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5-4 蘇らない世界で


 耳鳴りがするほどの静寂と、胸が掴まれるような重苦しい雰囲気。まるで水の中に潜ったときのような息苦しさに、全員が手にした武器を改めて握りしめると、世界が歪むような異音に混じり、足音が頭に響いた。

 カツーン。カツーン。硬い床を叩くヒールの音。しかし、この辺り一帯は土ばかりで、砂利を踏みにじる音はあっても、その気品ある音が響く場所がない。――やっぱり、何かが居るんだ。でも、一体どこに?

全員そこにある違和感の場所を捉えきれず、待ち構えていると、ぞっとするほど滑らかな、そしてどこか歪んだ声が響いた。


「おや……久しい気配を感じてやってきてみれば……」

「随分と青い鳥でしたねぇ……」


 どこからともなく木々の影から現れたのは、黒衣を纏った細身の男だった。ロマンスグレーの髪に、耳元で揺れる赤い玉石のイヤリング。青白いその男は、まるで値踏みするような視線を向けており、何処か面白がっているようにも見える。

 その瞳が逸れたのは、足元に転がるオオミミズの千切れた体が、足元へと這い寄ったため。男は見下ろして、オオミミズの身体を躊躇なく踏み砕いた。


「……ああ、なんと汚らわしい。やはり知恵のないモンスターを配置させるべきじゃありませんね」


 燈夜、ミズキ、千早の順番で三人を見渡し、次に端で震える芽衣と、負傷しながら庇う朝陽に視線を移す。それこそ、これから誰に手をつけようか――値踏みをするような視線だ。口端を吊り上げ、優位な立場だといわんばかりに手を向ける男は、人差し指を滑らせる。詠唱が必要な後方支援の千早に指が向き、素早さはあれど火力に難ありの支援型のミズキ、バランス型の燈夜に指が向く。順に向いた指の先にはパチパチと電気が爆ぜるような黒い光が帯び始め――そして、ようやく止まった。

燈夜は、喉が裂けそうなほどの声量で叫んだ。


「ッ芽衣!朝陽!!逃げろ!!」


 男の指は、芽衣の前に止まった。ターゲットが決まったのだ。

 しかしその声、その状況をもってしても、芽衣の様子が変わる事はなかった。

 猪突猛進で先を進むタンクの彼女が、まるで子供のように震え、怯えているのだ。


「あ……」

「芽、衣……ッ」


 それを察して朝陽が庇うものの、負傷した彼では分が悪すぎる。

 腕をやったのか、ダランと下げたまま身を寄せる朝陽は、最悪の展開を考えていた。いや、もはや、これは無意識と言っても良かったかもしれない。痛みを堪えて芽衣を庇い、背を向ける朝陽の姿。その瞬間、まるで終わりの時のように目の前がスローモーションに見えて、頭のなかで警鐘がガンガンと鳴り響く。

――彼らを死なせるわけにはいかない!


「くそッ……!」


 燈夜は、迷うことなく走った。

 それに呼応するようにミズキも飛び出して、男の指先にある魔法の球が大きく光を帯び始めた瞬間、二人は挟み撃ちをするように距離を詰め、左右から力任せに剣と鎌を振り下ろす――!

 一切の魔法詠唱も与えない、完璧な挟み撃ちに思えた。いや、完璧だった。

だが――


「……なるほど」


 男は呆気なくするりと身をかわした。


「な……ッ?!」

「どうして……ッ」


 まるで、最初からそれを見切っていたかのような動き。空振りに終わった燈夜とミズキの武器が互いにぶつかり合い、甲高い金属音が響く。……だが、ここで終わってはやらない。朝陽と芽衣を救うためには終わってはいけない。千早は詠唱を止めることなく魔力の光を帯びる杖を男に向けて唱えた。


「聖なる光を……ジャッジメント!!」


 千早が放った聖なる魔法。

光の粒子が集まることで作り出した光の剣は、敵を呑み込むように無数に降り注ぎ、一時は大きく足元が揺れて手ごたえを感じたものの……男は袖についた燻る光を指で払うようにかき消した。

 それこそ、何事もなかったかのように。


「そんな……」

「千早の魔法が………効かない……?」


 ……嘘だ。千早の魔法が聞かなかったことなんて、今までで一度もなかった。腹の底に沈むような絶望感と、勝てないかもしれないという弱音。今だ名前すら明かされていないその男は、その様子にくつくつと喉で笑い方を竦めた。


