3-4 処刑台に降る雷鳴
ブラッドラッドの討伐から始まり、ユニコーンと戦い続けていた私の体力は尽き欠けていた。立ち上がろうにも腰が抜けたように言う事を聞かない。すぐにでも立ち上がろうとガントレットを地面に押し当てても、力が入らない。震える足が言うことを聞かない。
「あ……あ……やだ……」
駄目だ、立ち上がらなきゃ。
逃げなきゃ。
ここで立たなきゃ、私は――。
ユニコーンの視線が私に向けられて、殺気が真正面からぶつかってくる。
巨大な蹄が、ゆっくりと持ち上がるのが見えた。
何も拘束されていないのに、その蹄が処刑台の刃として自分の頭上にぶら下がっているみたいで息が詰まる。――駄目だ。駄目だ、駄目だ、駄目だ。動かなきゃ。なんとしても、この場から、せめて軌道を避けることくらいしないと。這いつくばって地面に手を当てる私は、なんとも情けない恰好だったと思う。
頭の中で警鐘が鳴り響き、ドクドクと心臓が飛び出すくらい胸を打つ。蹄が持ちあがったときに出来た黒い影。私はそれに震える事しか出来ず、歯がガチガチと鳴って死を予感したその時――、
「ダメだ……ッ芽衣!!逃げろ、芽衣!!」
朝陽の叫びに続いて、バリバリバリバリバリ!!!と耳をつんざくような雷鳴が轟き、空気を裂いてユニコーンに落ちた。辺りに漂う細い電気が跳ねて肌を刺して顔を上げると、蹄を振り下ろす直前のユニコーンの頭が、ゴトンと重たい音を立てて落ちた。
「え……?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。
目の前にあるのは、ユニコーンの頭と、ぎらりと光る黒い角。
巨体が崩れ落ちると、地面がごうんと鳴って揺れ、尻もちをつきそうになる。あまりに突然で、信じられない光景に、私も朝陽も燈夜も、武器を手放すこともできずにただ呆然と立ち尽くしていた。
――そのときだった。
ユニコーンの横。ゆっくりと立ち上る土煙の向こう、空を切り裂いた雷の余韻がまだ漂うなかで、ひとつの影が“音もなく”降り立った。
ストン、と。軽やかに、しかし重力のすべてを支配したような存在感でその影は着地し、土の上に長く伸びるその影が、静かに揺れた。
視線を上げる。そこに立っていたのは、異世界では場違いなほどに凛とした“和”の男だった
――多分、この男がやったんだ。
私の目の前で、あんな化け物が……一撃で。
ファンタジー世界には随分と珍しい、馴染のある和武士の男。
男の手にはバチバチと爆ぜる黒い電流を纏った大太刀があり、顔をすっぽりと隠す大きな笠の先にはきらりと光る藤色の石飾りがある。
敵か、味方か。この男も戦うべきなのか。その瞬間全員に緊張が走るが、意外にも男は此方を一瞥することも、ユニコーンを見ることもなく歩き出した。まるで肩透かしを食らった感覚に燈夜は剣を下ろして首を傾げるものの……それに思わずといった様子で声を掛けたのは朝陽だった。
「なあ!このユニコーンはもういいのか!」
純粋な興味と、あわよくばという気持ち。
朝陽は足を止めた相手に、考えなしの発言すぎたかと少しだけ後悔が過ぎるも、なんとなく彼をそのまま行かせてしまうのは惜しいと思ったのだ。
「このユニコーンは最上位なんだろ?売れば金になるんじゃないか」
足を止めた和武士は喋らない。ただ、此方の動向を見ている気がする。
和武士は少しの沈黙を経て呟いた。
「……不要だ」
「じゃあ、俺たちが貰ってもいいのか」
「ああ」
興味がないとでもいうような、起伏のない声。
いらないのならこんなにありがたい話はない。しかし、何故彼はこれを要らないを言うのだろう。それに辺りを見回しても仲間らしき人影や気配がない。であれば余計にこの最上位のユニコーン一体を売るだけでも金策になりそうなのに。
その一方で、起伏のない声の持ち主はすでに他所を向いていた。それを引き留めるように朝陽は言う。
「……なぁ、これをくれたお礼をさせてくれないか?」
「必要ない」
「でも、さっきだって助けてくれただろ」
「…………お前たちを助けたわけではないが」
「慈善活動でもないだろ?」
その言葉に、和武士の男はわずかに動きを止めた。
しんと張り詰めた空気が、森を包む。
「……懐かしい魔力を感じてな」
淡々とした口調だったが、その一言に宿る響きは重い。
その場の全員が袖を引かれたように視線を向けた。
「……懐かしい魔力?」
朝陽が問い返すが、和武士はそれ以上を語らなかった。
ただ、笠の下の影から静かに視線を巡らせる。
そして千早の方を、じっと見つめた。
無言のまま、まるでそこに"答え"を見出そうとするかのように。
まるで"何かを確かめる"ように。
不意に、笠の先にある藤色の石飾りが、かすかに風に揺れる。しかしその答えが続く事はなく、男は引き留めた足を朝陽へと向けると、「少し、休ませてもらおう」と呟いた。
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