6-2 過去から来た決意と、クッキーと
しかし、流石は生真面目な玄人といったところか。
イサハヤさんはその和やかな空気に落ち着く事も無く、立ちあがった。
「それじゃあ行くぞ」
「え?」
あまりにも雰囲気ぶち壊しな声掛けに、時が止まる。
だってそうじゃない?いちおう休憩はしたし、食事だってした。けれどもこちらは依頼を頑張って終えたあとで、聞くも涙、語るも涙な大戦闘だってあった。何より、即戦力で頼りになるイサハヤさんが仲間になったのだ。
普通だったらイサハヤさん歓迎パーティーを開いてもよさそうなのに、その選択肢が一ミリも無いなんてどうかしてる。
唖然としていると、彼は口を噤んで怪訝な様子を見せた。
「もう行けるから声をかけたんじゃないのか」
「ええ……準備が出来たら声を掛けろって、そんなゲームみたいな」
「げーむ?」
「あ、ううん、な、なんでもない」
メタ発言すぎて、言葉が濁る。でも、人間ってもっと余韻とか余白があるものじゃないの……?!その様子にイサハヤさんは怪訝な様子を見せ続けるが、仲間に入った途端仲間割れになるのは御免だ。
「…………なんだ、行かないのか。行かないのならおれは仕事をするが」
燈夜が緩く手を挙げて言った。
「その前に、アンタに報告したい事がある」
ナイス!ナイスだ燈夜!
私とミズキでガッツポーズをすると、イサハヤは増々訝し気な顔を向けたものの……燈夜はジョークを言うような人間ではないことは理解しているようだ。
「恐らく、今後にも関わることなんだ」
つけ足して朝陽が言うと、笠から下がる石飾りを揺らしたイサハヤさんはメイドのマリーさんに向けて彼らを食堂へ連れて行くよう頼むと、場所を移して、茶菓子として出されたクッキーを貪る私たちに構わず尋ねた。
「それで?」
ただの苦労話ではないのだろうと、静かな声色が問い詰める。
燈夜は一呼吸置いてから、言葉を選ぶようにして語り始めた。
「……アンタが渡してきた依頼で畑づくりをしていたんだが、そこにオオミミズというモンスターが現れたんだ」
オオミミズという単語を耳にした途端、イサハヤさんが微かに口を曲げる。そして、向かいの席で石飾りを揺らしながら考え込むように口を開いた。
「……オオミミズ?ここ数年でも報告の無いモンスターだな」
その言葉に、燈夜がそっと朝陽に視線を送る。
やはり、という確信めいたものが芽生える。
「じゃあ、やっぱり……」
朝陽は少し言い淀んでから続けた。
「……実は、問題はそのオオミミズじゃないんだ」
「なに?」
「オオミミズを倒した後に……男が現れた。グレーの髪をした男で、赤いイヤリングがあって……丁寧な喋り方だった。それから、おれは負傷していたから手出しは出来なかったが、ミズキや燈夜の攻撃もかわして……千早の魔法すら簡単に弾いたんだ」
「…………」
「俺たちの事を青い鳥だと言った。でも、同時に懐かしい気を感じたとも言っていた」
不思議な表現だ。
朝陽の言葉が、より深い謎の存在を匂わせる。
「なぁイサハヤ。領主代理をやってるのなら、何か知ってるんじゃないか」
イサハヤさんはゆっくりと視線を落とし、考え込むように指先で石飾りを弾く。小さく響く音が、静けさをさらに強調した。
食堂の窓の外では、夕陽が沈みかけ、長く伸びた影が床に広がっていた。赤く染まった空の光が窓から差し込み、机の上の皿に乗ったクッキーを黄金色に照らしている。
静寂の中、誰もが言葉を飲み込むようにして、イサハヤの次の言葉を待っていた。
やがて、低く、沈んだ声が響く。
「…………何から話すべきか」
「……だが、そうだな。まずお前たちが見た男は、間違いなくロマネルクだろう」
その名前に、一同は瞬く。初めて聞く名だった。だが、その響きには妙な威圧感があり、ただの敵の名ではないことを本能的に悟らせる。
私は呑気にクッキーを咀嚼しながら首を傾げた。
「そのロマネルクって人間なの?それともモンスター?」
