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1-1 異世界初仕事は、戦闘→飯テロでした

 すうっと鼻を抜けるのは、鉱物と血の混じったような、鉄臭さ。まどろみの洞穴――リザルドは、奥へ行くほどに湿気が肌にまとわりついてくるような鬱々とした場所だった。

 この異世界に降り立って、もう半年が経った。

 半年前、異世界転生でお馴染みのトラック事故に遭うわけでも無く、私たちはとつぜん異世界へとやってきた。それなのに不安に駆られず、きょうも元気いっぱいにリザードマンを殴れているのは、一緒になって召喚された同級生たちの存在が大きかったと思う。


「……世界を救ってくれっていう割に……っあの王様ってば本当に適当だったよ、ねぇっ!」

「めめち!あっちのリザードマンはお肉が最上級判定だよ!」

「オッケー!アッパーカットォ!」


 鑑定スキルを持つミズキが最上級判定をしたのだ。最上級判定ともなると美味しい霜降り肉のはず!

 タンカーである私・姉ヶ崎芽衣は期待に目を光らせて、強烈なアッパーを放って顎を打つ。分厚い鱗に覆われたリザードマンの顎は跳ね上がり、筋骨隆々なプロレスラーじみたその巨体が大きくのけ反って後ずさる。――しかし、体幹が良いのかタフなのか。あるいはどちらもなのか。

 倒れたと思ったら、反発力バグってるんじゃない?ってくらいに起き上がる。


「……っと、しぶといなぁ……!」


 もしかして、このしぶとさが霜降り肉になるコツだったりするんだろうか。そういえば、小さいときに三つ葉を踏んづけるとその衝撃で四つ葉になるって聞いたことがある。そんなことを考えながら、私は前のめりに踏み込んだ。

 拳を引き絞り、装具・ガントレットナックルに魔力を込める。握り込んだ指先に力を集めて、腕の内側から熱を広げて馴染ませる。


 ――リザードマンの目が、かすかに揺れた。


「今だ……ッ!……ッナックル・ガン!」


 一気に拳を突き出して、分厚い胸板を捉える。鉄塊のような重みを伴った一撃はリザードマンの胸板に深く沈みこんで、分厚い鱗の奥底でメキメキと骨が軋む感触が響いた。


「グ、ギャ――ッ?!」


 その目が驚愕に染まったのは、ほんの一瞬。

 次の瞬間、衝撃を受けた体は大きくしなり、後方へと弾き飛ばされたその体は遠くにある岩壁に激突して叩きつけられる。その衝撃に耐えきれずに岩壁の一部が崩れ落ちてリザードマンの頭をガツンと打つと、なんだかスカッとしたような気がして、私はその場でピョンピョンと飛び跳ねながら喜んだ。


「あはっ、大当たり!」


 そんな、ゲーム感覚のことを言いながら。

 砕けた石の欠片が辺りに散らばり、細かい砂煙がゆっくりと立ち昇る。その砂煙が消えたとき、リザードマンの腕が震えたように見えた。

 でも、反撃の気配はない。

 ……もう、死んだかな?恐る恐る近付くとギョロリとした目がこちらを見た気がするけれど、ゆっくりと白目を剥いて、地面にドロップ品が落ちた。


「おお……っ、このリザードマン金貨持ってるじゃん……!」


 それを拾う私の目も、キラリと光っている。


「世界を救ってくれっていう割に、私たちのこと勇者AからEって一括りにしてたしね」

「世界を救えばすぐに戻れると言ってましたが、今となればそれも怪しいですよね……」


 クラフターのミズキに続き、後方支援をしていた魔法使いの千早が言う。

 半年前。とつぜん異世界に召喚された私たちを待ち構えていたのは、だらしなくお腹を出した王様だった。突然呼び出された割に私たちに渡されたのは人数分の小汚い黄ばんだスキル書だけで、こんなのでどうしろっていうんだ!と大騒ぎしたけど、半年も経てば諦めもついてしまった。

