6-3 黄昏に揺れる決意
「……カミシロ、チトセ」
その名が出た途端に、千早の表情が曇る。大きく目を開き、唇が微かに震えている。その違和感に知り合いかと尋ねると、彼女は瞳を揺らして驚きのままに呟いた。
「……神代千歳は私の叔母です。それなのに、……どうして、その名前を」
「叔母……って、どうしてイサハヤさんがその名前を……」
「なぁ。その叔母は……その、ご存命なのか?」
千早は少し視線を伏せ、静かに答えた。
「…………いえ、もうずいぶん前に行方不明になってしまったんです。ある日とつぜん居なくなって、手がかりもない状態で……。……イサハヤさん、どうして叔母を……千歳さんのことを?」
そういえば、神代神社の近くで行方不明者を探すためのチラシを見た事がある。そこにあった写真は千早にどこか似ていて、でもこれを千早に聞くのは失礼というか、単純に聞きづらいよねって皆で話していたんだ。
それだけに、千歳さんのことを語る千早の言葉に皆が息を飲んでいた。
回答のボールがイサハヤさんに渡されても状況は変わらず。窓の外から聞こえる小鳥たちのさえずりさえも遠くなるようだった。
「……千歳はこの世界に集められた勇者の一人で――私の仲間だった」
彼の声には、僅かに影が落ちていた。
それを悟られまいとするかのように、指先で石飾りを弾く。
「じゃあ、千歳さんは……」
だって、彼はソロプレイヤーで、今はパーティを組んでいない。
それに今の言葉だって、過去形だった。
問いかけに石飾りが大きく揺らぎ、再び冷静さを取り戻すように深く息をついた。
「…………ロマネルクが懐かしいと言っていたのは、お前たちを感じ取ったのかもしれないな。そのなかでも、千歳の魔力に似たお前……千早の魔力を感じ取ったのだろう」
「ってことは魔王を倒す前に、ロマネルクの討伐が先かよ……」
「でも、いけるかな?」
沈黙が降りる。
一呼吸おいて、イサハヤの声が低く響いた。
「一度は倒した相手だ。……いけないことはないだろう」
「え? でもどうして生きてるの?」
問いかけに、静寂が深まる。
だって、一度は倒した相手ならあそこにいた事がおかしいではないか。あの時のロマネルクには、私たちを眺めるだけの余裕があった。体だってどこかを怪我したようにも思えなかった。何よりあの強さ――一度死んだようなハンデは見えない。
窓の外では夕闇が迫り、薄明かりが木製の床に影を落としている。
イサハヤさんは静かに言った。
「さあ……」
その言葉は、答えを放棄したわけではなかった。
むしろ、イサハヤさん自身が理解できずにいる事実を含んでいた。
「私の仲間が死ぬことになったのは、最終決戦……魔王との戦いだった」
「そこでロマネルクは確実に倒したはずだ。いや、私がこの手で心臓を刺した」
「何度も何度も斬り伏せ、燃やし、砕いた」
「だが、それでも」
淡々と語る声の奥に、どこか痛みが滲む。
「だが、こうしてまた現れた。考えたくはないが……奴らには、そういう術があるのかもしれん」
「復活の術がある、ってことか」
「……ああ。もし奴が復活するたびに力を増すのなら、以前倒した時よりも遥かに厄介になっているかもしれない」
空気が重くなり、沈黙がまた降りた。
戦うべき相手が、ただの強敵ではない。それどころか完全に葬る手段がなければ、何度でも蘇るのかもしれない。
重圧が胸を押し潰しそうになる中、私はゆっくりと息を吐く。
そして拳を握りしめた。
「じゃあ、あとは私たちがもっと強くなるだけ、か」
その言葉に、イサハヤがゆっくりと顔を上げる。
「…………そういうことだ」
低く、静かに。けれど、確かな意志を持った声だった。
朝陽が短く息を吐き、膝に肘をつく。
「復活魔法があるのなら、これほど厄介なことはないな」
燈夜も腕を組んで考え込む。
「……ああ。もし本当に奴が蘇るのなら、今すぐにでも討ち取るべきだろうが、俺たちの力でいけるのかどうか」
イサハヤは天井を見上げ、しばしの間を置いた。
視線を落とし、目の前の五人を見つめる。
「……あまりゆっくりもしていられないのかもしれないが……とはいえ、無策で挑むのは愚策だ。もう少し準備も必要だろう」
「まずは休むか、それとも修行をするか。どちらにする?」
イサハヤの瞳は静かに、一人ひとりを見つめた。
「修行一択だな」
「燈夜と同意見。俺たちは元の世界に帰るために魔王を倒さなきゃいけないんだ。側近だかなんだか知らないが、魔王でもないロマネルクで止まるわけにはいかない」
「えぇ〜、もうちょっとゆっくりしようよ……お菓子も食べたいし……」
「そうそう、休むことも大事だよ~!大事な時に戦えないじゃない!」
「でも修行は大切ですけど、まずは情報を集めることも……」
「……どちらにせよ、早めに動かないとヤバそうだな」
戦いは、すぐそこに迫っている――
私たちは拳を握り、静かに立ち上がった。