笠の下の瞳が、わずかに鋭くなる。
「ロマネルクは魔王の側近で、奴もモンスターだ」
その言葉に、室内の空気が一気に冷えた。
さっきまで食べていたクッキーを握りしめたまま、無意識に喉を鳴らす。
「……まじで、ヤバい奴なんじゃん」
魔王の側近・ロマネルク。それを考えるとあの強さも納得できるが、魔王の側近がどうして現れたのだろう。此処は占拠したとて何の利益にもならなさそうな田舎町だ。高齢者が多いことから侵略こそしやすいのかもしれないが、わざわざロマネルクが出る幕ではないように思える。
その考えに答えを出すようイサハヤさんが言った。
「それから、懐かしい気を感じたと言っていたのは、お前たちがこの世界に召喚された勇者だからだろう」
短い沈黙。
「え?」
「昔も、お前たちのように召喚された勇者がいたんだ。そして、私はその勇者たちの仲間だった」
その告白は、重く、静かな雷鳴のように響いた。
「……その勇者たちは?」
訊ねたのは朝陽だった。声にわずかに緊張が滲む。
イサハヤさんの瞳が細められる。そのまま、遠い記憶を振り返るように、彼は淡々と告げた。
「全員死んだよ。私だけが生き延びてしまった」
張り詰めた空気が場を包む。誰もが言葉を失い、僅かに椅子の軋む音だけが響く。
「……だから、私はお前たちの仲間になってもいいと言った」
「今度こそ、魔王を倒すために」
あの時は、勇者たちを元の世界に返してやることが出来なかったからな。今度はお前たちを元の世界へ返してやりたい。先代の勇者たちの想いと一緒に。
そう伝えるイサハヤさんの声色は、これまでに感じない穏やかさと、強い決意を秘めている。彼は、こうやってずっと先代勇者の――ううん、仲間たちを守れなかったことを悔いて生きてきたんだ。
ただ、そのためにはきちんと気を引き締めずに動き続けなければならない。彼は私情によって逸れた話を戻し、続けるように言った。
「…………だから、おそらくはその異世界人である気を感じ取ったのだろう」
朝陽はじっとイサハヤさんを見つめる。
慎重に言葉を選ぶように、静かに頷いた。
「…………そういうことか」
そこへ、私は勢いよく前のめりになる。
「ねねね、その人たちはどういう人だったの?」
単純に気になってしまったのだ。
ミズキが驚いたように眉を上げ、千早が小さく息を飲む。燈夜に至っては溜息を吐き出して、朝陽が苦笑しながら呆れたように言った。
「おい、芽衣」
「だって気にならない? 私たち以外にも確かにいたんだよ、別世界からきた誰かが」
ミズキが頷く。
「まぁ、確かに」
だが、イサハヤさんはどこか遠くを見るような目をして、静かに言った。
「…………さして面白い話でもないぞ」
「いいよ。イサハヤさんの話、聞きたいよ」
その声は人懐っこいだけではない、彼を受け入れたいという前向き姿勢があった。
「……まぁ、芽衣の言うとおりこれからは仲間だしな」
その言葉に、イサハヤさんの瞳が微かに揺れる。
それも一瞬のことで、彼はただ黙って佇んだ。
ふと思い出したように手を打つ。
「あ、じゃあ先に自己紹介が必要じゃない? 」
「突然すぎないか?」
「だってこの間はそんな自己紹介~って感じじゃなかったし」
ナイスアイディアすぎる!
得意げに胸を張ると、朝陽が苦笑しながら応じた。
「まずは私。このチームリーダーでタンカーの姉ヶ崎芽衣!武器はガントレットナックルで、そっちの朝陽と燈夜とは幼馴染なの」
「俺は須賀朝陽。そっちの愛想のない方が須賀燈夜で、俺たちは双子なんだ」
「……朝陽が兄、おれは弟だ。職業は魔法剣士」
「それから私は萩尾ミズキね。クラフターで……あとはえーっと私の武器は変形武器使ってまーす」
「最後に、私はヒーラーの神代千早です」
その名を聞いた瞬間だった。
イサハヤさんの指先が僅かに硬直する。
「…………カミシロ?」
復唱とはまた違う……何か心当たりのあるような言い方。
千早が戸惑うように顔を上げた。