「中々面白い試みでしたが……」

「ですが、まだまだ青いですねぇ……。今回は此処で引きますが……次はもう少し、楽しませてください」

「……殺しがいがあるように」


 絶望と静寂に混じる、意図の分からない予告。

 ――意味が分からない。行ったっきり余裕を見せたまま、男は闇に溶けるよう静かに姿を消した。

 その場の雰囲気を流す風と、少しずつ緩みだす緊張。

なんだか、ようやく呼吸が出来るようになった気がする。姿が見えなくなり、どっと息が零れ落ちて、ミズキと燈夜は呼吸が整うのも待たずに朝陽のもとへ駆け寄ると、朝陽は相変わらず具合の悪い顔で腕を庇っていた。

それを見てあとから駆け寄った千早が回復魔法をかけてはみるものの、傷の程度は悪い。傷は上手く閉じてくれたものの、最後にはうっすらと縦長の線が残ってしまった。


「い……っつつ……」


 朝陽が呻く。堪えているのか、零れ落ちる音自体は軽いが、そんな生易しいけがではないはずだ。彼のこめかみからは汗が滲んでしたたり落ち、芽衣はガクガクと震えながら、涙まで零し始めた。


「あ……ご、…ごめ……朝陽……」


 ――その様子にミズキは思う。

 いつから彼女はこんなに弱くなってしまったのだろうと。


「めめち……?」


確かに姉ヶ崎芽衣と言う女は、末っ子みたいに元気で、明るくて。ちょっとだけ我儘なところがある。朝陽や燈夜に叱られて、半泣きにされているところだって、よく目にしていた。……でも、あれがお遊びだったと思えるほどに、芽衣は真っ青な顔で泣いていた。

 小さな子供のようにぼろぼろと涙を流す姿は異様で、控えめに声を掛けたものの、彼女は酷く狼狽したままだ。


「……どうしたの、めめち。めめちらしくないよ」

「だ、って、だって朝陽が……ッ!」

「そうじゃなくて、どうしてあの時――」


 そこまで言った時、朝陽が遮るように言った。


「……芽衣は、……子供の頃に目の前で親を亡くした事があるんだ」

「え?」


 子供の頃に、親を亡くした?

 でも、それがどうにも今の話と結びつかない。

それを補足するように、隣に立つ燈夜も続けて言った。


「……この間のユニコーン戦では実際に芽衣が死にかけたからな、あれがきっかけだったんだろ」

「でも……死にかけたことなんて、今までだって何度もあるじゃない!」


 思わず声が大きくなる。


 いや、いいや!決して芽衣を責めたいわけではない。ただ、彼女のそのちぐはぐな行動があまりにも理解できなかったのだ。だって、この世界にやってきた時、いの一番に「私が特攻隊長だね」といってくれたじゃない。タンクなんて危ないからやめておけと言う朝陽にだってニコッと悪戯っ子みたいに笑って、「でも私が一番に動いたら皆が動きやすいでしょ」といってたじゃない!


……それに、実際にこれまでの戦いだって、彼女のうっかりで何度も死にかけてきた。元気よく突っ込んだめめちがうっかりボタンを押してトラップが発動したり、この間のリザードマンの洞窟での一幕だってそうだ。


 なのに、なぜ同じ状況でこんなに変わってしまったのだ。


 ミズキが言うと、芽衣は唇をきつく噛みしめて、地面についた手で砂利を掴みながら頭を垂らした。


「……私、まだどこかで思ってたんだ。死んでも、どうにかなるって」

「え?」

「ポーションがあって、魔法があって、千早が回復してくれて……まるでゲームみたいだって。でも、違ったんだよ……」


 芽衣は、喉を震わせながら言った。

 まるで止まっていた蛇口が壊れたみたいに、どろっと溢れ出た。

 

「この世界には、お墓があって、死んだ人は戻ってこなくて……蘇生魔法なんて、どこにもなかった。……死んだら、終わりなんだ」

「……っだから、怖くなったの……!」

「死にたくない」

「死にたくないよう……」


 そんな当たり前のことが、今更、喉の奥から溢れ落ちた。


次回:明日7/20投稿

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