3-3 砕けぬ角に、拳を打て
ユニコーンは向かってくるサンダーボールやウインドブレードを跳ね返すために頭を振るう。そのうち、鬱陶しいとばかりに闘牛のような低い声で唸っていたが、そうやって意識が逸れてくれたら作戦は成功だろう。その間に駆け出した芽衣が地を蹴って高く飛び上がった。
「もらったぁ!……いっ、けえええええ!!」
拳を大きく振り上げて、魔力を纏わせた拳を脳天直撃で落とす。完全に決まった。いや、決まったはずだった。……ガントレットがユニコーンの頭に直撃した瞬間、除夜の鐘を鳴らしたような、硬くて重たい音が響く。指の先から爪先まで強い痺れが走り、決して打ち抜けない感覚と先から響く痛みと痺れに、芽衣は表情を歪めた。
「か、ったぁ……!!」
「ブモオオオオ!」
ユニコーンってこんなに堅いの?!もはや鐘とか鉄じゃん!
芽衣の力が緩んだのを見計らい、ユニコーンが勢いよく頭を降るう。先のとがった角を避ける事で手いっぱいの芽衣は面白いほどに弾き飛ばされて、猫のように体勢を整えた芽衣は、ナックルを地面に押し付けて、ガリガリと線を引きながら下がる。勢いが落ちた頃、体で受け止めた朝陽がポンと背中を叩いた。
「朝陽!……ごめん、私っ」
「いい、反省は後だ……それよりも、いやに堅そうだったな」
「……うん、なんかすごく硬くて……まるで効いている感じがなかった」
「そうか……」
「あれ、倒せるの……?」
「……いや、なにも倒すことが目的じゃない、あの角さえ手に入れられたらいいんだ。……燈夜!俺たちがひきつけるから、今度はお前があの角を狙ってくれ!」
幼馴染の間に「せーの」なんて合図はいらない。俺達は構え、芽衣と二人で二手に分かれると、意識を分散させるように同じ手を使った。
「ユニコーン!こっちらーにおーいで、手―の鳴る方へー!」
「おい、ユニコーン、こっちだ!」
今度は、魔法抜きの煽りで。
その様子にユニコーンはそれぞれ見て悩んでいた。しかし、やはり苛立ちといえば、いましがた殴りかかった芽衣の方か。ユニコーンの鋭い目が芽衣へと狙いを定めた。
瞬間、背後の筋肉が隆起し、後ろ足が大地を抉るように蹴り突撃のときを示す。
「ブモオオオオオ――ッ!!」
咆哮とともに、大気が震えた。まるで雷鳴が落ちる前の静電気が肌を刺すような、異様な圧力が空間を満たして、芽衣が瞬時に構える。
「――くる!!」
次の瞬間、漆黒の影が揺らいだ。
反応する間もなく、重さと速さを兼ね備えた質量の塊が、爆発的な勢いで突っ込んでくる。
「こッんの!!」
ガントレットを振り抜くよりも先に、鋼鉄の鼻面が直撃する。
衝撃が全身を貫いた。まるで鐘を打ち鳴らしたような轟音が響き、お互いに踏みしめた足元から土煙が激しく舞い上がり、拳から鈍い痛みと全身に走る電流のような衝撃が走る。
「く、そ……っやっぱり硬い……ッ!」
駄目だ、まったく効いている感じがない。
ユニコーンの漆黒の身体は、鍛え上げられただけでは説明がつかない鋼鉄さがある。一言でいうならば――黒鋼の装甲。拳を打ち込んだはずが、自分のほうが弾かれるような錯覚すら覚えて、足を踏み込むものの、ユニコーンの巨体がさらにのしかかるように前へと進んだ。
「ぐ、ぅぅ……!」
ガントレット越しにも伝わる、圧倒的な力。まるで大地ごと押し潰すような重圧が、芽衣の体を容赦なく襲う。足元がじりじりと滑るように後退し、踏み止まろうと全身の筋肉を総動員しても、まるで押し返すことすらできない。
肘から手首にかけて、痺れるような痛みが広がり、指先がじんじんと燃えるように熱を持つ。奥歯を噛みしめても、血管が軋むほどの圧迫感が腕にのしかかり、関節が悲鳴を上げる。それでも――
「ここで……ッ負けるわけにはいかないんだ、あああああッ!」
気力を振り絞り、地を蹴り返そうとした――その瞬間だった。
ユニコーンがさらに頭を低く構え、黒曜石のように鋭く光る角を突き立てるように猛然と押し寄せてくる。
「……っ!」
指先から伝わる振動が、耳の奥を貫く。
痛みが走り、噛みしめた奥歯がギリギリと軋む。
「そうはさせるかよ……ッ!!」
ユニコーンの角が突き上げる直前、俺は飛び込み横合いから剣を振り下ろしていた。眩い光が刃を包み、雷鳴のように轟く。
鋭く振り抜いた剣はユニコーンの装甲を叩くも、火花を散らすばかりで弾かれる。
「ッち……!!」
続いて、風を纏った剣が逆方向から突き上げた。
燈夜の一撃だ。突風の刃が巻き起こす旋風が、ユニコーンの胴体を貫こうと迫る。
しかし、これもまた跳ね返される。
ギイイイイッっと耳をつんざく甲高い金属音。
俺達の剣撃は、いずれもアッサリと無効化されてしまう。
「……っく、確かに堅いな……ッ!」
「……、……硬いな」
どちらも、ユニコーンの表皮を傷つけることすらできていない。圧倒的な防御力の前に、武器はまるで豆腐に針を刺すようなものでしかなかった。
それでも、一瞬だけユニコーンの意識が逸れた。その隙を見逃さず、全員が一度後方へと跳ぶ。
「まぁ、これをやり続けるしかない」
「そうだな……」
戦術的には、地道に削るしかない。それしか方法がない。
しかし――
「芽衣、お前も……」
そう声をかけようとして、俺の視界に飛び込んだのは、地面に膝をつく芽衣の姿だった。
「あ……」
「……っ芽衣!!」
……あれ?
私の足が、動かない。
立ち上がって、ガントレットを振って、また戦うはずだったのに。
でも――膝が、足が、まるで鉛みたいに重い。
力を込めているはずなのに、ビクともしない。
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