6-1 怒りの芽衣と、ツンデレ領主代理
私たちは立ち止まることなく、依頼をこなし続けた。
犬探しに、モンスター討伐。老夫婦の荷物運びに、迷子の猫の説得、果ては赤ん坊のベビーシッターまで。
これじゃあ冒険者というより、まるで田舎町の便利屋、いや、なんでも屋のフリーターだ。そりゃあ、イサハヤさんやこのあいだ対峙した男と比べたら色々と足りていないのかもしれないけどさ。それなら修行したほうがずっと良いじゃない!
「もう我慢ならない!イサハヤさんに一言ガツンと言ってやらないと!」
そんな思いからプリプリと怒りだしたのは、しっかりとお昼ご飯を食べた後のこと。
今日はスライムと小麦粉を混ぜた生地に、みじん切りにした野菜と、ユニハルコンのミンチ肉を詰めて水餃子を作った。プカプカとスープに浮かぶ水餃子は緑スライムの色を継いで薄緑だったけど、翡翠餃子みたいな見た目でなかなかの絶品だった。
だから、つまりはそう。お腹いっぱいで元気百倍の私を止めることは出来ないのだ。朝陽に止められてもイサハヤの居る屋敷を訪ねると、道場破りの勢いで声を掛けた。
「たのもう!イサハヤさんいますか!」
村の中でも一等大きな屋敷。しかし、依頼の報告をするたびに出入りしていた事もあってカイゼル髭を蓄えた燕尾服の男――執事・セバスチャンやほかメイドたちとは既に交友関係が築けており、私に向けられる眼差しは暖かい。
特にセバスチャンなんて、おやおやと眉をあげて、笑い混じりに返した。
「おや、芽衣様。それに皆さんまで。きょうは随分とお機嫌が悪うございますな」
「そうなの、セバスチャン!おこなの!」
「ほほほ、それは大変でございますな。イサハヤ様はいつものように執務室におりますので、ご案内しましょう」
セバスチャンの案内に従い、私たちは広々とした廊下を進んだ。
大きな窓からは柔らかな日差しが差し込み、磨き上げられた床には光が反射している。開け放たれた小窓から聞こえる小鳥の囀りと、自然と人工の調和が取れた心地よい空間。
メイドたちは子供相手にも変わらず丁寧に挨拶をしてくれるし、窓の外にいる庭師だって目が合うと帽子を取って挨拶を返してくれる。
(いつ訪れても、手入れの行き届いた屋敷だなぁ……)
あまりの穏やかさにほんの一瞬怒りが和らいでしまうものの、きょうはビシッといってやらねばならないんだった。私は怒りを思い出してプリプリと頬を膨らませる。
「そんなに怒らなくてもいいだろ、芽衣……」
「い、や、だ!もう限界!ちゃんと話をしないと気が済まないんだから!」
朝陽に向かって言うと、それに賛同するようにミズキは「いいぞいいぞ~」と茶々を入れ、千早が続いて口元に指を向ける。その様子をセバスチャンは微笑ましそうに微笑むばかりで、やがて大きな扉の前で足を止めた。
「こちらでございます」
案内を受けて早々、ノックもせずに芽衣が勢いよく扉を開けると、そこには通いなれた執務室が続いていた。壁一面の書棚に整然と並ぶ本。大きなデスクにある書類の束とインク壺。
そして窓際にある観葉植物たちは、陽の光を浴びて輝いており、その中央でイサハヤさんはデスクに広げた地図へと目を落とし、何やら熱心に考え込んでいた。
扉の音に気づくと、ほんのわずかに口を噤んで顔を上げる。
「…………騒々しいな」
ヒヤリと背中を撫でるような静かな声。臆することなく、依頼書の束をデスクに叩きつけたあと口を開き、そして抱いたものを吐き出した。
「イサハヤさんなんで部屋の中でも笠被ってるのぉ…………?」
イサハヤさんは、この洋風屋敷の中でも笠を被っていた。真っ白な壁にきらきらと部屋に差し込む光は明るいのに、イサハヤさん自体は笠を被り、いつも通り渋めの和武士姿で。……なんというか、一言でいうならばチグハグで、とんでもなく浮いている。
それこそ、イサハヤさんが別世界から転移してきたような光景だ。