 それを代弁するように魔法剣士の双子・朝陽と燈夜が声を揃えて「今更だ」と笑ったが、そんな適当な対応で世界を託された私たちって一体。

 もっと、お給料とか手厚い保証とかもらった方が良かったかな。せっせと金貨を拾っていると、千早が不安そうに零した。


「本当に帰れるんでしょうか……もし本当に戻れるのなら、これまで召喚された勇者はどこへ消えたのでしょう?」


 沈黙。

 妙な気まずさが走る。


「……そういえば、勇者の話は一度も聞いたことがないな」

「うわぁ……それめっちゃ考えたくなかったやつじゃん……」

「まぁまぁ、そんな後ろ暗いこと考えるよりも、今は前向きに頑張ろうよ。リザードマンのお肉って美味しいし、そんなに強くない割にドロップ品多くてコスパ良いし!」

「芽衣……お前のその異世界への適応力は一体なんなんだ……?」


 だって、お金なんかなくたってこの身一つで食材も、お金も、アイテムも揃うんだもん。この世界だったら、空腹を水で紛らわせるなんて事もない。何よりみんなが居てくれる。

 私は結構楽しいから、もうしばらくこのまま皆で旅をするの有りよりの有りなんだけどな。ご機嫌にせっせとドロップ品を拾う間、生き残りのリザードマンたちは同胞を討った私を見ていた。……まあ確かに同胞を討った挙句「そんなに強くない、でもドロップ品は多い」とノンデリカシーをかましてしまったあとだ。リザードマンたちが私ひとりを狙う気持ちは大いに理解できる。

 それでも構わずドロップ品を漁り続けているのは、みんながなんとかしてくれるという楽観的な考えだ。

 私の目が、リザードマンに向く事は無い。


「ギャオオオオオ!!!」

「あーらら、めめちばっかり狙っちゃって……でも、そうはさせないよ!――ウィンド・シューター!」

「はは、全く数が多いな!燈夜、左を頼む!」

「……ああ」


 そうそう、いくら自分を狙ったって、私はソロパーティではない。

 私を狙って地を駆けるリザードマンが、斧を振り上げる。しかしそれが振り落とされる事は無く、ミズキが引き絞り放った風の矢が腕を射抜いて、その後ろに続くリザードマンたちを双子の朝陽と燈夜がそれぞれの剣で薙ぎ払う。


 そこに危機感や切羽詰まった様子は見えない。それどころか余裕の色すらあった。

 しかし――、


「なんか、リザードマン多くない……?」


 もしかしたら、いや、もしかしなくともこの洞窟はリザードマンの住処だったのかもしれない。いくら倒してもリザードマンの行列が絶える事はなく、それに比例してドロップ漁りも終わらない。


「芽衣、頭を下げろ!――ライボルトバレット!」


 その時、突然朝陽の声がした。声がしたのはほんの一秒前なのに、予告から間もなく、真後ろで雷球が炸裂して、爆風が尻を押し上げる。

 爆風は私の身体を押し上げるどころか、ゴロゴロと吹き飛ばして「ギャン!」という間抜けな声と共に最前線からやってきた私の手を引いたミズキは、手にした変形武器を盾に変えて庇いながら笑った。


「おかえり、めめち。……でもそろそろ下がった方がいいかも」

「へぇん……ミズキありがと……」


 ああ、もう!折角拾ったのに、転がっているうちにいくつか落としてしまった!

 ひとまず重要そうなものは手の内にあるけれど、流石にもう片付けておきたい。近くにいた燈夜の首根っこを掴むと、顔を近付けて言った。


「マジックバック出して!」

「はぁ?今言うことかよ……ッ」


 脅し気味に押し込んで、回収したドロップ品をごそっとマジックバッグに突っ込む。異空間に収納できるなんて、何回見ても羨ましいスキルだ。ドロップ品をあらかた突っ込んだ私は、クルッと踵を返して千早の後ろへ滑り込んだ。


「千早!全部倒したら美味しい料理作るので、やっちゃって!」

「分かりました、みなさん私の後ろに!……この迷い彷徨う者たちに、聖なる裁きを――ジャッジメント!」


 詠唱最後の言葉が力強く響き、空気が震えた。

 次の瞬間には、眩い光が杖の先から弾けるように放たれる。温かさと威厳を纏うその光は、まるで聖なる存在が現れたかのように辺り一帯を照らし出す。頭上には、無数の光の粒が細長い剣の形を成していき、その神聖な光景に誰もが目を奪われる中、千早は杖を力強く振り下ろした。

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