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3-2 暴走の召喚・黒角のユニコーン

「ッミズキ!やめ――」


 誰かの声が響いたとき、クラフトは始動していた。

 バチバチと爆ぜる魔力の帯には茨のように棘があった。それがミズキの腕に絡むと焼けるような熱と痛みが走り、あまりの衝撃から歯を合わせて閉じたものの隙間から漏れる吐息には苦鳴が混じり始めた。


「っ……ぐ……ッ!」


 それでも、ミズキはやめる事ができなかった。彼女の手は止まらない。まるで自分の意思とは関係なく、何かに突き動かされるように、ガリガリと地面にほど近い空中に図面を書き記すその手は、もはや何かに取り憑かれている。

 異様に感じるその光景に、千早が叫んだ。


「ミズキちゃん!!」


 だが、ミズキの目は何かを見ていた。

 ――目の前に浮かび上がる、膨大な設計図。それはただの図ではない。術式や数字が渦を巻いて回転し、脳内に焼き付いていく。まるで、頭の中に直接流し込まれるような。

 その瞬間、心臓の鼓動が耳元で炸裂する。胃がビクリと痙攣し、視界がぐらぐらと揺れ始めても――その手が止まる事はなかった。


「すごい……これが……これがユニコーンの……」


 熱い。頭が沸騰しそうに熱い。けれど、今目の前にある設計図にはこれまでにないアイディアや知識が詰まっている――。めまぐるしく流れ込むその知識の渦のなか、心臓の鼓動が耳元で響き続き、奥歯を噛みしめると僅かにだが鉄の味が広がった。


 あと少し、あと少しなんだ。

 あと少しで、完成する!


 エーテルクインクを握りしめる手はガリガリと宙に何かを書き続ける、そうして頭に流れ込んできた最後の設計図をつかみ取った瞬間――


「ッできた!」


 光が弾け飛んだ。

 次いで、辺りの音が切り取られたように無言になる。

 ミズキの鼻からツウッと赤い雫が垂れた。


「あれ?」


 ぼやけた視界の中で、自分の指先に落ちる赤をぼんやりと見る。それが鼻血であることを理解した途端に、今度は頭の中にある情報全てを引き抜かれていくように頭の先からひんやりと冷めていく。


 ――あ、貧血。 

 体が、ふうわりと傾いても、もう足が自分の身体を支えることが出来なかった。


「ミズキちゃん!!」

「ミズキ!」


 膝が砕け、力なく地面に倒れ込む。その時、クラフト成果の“ユニコーンの呼び鈴”も一緒に転がり落ちて、乾いた音と共に、低く、どこか不気味な唸り音が響き始めた。


 ゴォーン……


 ゴォーン……


 ゴォーン……


 音が止み、風が消え、木々のざわめきすら凍りついた。

 まるで森が息を潜めたような静寂――。それが破られたのは、蹄が大地を踏みしめた音と、濁った白い瞳が闇を裂いた瞬間だった。


「…………」


 途端に曇天が空を覆い、彩度を落とす。空気が歪みだし、まるで"世界の理"が書き換えられるかのような違和感。ブラッドラッドが「キッ」と鳴いて、ワライガモメと一緒になって逃げ出し――そして少しの沈黙を経て、それは現れた。

 純白で清廉のユニコーンとは真逆の位置に立つ、角を持つ漆黒の巨体が。


 獣とは思えぬほどの鋭い眼光に、私と燈夜は息を飲む。


「……これがユニコーン……?」

「…………思っていたユニコーンとはまるで違うな」


 イメージしていたユニコーンは白く清らかな馬だった。

 それこそ、もっと息を飲むほど美しくて、荘厳で。

 しかし、このユニコーンはどうだ。黒々と光沢を持った体は筋骨隆々で、体も想像していたものよりも遥かに大きい。白く濁った瞳は決して視力がよさそうには見えないが、鋭い眼差しを向けるユニコーンの顔は、私たちを見ている。

 燈夜と一緒になって構えると、朝陽が言った。


「……気を付けろ!そいつは最上位のユニコーンだ!!」

「さ、最上位……?!」

「あと、悪いがお前らで少し時間を稼いでくれ!」

「どういうこと?!」


 ミズキの近くにいなかった私と燈夜は、一体なにが起きているのか全貌が分からない。ゆえに時間を稼いでくれと言われても困ってしまう。……でも、朝陽が任せるのは何か理由がある筈だ。漆黒の怪物が静かに、そして確実に殺意を向けるなか、燈夜と顔を見合わせて頷いた。


 ――なんとか、時間を稼がないと。


 朝陽が倒れたミズキの身体を抱えて、離れたところまで走る。その後ろにつく千早は詠唱で私たちに速度アップのバフをかけてくれたが、果たしてこの速度アップでどこまで追いかけっこが出来るか。ドクドクと鳴り響き始めた心臓の音。

 遠くで、朝陽が舌を打った。


「千早、悪いがお前はミズキを頼む」

「はい。……ただ意識まで戻せるかどうか」

「はは……流石に意識まで戻せたら神の領域だろうよ。大丈夫。千早は傍でミズキのことを守ってやってくれ。芽衣と燈夜のサポートには俺が回る」

「っはい!」


 千早はヒーラーだ。回復だけではなく、ホーリーシールドなどの防御魔法も習得しているし、回復魔法と防御魔法を同時にかけることも出来る。だからミズキ一人であれば守る事はできるはず。朝陽は冷静に状況を見て、ひとり繰り返した。

 大丈夫、……大丈夫。何度もこうやって危機を乗り越えてきた。大事なのは冷静さを欠かさないこと。ミズキは千早に任せたし、あとはあの見るからに厄介なユニコーンへの対応をするだけだ。


 朝陽は足早に駆け出して剣を抜いた。


「芽衣!いつものようにお前が特攻へ、燈夜は一度体勢を整えるぞ!」

「はあい、まっかせて!」

「……ああ!」


 まずは芽衣が、前に出る。

 大丈夫、芽衣はこの中で誰よりもすばしっこい。ただの攻撃を食らうほど馬鹿じゃないし追いかけっこは得意だ。――あとは俺達が芽衣に一撃をかましやすいように道を切り開くだけ。

 俺は、ユニコーンの注意を逸らすよう大声で言った。


「ユニコーン、俺を見ろ――サンダーボール!」

「――ウインドブレード!」


 詠唱の短い初級魔法を連続で放つ。青白い雷球が一つ、また一つ、鋭くユニコーンへと伸びる。続けて、燈夜が剣を振るい、風の刃が横から鋭く斬り込むものの、最上位のユニコーンからすれば脅威ではないのかもしれない。

 初級とはいえ、魔法の数は決して一つや二つじゃなかったのに、それらは全て小石でも払うかのように、長い角で弾き飛ばされてしまう。

 得意げに黒く艶めくその姿。ブフンッと鼻を鳴らす様に、俺は口端を吊り上げた。


 せいぜい笑ってりゃいいさ。


 だって狙いはダメージじゃない。ユニコーンの意識を俺たちに向けさせて芽衣が攻撃しやすいように道を切り開くことだ。大したダメージにもならない初級魔法を連続で打ち続け、そのたびにユニコーンが頭を振るう。


 ……そうだ、鬱陶しいだろ。俺も、ゲームでこうやってちょろちょろと攻撃されて動けないって状況が、いちばん嫌いだったよ。



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