前に報告しにきた時には演習場にいたので、まぁこんなものかなと流したが、やっぱり違和感が強すぎる。相変わらず彼の表情は笠の影で見えないし、何よりこの場の雰囲気と合っていないし。
そもそも、あの笠は絶対ないといけないものなんだろうか。メカクレってやっぱり目元が見えちゃ駄目なの?顔を覗き込みながら訊ねると、朝陽が頭を叩いた。
「さっそく目的がずれてるぞ」
「あ、そうだった!」
思い出したようにデスクに叩きつけた依頼書の束を叩く。
ヘイヘイ、ルック!バシバシ叩きながら言った。
「イサハヤさん、私たちいつまでこんな雑用ばっかりやらされるんですか!?」
「…………なんだ、不満なのか?」
しかし、彼が言ったのはその一言限り。それから依頼の束を受け取ったイサハヤは依頼内容に目を通していたが、それが当然である事なのか、頑張ったね、とかよくやったなとかそういう誉めは一切ない。
イサハヤが机の角にある呼び鈴を鳴らすと、幾ばくもなく訪れた壮年のメイドに向けて依頼書を向けた。
「マリー、これを」
どうやらこのあたりの処理は、セバスチャンではなく彼女が請け負っているらしい。依頼書の束を見たマリーと呼ばれる壮年のメイドは目尻にある皺を深めながら嬉しそうに微笑んだ。
「あらあら、まぁまぁ!こんなに片付けて下さったんですか」
「私ではない、彼らだ」
「まぁまぁ、お若いのに素晴らしいこと!これで随分とこの村の状態が整いました」
「え?どういうことですか?」
訊ねると、マリーは視線を落とし控えめに言った。
「この村は大して名産品も娯楽もない村で、お金もありませんからあまり依頼をやってくれる人が少なくて。……これまではイサハヤ坊ちゃんが請け負ってくださっていたんですよ」
「報酬もろくに受け取らず、黙って動いてくださって……。どれほど助けられたことか。ほんとうに、村の命綱でした」
「でも、領主が倒れて領主代理までやるようになってからは、流石に……」
そこまで聞いて、ようやく理解した。
「イサハヤさん領主代理だったの?!」
「成り行き上だ」
イサハヤは書類から顔を上げず、ぼそりと答えた。
まるでそれが特別なことではないかのように、淡々としているが、この人やっぱり見た目が強面なだけで良い人なのでは……。そういえば、よくよく見てみると背中には疲労がにじみ出ているし、肩の落ちた姿勢や、机に置かれた手のわずかな震えが、彼の限界を物語っている。
「うん?待って…………ということは、溜めこんでた仕事を私達にやらせてたってコト!?」
ミズキも「ひっどーい!」と眉を吊り上げて抗議する。
「楽するために利用したの!?せめて訳を話してくれたら良かったのに!」
「そうだそうだ!訳を話してくれたら気持ちよく手伝ったのに!」
私たちふたりの声は部屋の中で反響し、静かな執務室に小鳥の囀りとは対照的な騒がしさをもたらす。しかし、イサハヤさんはそれをまともに受け止める様子もなく、ただ無言のまま書類の山に視線を落とし続ける。
そんな中、朝陽は何かを察したように視線を鋭くし、私たちの肩をそっと押さえた。
「……つまり、仕事が片付いたから、俺たちの仲間になって最後まで付き合ってくれるってことか?」
朝陽の問いかけに、イサハヤはようやく手を止め、静かに息を吐いた。その吐息は、長いあいだ積み重なった重圧をわずかに解放するような。微かだが、そんな確かな音を立てている。
「……そうだ。少なくとも、領主代理の役目から解放されれば、お前たちに同行する時間が取れるようになる」
その言葉に、目を丸くした。
ツンデレすぎない……?!
予想外の展開に、怒りよりも驚きが勝った。
「じゃあ、本当に私たちの仲間になってくれるの?」
「……ああ。お前たちが望むならな」
イサハヤの表情にはまだ硬さが残っていた。でも、朝陽が分かりやすくガッツポーズをして、それを見て私もミズキも喜びのゲージが高まったようにお互いハイタッチをして、千早と燈夜も顔を見合わせて笑んだ。
その場は暖かで、新しい仲間を祝福し、喜ぶ和やかな空気が流れていた




