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5-3 氷刃の断罪

 燈夜の一声で動揺して緩んだ糸が引き締まる。――そうだ、こんなところで動揺している場合ではないのだ。千早は足を止めると、手にした杖の底で地面を叩く。それから静かに深呼吸をして呼吸を整えると、敵意と決意をもってオオミミズを睨んだ。


「ミズキちゃん、燈夜くん!私が仕留めるので、どうか私に時間を」

「……そして芽衣ちゃんたちから離してください!」


 芽衣の動揺した泣き声が、背後から響いてくる。その声ひとつで彼女がいま使い物にならない事が良く分かる。……それなら、彼女の不安を振り払うためにも、前に立つ自分たちがしっかりと守らなければならないのだ。

 千早は杖を握り、静かに詠唱を始めた。その言葉に呼応するように、彼女の足元から魔法陣が広がり、光がキラキラと地面を照らし出す。温かく包まれるような、そして身体が軽くなるような不思議な感覚――速度アップのバフだ。


「行くよ!燈夜、時間を作るよ!」

「……言われなくとも!」


 ミズキは弓の形をしていた変形武器に手を添えて、滑らかに大鎌へと形を変えた。刃が空気を切る音が鋭く響き、踵を浮かせ、一気に地を蹴った。疾風のような動きでオオミミズに向かって駆け出して、途中で燈夜と二手に分かれる。

 燈夜は剣を地面に押し付けるように構え、刃を引きずりながら走り、その軌跡に小石や土が跳ね、火花が散る。そして、彼は息を吐き出して力強く剣を振り上げた。


「ハァァ……斬、撃破ッ!!」


 放たれた衝撃は、地面を抉りながら一直線にオオミミズへと突き進む。土が飛び散り、裂け目が走るその先で、オオミミズの巨体が身体を仰け反らせるように揺れた。


「オオオオオオ……!」


 オオミミズの一部が裂けて、弾けるように緑色の液体が広がる。それが血液なのか、酸なのかは分からない。しかし、どちらにせよあまりかかりたいとは思わないものだ。

 怒り狂うように緑の液体をまき散らすオオミミズは、地響きがするほどの声をあげながら尻尾を鞭のようにしならせる。それからグウッと身を縮めたあと、縮めた分を勢いに変えてを燈夜に向けて突き進む。その勢いは先に衝撃波が飛んでくるほどのもので、その衝撃に抗いながらも飛び上がって避けると、自分の前を過ぎたオオミミズは直角に曲がってこちらに向かって飛び上がった。


「……ッおい、直角に曲がれるのか、よ……ッ!」


 オオミミズの体がくねりながら軌道を変え、鋭く折れ曲がって襲い掛かる。なんとか剣で弾いたものの、それでも次の一手は出せそうにはないほどの重い衝撃だ。燈夜は苦し気に表情を歪めて叫んだ。


「ミズキ!」

「任せて!」


 そのとき、後ろに控えたミズキが大鎌を振るう。しかし――。

 ぶにゅぅっ!


「げえっ?!」


 硬い鎌にぶつかった瞬間、オオミミズの肉は鉄のように弾かれることなく、ぶよぶよとした質感で押し潰され、刃を包み込む。それこそ、まるでゴムの塊に剣を突き立てたかのような感触だ。

 手に伝わる感覚は「弾き返す」ではなく、「沈み込む」。

 一瞬、大鎌が呑まれるかのような錯覚に陥り、不快感と驚きが声を出した。


「ッ……う、く……っ気持ち悪、ッ!」


 刃を引き抜こうとした刹那、オオミミズの反動が働き、弾力を持って刃が跳ね返される。ミズキはバランスを崩しそうになりながらも踏みとどまり、再び燈夜とともに武器を構え直した。


「……これ、まさか切ったら分裂する系じゃないだろうな……」

「スライムじゃあるまいし……え?まさかそんなことないよね」

「さぁな、この世界じゃなんだってありえそうだ」

「ありえない事は無い、か……もう、本当に厄介な世界だよ」


 切り刻んだ筈のモンスターがうにょうにょと分裂する姿を、漫画とかゲームで見た事がある。嫌な予感がしながらも目の前でうねる巨体がスライムのように刃を受け流すのであれば、切り刻むしかないし、それ以上の力でねじ伏せるしかあるまい。


 その一方で、刃を受け流すくせに、それでいて確かな質量をもって叩きつけてくる厄介さがある。燈夜は舌打ち、刃が沈みこむことも構わず力任せに剣を突き刺すと、そのままの至近距離で魔法を放った。


「アイスフロスト!」


 突き刺した刀身が冷たく凍り付き、刀身を伝ってオオミミズの身体に霜がおり始める。体が大きすぎて全身が凍るほどの威力は無いが、それでも速度を遅らせる程度のことは出来る。それで十分だ。


「千早、いけるか!」

「……準備はできています!」


 千早の詠唱が完了し、杖の先端に集まった光が眩しく輝く。彼女の足元に広がる魔法陣は、淡い青白い光を放ちながら複雑な紋様を描き、空気が凍りつくように冷たくなる中で白い息が辺りに広がった。


「燈夜くん、ミズキちゃん、今すぐそこから離れてください!」


 彼女の静かな声に、二人は即座に飛び退く。

 その動きを見計らったかのように、千早は杖をしっかりと両手で握りしめ、深く息を吸った。


「――フロスト・クエイク!」


 一瞬の静寂――その後、氷の波動が大地を走り、オオミミズの下から氷が伸びる。

 その巨体を根元から凍結させるほどの極寒の力は凄まじく、ミズキはそれでお終いにはしないと大鎌を手に飛び上がった。


「はぁぁぁ!!」


 大鎌の刃が鋭く煌めいて、頭部に向けて大鎌を振りぬく。

 氷に覆われた頭部に刃が触れた瞬間、硬い氷が砕け散り、裂けるような音と共に、オオミミズの巨大な身体が岩のように崩れ出す。凍ったお陰で先の粘液だか体液だか出なかったのは幸運だったかもしれない。


 ミズキは、振り抜いた大鎌をそのままに万が一に供えて冷静に息を整える。周囲の静寂は、勝利を物語っているように思えたが……その一方で手ごたえを感じたミズキも、勝利したと言い切れなかった。

警戒を解くことが出来ない。

――何故だ?


 腕には鳥肌が立ち、筋肉がぎゅっと強張る。

 理由もわからないまま、ただ“何かが来る”という確信だけが、全身を支配していた。

 現代で育った彼らには、この異様な空気をどう表現すればよいか分からない。ただ、戦場のような緊張感だけが、肌に、骨に、心に突き刺さる。

 朝陽の元へ駆け寄ることもできず、ただ硬直したまま周囲を見渡す。

 その瞬間、ザアッと風が吹き抜け、背筋を凍らせるような寒気が走った。


 それは魔法の冷気とは違う、もっと本能的な恐怖を掻き立てる言いようのない悪寒だった。まるで、どこかで誰かがこちらを見下ろしているような……そんな錯覚。


「はぁ……ッはぁ……ッなんだ……?」


 燈夜が肩で息をしながら周囲を見回すなか、オオミミズの崩れた死骸が、ゆっくりと沈黙する。勝利の余韻に浸る間もなく、空気が ピキリ と凍るように張り詰めた。

 ――違和感。見えない何かが、すぐそこにいる。


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