4-1 その男、独りにして語らず
意外にも、謎の和武士――イサハヤは面倒見が良かった。
さすらいの風来坊という言葉が似合う、和武士の男。
年は四十代過ぎか、それよりも手前か。全身に纏う深い暗緑色の着物に、それに合わせた黒の袴。腰に帯びた大太刀を納めた鞘は黒の漆塗りで、その表面には細かな刀傷が刻まれ、長年の戦いを経てきたことが一目で分かる。
加えて、深く編笠を被った顔は不自然に落ちる影で表情が見えず、何を考えているかも分からない。
多分、メカクレってやつだ。時折わずかに覗く口元の動きや、落ち着いた声音からは、経験に裏打ちされた冷静さが滲んでいた。
そんな彼が、俺・朝陽の隣に座り、解体の手元を見ながら低く言う。
「その部分は硬すぎる、食うには向かん。内側の部位を取れ」
「そこは脂が乗っている、焼けば旨いだろう」
最上位ユニコーン・ユニハルコンの解体を進める俺に対し、イサハヤは的確に可食部分と不可食部分を指示する。その迷いのない口調に、次第に疑問を覚えはじめた。
……この男、教え慣れている。
鋼鉄の装甲は死後も継続するもので、解体にはそれ相応のナイフなどが必要であること。
装甲が厚い分、普通の馬と比べると可食部分が減ってしまうこと。
その代わりに味は絶品で、特に心臓と角が高く売れる事。
ユニハルコンの蹄は研石に代用できる事。
イサハヤは、ユニハルコンの特性や解体のコツをここまで熟知している。──きっと、何度も相手にしてきたのだ。にもかかわらず、彼はパーティを組まずに、いまもソロで戦っている。それが不思議に思えてならない。
「それだけの実力があって、どうしてソロなんだ?」
その疑問を口にすると、イサハヤは一瞬だけ動きを止めた。
「……ソロであることが問題なのか」
棘を含んだその言葉。俺は思わず肩をすくめた。
「いや、そういうわけじゃないけどよ。ただ……単純にパーティの方が効率いいだろ? Aランク以上の依頼なんて、普通はパーティ組んでやるもんだし……」
勿論ソロで戦う冒険者もいる。しかし、先のとおり一人で戦うよりも数人で戦った方がよっぽど効率が良い。……何かを制限して戦ういわゆる縛りプレイが趣味なのかは分からないが、彼の面倒見の良さを見ていると人嫌いには見えない。
しかし、イサハヤは黙ったまま、切り分けた肉を保存用の葉に包んで、麻紐で縛る。
沈黙が落ちる。……あまり話したくない事なのだろうか。棘のある言葉を思い返しては一瞬迷ったが、もう一度訊ねた。
「……イサハヤ。別にアンタを解き明かしたいってわけじゃないんだ。ただ、これだけモンスターに詳しいのに、ソロってのは珍しいと思って。俺がアンタの立場だったら絶対に効率重視でパーティを組んで、経験値とか素材とか、分担しただろうからさ」
何もソロプレイであることを責めたいわけじゃない。
ましてや、彼の裏事情を深く聞きたいというわけでもない。ただ、なんとなく利口な彼がわざわざ不利な状況を選ぶ理由が気になっただけ。それを伝えると、イサハヤは、低く息を吐いた。
「……昔は、一人ではなかった」
それだけ言って、イサハヤは笠の奥に視線を落とす。
ほんの僅かだけ、声の調子が揺れた気がしたが、何を意味するのかは分からない。だが、何か訳アリである事だけは分かる。
焚き火の炎がゆらりと揺れ、彼の影を長く伸ばす。
過去に何があったのだろう。しかし、これ以上踏み込むことはできなかった。
諦めてそのまま身を引くと、突然後ろからスコンと何か軽い感触が頭を叩いて、振り返ることになった。
「朝陽、話はいいからお肉!」
そこには、魔力切れでグッタリとしていたはずの芽衣が立っていた。
魔力が完全に回復するまでは休むよう千早に預けていたが、芽衣の背後で千早が両手を合わせて謝るポーズを見せている。……多分、芽衣が大丈夫だとか何とか言って嫌がったのだろう。まったく、忙しない奴だ。
