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4-2 サックサクなウマカツできました!


 話を続けようにも、ジュウジュウと揚げる音が煩いわ、香ばしい匂いが気になるやら。集中力が馬鹿になって続かない。茫然半分、呆れ半分。振り返ると、芽衣が鉄鍋の前で自信満々に頷いていた。

その間も、油の中ではキツネ色になった衣がゆらゆらと揺れ、ジュワッと小気味よい音を立てている。


「揚げてる!」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

「もお!話は後! これからはご飯の時間なの!」


 芽衣に話の腰を折られた手前、抗う理由はない。というか、あの芽衣を前にして抗うことなんて出来ない。ため息をつきながらも、イサハヤに断りを入れて話を中断すると、芽衣の横に立った。


「はいはい、それで何をすればいいって?」

「朝陽は、残ってるお肉に衣付けね」

「小麦粉にパン粉つけるんだっけか?」

「小麦粉、卵、パン粉の順番」


 油の跳ねる音とともに、芽衣の小さい手が忙しなく動く。

 肉を小麦粉につけ、卵に浸し、次はパン粉の順番でつけていく。 

 そういえば、肉を揚げる料理と言えばトンカツとかから揚げとかあるけど、今使っている肉はユニハルコン。つまり、馬の肉だ。……ということは、トンカツならぬウマカツになるんだろうか。うーん、ウマそう。

 そのとき、隣で揚げている芽衣の口元が少し膨らんでモゴモゴと動いていることに気付いた。気になって、小麦粉のついた手で頬を突くと芽衣は鬱陶しそうに唸った。


「もお!料理中でしょ!」

「いや、なんかモゴモゴしてるから」

「これはパン粉のあまりですう」


 そういえば、ユニハルコンの装甲をフライパン替わりにして残りのパンを焼いていたっけ。そうか。このパン粉はあれを削ったものだったのか。どうりで荒くてカリカリだったわけだ。


 パン粉をつけてカキフライだとか、クリームコロッケぐらいのサイズになったものを隣の皿に詰んでいく。芽衣はそれを手際よく上げていき、ジュウジュウと揚げるうちに木陰で休んでいたミズキが起き上がってきた。


「うう……いい匂いする……」


 顔色の悪い様子で、両手を前に突き出してよたよたと歩く姿は、なんとなくゾンビっぽい。

 俺が口を開く前に、燈夜は呆れたように見ながら息を吐いた。


「オイ……食い意地で起きてくるなよ。体は大丈夫なのか」

「ううん……首が寝違えた感じ……」

「関係なさすぎるだろ……」

「もうミズキちゃん!ちゃんと寝てないと駄目ですよ!」


 千早まで参戦してきた。

 ……まぁ、あの様子ならばひとまず大丈夫そうか。


「みてみて朝陽」

「うん?」

「ヒレは火が通りやすいから、揚げすぎないのがポイントだよ!」

「朝陽よく見て、この揚げ色がベスト!」


芽衣は、得意げに菜箸でヒレを持ち上げる。カツの衣がサクサクと音を立てるたびに目を輝かせ、鼻をひくつかせている。


「サーロインはちょっと厚めだから、じっくり火を入れるよ!って……朝陽、ちゃんと見てる?!」

「はいはい見てるよ、料理長」


 あまりのテンションに、思わず笑う。

 誰よりも楽しそうに、誰よりも真剣に。芽衣の表情は、料理を前にした時だけ特別な輝きを放っている気がする。

 芽衣が菜箸でつまんだヒレ肉を持ち上げると、表面の衣がサクサクとした音を立てる。衣が分厚くなった分ボリューミーなサイズだが、いまこの場にいるのは食べ盛りばかり。衣が分厚いぐらいがちょうどよいかもしれない。


「最後にレバーはじっくり火を入れます!」

「へぇ、そりゃまたどうして?」

「生は食中毒を起こしちゃうんだよ、生のレバ刺しとかもよく美味しいって言われるけど駄目なことなんだって……いや、でもユニハルコンのだったらイケたりする……?」

「やめとけやめとけ」


 ただでさえ、管理衛生がしっかりしている日本でも駄目って言ってるんだ。異世界産レバーなんて怖すぎる。

 じっくりと揚げたレバーは、どうやら魔力の暴走により鼻血を出したミズキ専用メニューらしい。それら揚げたてを皿に盛って燈夜が運んでもらうと、パーティいち食いしん坊のミズキがひとり茫然としていた。


「え……?みんなはフィレとか、サーロインなのに……私だけレバー……?」


 その絶望した顔と言ったら。


「………仕方が無いだろ、今は鉄分補給が大事だ」

「そうですよ、ミズキちゃん」

「……ユニハルコンのレバーは魔力の補給にもいい。お前たちも食べなさい」

「へえ、そうなんですね……ですって、ミズキちゃん!」

「やだーーー!!」

「はいはい元気だなぁミズキは」

「あはは声でか」

「ほら!こんなに声でるもん!!元気だもん!!!!」

「いやいや、また鼻血出てるぞ」

「うがああ!!」


 諦めてレバーを食えと呆れ混じりに口に向けられたレバーカツを食べるミズキは、みんなを恨み混じりに見ていた。

 あまりの恨みっぷりに適当に声を掛けても「ヒレ」とか「サーロイン」とか「ランプ」とか部位で返事をする徹底っぷり。食べ物の恨みは怖いって本当なんだな……しみじみと思った。



 それから、全員が揃って食事を初めて暫く。

 千早が手を止めたままのイサハヤを見て尋ねた。


「イサハヤさん、お腹すかれてないんですか?」


 この世界で魔物食は当たり前の事だが、ウマカツはまだこの世界にはない料理なのだろうか。それとも単純に食が細いのか。着物の袖から伸びる彼の手は少し筋張って痩せているように見える。

 イサハヤはその視線に気づくや否や、箸を器用に使いウマカツを摘まむと、小さく言った。


「………いただこう」


 言いながら、イサハヤが口へと運んでサクッと衣を割った瞬間、熱と一緒に肉汁がじわりと滲み出た。香ばしい衣と、しっとりした肉のコントラストが、口の中にじんわりと広がる。


「……」


 イサハヤは無言で噛みしめ、じっくりと味わうように咀嚼を続けた。

 ざくりと崩れる衣に口の中で溢れる馬の旨味と脂。ユニハルコン自体は初めて食べたわけではないが、イサハヤが口にした料理は初めての調理方法だ。……肉なんて焼くか煮るかだったのに、少しの手間を加えるだけでこうも印象も味も変わるのか。


 咀嚼を繰り返すと、千早は安心したように笑む。それから少し離れたところで別部位が食べたいとごねるミズキと仲間たちのやりとりにクスクスと笑った。


「……お前たちは、いつもああなのか」

「……ええ、そうですね。私たちは同じ学校、……同じ故郷の出なんです。だからこういった雰囲気の方が多いかもしれません」


 千早はそう答えたあと、少しだけ視線を落とした。


 ……この人は、輪に入ってこない。


 食事の場にいても、話しかけられても、どこか一線を引いているような雰囲気がある。それが単に不器用なだけなのか、それとも――。


 彼の目に私たちは、どう映っているのだろう。

 一緒にいるから見えるものもある。

 だけど、離れて見ているからこそ、気づけることもある。


「……イサハヤさんは、仲間と食事をしたことって、ありますか?」


 ふと口に出たその言葉に、イサハヤの箸が、ぴたりと止まった。


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