――んだけど、ただそれだけだ。

 それなのに、こういった話をすると皆はいつも不憫そうな目を向ける。


「め、めめち~~~」


 ミズキがすぐさま寄ってきて、ぶわっと抱きついてくる。それに反して、私は大丈夫だよって言うように手を軽くひらひらと振ったが、その笑顔は、ほんの少しだけ揺れていた。


「あ、いいのいいの。ほんと、大したことじゃないからさ」

「あ……すっごいリアリストなところでてます……」


 千早が苦笑する。

 私は湯の中で足をぱしゃりと動かしながら、思いついたように言った。


「でもさ、リアリストが魔法を使えないのなら、すっごい魔法ばっかり使ってる千早は一番そういうことを考えてるってこと?」


 暗い話はもうおしまい。

 ニマニマと笑いながら、ちらりと千早の方を見ると、ミズキも興味津々といった様子で顔を向けた。


「あ、確かに」


 千早は一瞬目を瞬かせたあと、視線を少しそらす。

 そして、お湯の中でそっと指をくるくると回しながら、少し照れくさそうに口を開いた。


「……じ……実は昔からそういうことばっかり考えてました。巫女の服って、なんかこう、……ファンタジーっぽくて特別って感じじゃないですか…!」


 言いながら、千早の頬がふわりと赤く染まる。彼女の髪は湯気に包まれながらしっとりと肩にかかり、滴る水滴が肌をつたって静かに湯の中へと落ちていく。


「おお……神社の子ならではだ………」

「確かに、あのシャンシャン鳴る奴とかも武器っぽいよね」

「うう、そうなんですよ………神楽鈴かぐらすずって本当にソレっぽくて……」

「アレ神楽鈴っていうんだ……」


 千早は恥ずかしそうに顔を覆うが、その指の隙間からチラリと二人を覗いている。恥ずかしいと言いつつも、どこか嬉しそうだ。

 でも、わかる気がする。普段の私服とは違う厳かな服に身を包み、巫女という特別な役割を背負う。そこに、幼い頃の千早は小さな憧れを抱いていたのだろう。


(そりゃあ、武器っぽい神楽鈴まであったら憧れちゃうよねぇ……。)


 お湯が波紋を描くようにゆらゆらと広がる。静かな夜の露天風呂には、森のざわめきと、時折響く鹿威し(ししおどし)の音だけがゆっくりと溶け込んでいた。

 その時、ミズキが何かを思い出したように、恐る恐る言った。


「……めめちって、あの双子とは幼馴染なんだよね?」

「え?うん、そうだよ。昔は家が隣だったから」

「……じゃあ、この理論で言ったらあの双子もそうだった……?」


 その言葉に瞬く芽衣。

 湯に浸かりながら、ニタリと悪戯っぽく笑った。


「小さい頃は、二人揃って首にブランケット巻き付けてヒーローごっこやってたよ」

「か、可愛い……!」

「あの二人がそんな可愛いことをやっていたなんて……」


 ミズキが思わず口元を覆いながら、かわい~って湯の中でじたばたと足を動かす。千早も目を丸くしながら、幼い双子を想像するかのように湯気の向こうを見つめる。


「あはは、千早がいたらお姫様役か、一緒に戦う役とかで来たかもね」

「ああっ、お、面白そう……!」


 千早が思わず身を乗り出し、ミズキと顔を見合わせる。その瞳は、ほんのりと興奮気味に輝いていた。


「今度、写真見せてあげよっか」

「えー!みたーい!」

「ふふ、帰りたい理由がまた一つできましたね」


 そう言えば、押し入れの中に押し込めた写真を見るのは久し振りかもしれない。色々と恋しくなるのを避けて暫く見ていなかったけれど、彼女たちと一緒なら――。

 その時、千早がふっと優しく笑う。彼女の言葉に、私もミズキも自然と微笑みを返すことが出来た。

 夜空に浮かぶ月が湯船の水面に揺れながら映り、淡く照らされた湯の花がそっと流れていく。静かな夜、森の奥の温泉。その湯船の中で、三人は少しずつ、元いた世界のことを思い出していく――。



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