4-3 このままじゃ、きっと俺たちは死ぬ
「……、……」
石飾りが揺れ、イサハヤは仲睦まじく食を進める俺たちを見た。芽衣と燈夜、それから肉を求めるミズキは会話に夢中でその視線には気づいていなかったが、俺と千早だけは彼を見ていた。何の感情も浮かべていないように見えるイサハヤの顔。けれど――ほんの一瞬、笠の奥の口元が歪んだ気がする。
「この先、お前たちはどうするんだ」
問いにも答えず、まるで誤魔化すようにイサハヤは言った。
千早が一瞬きょとんとしたけれど、俺は頷くに留めた。
「ええと、ひとまず依頼を終えることが出来たのでギルドカードを更新に行こうかと」
「違う、その先だ。……お前たちの最終的なゴールはどこにある」
「ゴール、ですか」
「何も、ただ戦うために動いているわけじゃないだろう」
イサハヤの低い声が、焚き火の音に溶ける。
こちらが踏み込む事は許さないくせに、イサハヤは随分と踏み込むではないか。深堀ともいえるその言葉に、もう一度千早は俺をちらりと見た。芽衣やミズキ、燈夜にも視線を向けると、いつの間にか話を終えたらしい彼らも無言で頷く。
「私たちのゴールは元の世界へ戻ることです。……そのためには、王様が言っていた魔王を倒します」
それは、決意に近い言葉だったように思う。
しかし、イサハヤは元の世界が何なのかを訊ねることもなく、僅かに笑いを滲ませた。
「……その割にあれなのか?」
「え?」
イサハヤの目が僅かに細まる。
「本来、補佐の役割を持つクラフターが気絶して、タンカーであるそこの女も動けない。ヒーラーのお前もその二人にかかりっきりになって、残った二人は歯が立たず………あのユニコーンは確かにS級モンスターだが、お前たちが倒したい魔王のしもべモンスターだ。そんなモンスターでやられているようじゃ、到底敵わないだろうな」
「……それ、は」
「浮ついたままお遊びでやるつもりならやめたほうがいい。どこかでひっそりと野垂れ死ぬのが関の山だろう」
唐突ともいえるその指摘。さっきまでは一緒になってウマカツを食べていたくせに、一体なにが彼の逆鱗に触れたのだろう。至極全うなその指摘は厳しく冷たく響く。しかし、その一つ一つは彼の指摘通りであり、言い返すだけの力がなく唇を噛む。力いっぱいに握りしめた拳は震え始めたのに、言い返すだけの言葉が出ないのだ。
「………ッそんなのポッとでのお前が」
燈夜はつい感情的に返す。
しかし、感情的になるほど――耳の痛い指摘なのだ。
「燈夜、止めろ。指摘はもっともだろ」
「ッ朝陽!お前、言われっぱなしで…!」
俺は燈夜を制した上で認めると、怒りを見せる燈夜を見つめた。
「……燈夜、一度認めようぜ。おれたちは弱いって。これまではたまたまうまくいってたけど、浮ついた気持ちだったことを否定できるか?」
「それは……」
「このままじゃ駄目だっていうのもそうだと思う。……全く耳が痛い正論だ」
本当、嫌なくらいに。
でも、言われっぱなしも癪に障る。
「でもイサハヤ、アンタはどうなんだ」
「……なに?」
「アンタは生粋の世話焼きと見た。……わざわざこうして忠告したのも、危険行為を止めるためのものなんじゃないか」
「……」
「おれたちを見捨てて、野垂れ死んだら後味が悪いもんな」
笑みに混ざる、僅かな確信。
今こうして食事こそしているが、彼とは今日出会ったばかりだ。付き合う気が無いのであれば、わざわざ場を揺らがすような忠告なんてせずに別れたら良いではないか。それをわざわざ厳しい言い方で嘲笑ったのは、このままでは危ないという警告。――だと俺は思った。
イサハヤはそれを黙ったまま視線を向ける。
「だから、おれたちの仲間になってほしい」
「は?」
「アンタは腕っぷしがいい、それに教えるのだってうまい。だったら俺達は今よりも強くなれる筈だし……それにアンタが何をゴールとしているのかは分からないが、いま仲間がいないのならおれたちといる方がソロよりかはマシだろ?」
リーダーである芽衣にも、仲間たちにも話を通していないような提案だ。仲間たちの反応は驚いており、互いに顔を見合わせていたけれど、俺は真っ直ぐにイサハヤを見つめていた。
「……随分と都合のいい話だな」
「そうだな。……でも、おれたちは今のままじゃダメなんだよ」
「戻るという選択肢はないのか」
焚き火の火が揺れて、パチッと火の粉が爆ぜる。
イサハヤの笠から下がる藤色の石は火の揺らめきに合わせて煌めき、その奥にある鋭い目は、静かに俺を見ていた。
「……そんな選択肢はないんだよ」
「元の世界へ戻るために、戦わなきゃいけない」
何もせずに、ただボケーッとしているだけで元の世界に戻れるのなら、こんな危ない事に首なんか突っ込んでいなかった。でも俺達は、魔王を倒さないと戻れないんだ。勝手に呼び出されて、勝手にそういう風に契約をされて、ろくなものを持たされずに外へ出された。
ここまで後ろを向かずにやってこれたのだって、大丈夫!イケるイケる!と励ましてやってこれたのだって、兄弟や友人――それから芽衣がいたからだ。自分一人じゃとうに折れていた。
それに、本当は分かっていた。俺たちには、戦う力が足りていないって。
経験も、知識も、鍛錬も、何もかもが足りていない。師匠もおらず、この世界が何たるかを教えてくれる人もおらず、王様に急かされるまま、のらりくらりと進んできた。手探りのまま、なんとかここまで生き延びた。
でも——もう、それじゃダメなんだ。
このままじゃ、きっと俺たちはどこかで野垂れ死ぬ。戦いの中で、一人ずつ欠けていく。誰かが倒れ、そして気がついたら俺たち五人全員がいなくなる。……そんなのは、嫌だ。絶対に嫌だ。俺は戻りたいんだ。
そのためには、強くならなければいけない。
そして、そのために——この男の力が必要だ。俺はゆっくりと息を吐き出して、もう一度真っ直ぐにイサハヤを見つめて口を開いた。
「だから、強くなりたい。そのために、アンタの力が必要だ」
そう言い切った時、焚き火がパチッと弾けた。
イサハヤは、それをじっと見つめたまま、静かに息を吐く。
「勝手な話だな。だが、いいだろう。私にもやらねばいけない事がある」
「っじゃあ!」
「ただし——」
そこで言葉を切り、一瞬だけ空を見上げる。
「私は赤子の重りをする気はない。私が言うお題にクリアできれば、その時は仲間になろう」
焚き火が、ゆっくりと燃え上がる。
彼の影が長く伸びる中、イサハヤはゆっくりと口を開いた。
「覚悟は出来ているんだろう」
「どれほどの覚悟があるか、見せてもらおう」
覚悟を確かめる、静かな問いかけ。
その言葉は、焚き火の煙とともに、静かに夜へと溶けていった。