その一方で、解体作業を手伝っていた燈夜も疲れが上回ってしまったようで、完全に集中力が切れた様子で手を止めていた。
唯一気絶していたミズキもいまだ木陰で体を倒している……彼らのことを考えれば、確かにいまイサハヤを探るよりも食事が優先か。
「殴るなよ」
クレームだけ入れると、イサハヤに向けて質問を向けた。
「なぁ、一番美味い部位ってどこなんだ?」
「……何を作るかにもよると思うが、好まれるのはヒレだろうな」
張り詰めた空気が和らいで、イサハヤが解体して部位ごとに取り分けた肉の一つを指す。
それを聞いた芽衣は「ヒレがあるならサーロインがあるのでは?!」と前のめりになって尋ねていたが、そりゃあ部位の名前だからヒレがあるのだからサーロインだってあるだろうに。
……そういえば、このあたりの部位名は元の世界と変わらないんだな。
そんなことを思いながらヒレとサーロインを抱えて満足そうにしている芽衣を見ながらマジックキッチンを出すと、突然現れた現代風キッチンにイサハヤが少し……いや、かなり怪訝な様子を見せた。
「……見たことのないスキルだな」
その声色は、渋い。
「戦闘では役に立たないけどな」
「……では、何故あの娘が使うんだ。お前が使うものではないのか」
「あー……それが、このスキル自体はもともと芽衣が希望していたものなんだが、間違って俺に振られてな」
それに続けて、横から燈夜が口を挟む。
「スキルの振り間違いは朝陽だけじゃないぜ、全員だ」
「全員?」
「ああ。……それぞれ希望したものが、ものの見事に違う奴に振り分けられちまった」
あの王様、本当に適当だよな。呆れ混じりに話す彼は「これだって元々は千早が要望していたスキルだ」と言いながらマジックバックを取り出して、そこへ余りの肉や戦利品たちをしまう。その声色はどこまでも呆れ混じりだ。
それを聞いたイサハヤは笠から垂らす藤のような薄紫の石飾りを揺らして静かに言葉を紡いだ。
「……お前たちは、転移者なのか」
低く、静かな問いかけ。その声には、なにか確信があるようで、それでいて探るような響きがある。
俺は一瞬、戸惑いながらも頷いた。
「……っもしかして、アンタもそうなのか?」
しかし、イサハヤはゆっくりと首を横に振る。
「いいや、俺は生まれも育ちも、この国だ」
それから、僅かに間を置いて続けた。
「ただ……昔、一緒に戦った奴の中に、お前たちと似た者がいた」
「それって……」
「……どうだろうな」
それ以上の言葉はなかった。笠の下の影に隠れた口元が、微かに動く。しかし、それが笑みなのか、ただの口の動きなのかは分からない。その違和感を拭うよう更に踏み込もうとした瞬間、それを制すようにイサハヤは低く呟いた。
「遠い記憶だ」
「……だが、お前たちを見ていると思い出す」
焚き火の炎が揺らぎ、赤々と照らす。
静かに息を呑んだ。
「思い出すって……その仲間は、今どこに?」
「……さあな」
またしても、核心には触れない。
しかし、その一言には妙な 重みがあった。
イサハヤはふと視線を千早へと向ける。何を見ているのか、何を確かめているのか——それは、誰にも分からない。事実、千早もその視線に気づいたようにイサハヤを見ていた。
しかし彼女はなにも分かっていないようで不思議そうな顔を向けており、もう一度話を戻すために「なぁ、イサハヤお前は千早のことを何か知って――」と口を開いたところで、ジュワァッと隣から油の弾ける音と、なんとも食をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。
「……芽衣、……お前……もう焼いてんのか……」




