表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

第9話:運命を変える決断

 エルネストが岩に打ちつけられる音が、俺の心に深く突き刺さった。


 親友が、俺を庇って倒れた。


 それは、前の時間軸でも見た光景だった。だが、あの時の俺は何もできずに見ているだけだった。エルネストが苦しむのを、ただ傍観することしかできなかった。


 今度は違う。


 今度こそ、俺が彼を救う。


「ロウ!」


 俺は大声で叫んだ。


「雄グリフォンの注意を引きつけ続けろ! 絶対に雌の方には来させるな!」


「分かった! だが、お前は何をするつもりだ?」


「時間を稼いでくれ! 俺に考えがある!」


 俺は、倒れているエルネストの元に駆け寄った。彼は意識を失っているが、まだ息はある。だが、魔力の逆流は止まっておらず、このまま放置すれば危険な状態だった。


 雌グリフォンが、俺たちに向かって歩み寄ってくる。その瞳には、子を守る母の激しい怒りが宿っていた。


 俺は必死に周囲を見回した。


 前の時間軸での記憶を辿る。この場所の地形、岩の配置、崖の構造…。


 そうだ。あの時、最後に崖が崩れたのは偶然ではなかった。エルネストの暴走した魔法が原因だったが、崩れた場所には法則性があった。


 この断崖は、元々地盤が不安定なのだ。


 俺は、胸ポケットから石を取り出した。エルネストと一緒に作った、あのお守りの石。今は微かに青白く輝いている。


 この石には、魔力を蓄積する効果がある。子供の頃、俺たちが偶然発見した、小さな魔力鉱石だったのだ。長年エルネストが持ち歩いているうちに、彼の魔力が少しずつ蓄積されていたのだろう。


 俺に魔法の才能はない。だが、この石に蓄積された魔力を使えば、簡単な魔法くらいは使えるはずだ。


 狙うのは、崖の脆弱な部分。あそこを少し崩せば…。


 俺は石を握りしめ、その蓄積された魔力を引き出した。そして、崖の中腹にある亀裂の入った岩に向けて、小さな魔法弾を放つ。


 岩に小さな穴が開く。それだけで十分だった。


 ミシミシと音を立てて、岩が崩れ始める。そして、それに釣られるように、上部の岩盤も不安定になっていく。


 だが、俺の狙いは崖全体を崩すことではない。


「おい、でかい鳥ども!」


 俺は大声で両方のグリフォンに呼びかけた。


「このままじゃ、お前たちの巣が崩れるぞ!」


 グリフォンたちが、崩れ始めた崖を見上げる。確かに、このままでは雛たちがいる巣の部分も危険だ。


 しかし、俺には計算がある。


 崩れるのは崖の一部だけ。それも、雛たちに危害が及ばない場所だ。だが、落下する岩石が作る坂道が、雛たちが安全に下に降りてくる道になる。


 まさに、俺が意図した通りに崩落が進んだ。


 雄グリフォンが雛たちの安全を確認するため、戦闘を中断して巣の方に向かう。雌グリフォンも同様だ。


 そして、彼らが理解する。


 崩れた岩の坂道が、雛たちを安全に下に運ぶ天然のスロープになっていることを。


「よう、これで雛たちも下に降りられるぞ」


 俺は、息を切らしながら言った。


「だが、ここはもう安全じゃない。崖が不安定になった。いつまた崩れるか分からない」


 グリフォンたちは、俺の言葉を理解したかのように、雛たちを促して岩の坂道を下らせ始めた。


 雛たちは、親鳥に導かれながら、慎重に坂を下りてくる。


 そして、俺は続けた。


「もうすぐ、人間の大軍がここにやってくる。騎士団っていう、お前たちを狩る専門の連中だ」


 俺は森の向こうを指差した。確かに、遠くから馬の蹄の音が聞こえ始めている。


「だが、北の渓谷なら安全だ。そこには人間は近づかない。獲物も豊富で、雛たちを育てるには最適の場所だ」


 前の時間軸で、逃亡中に偶然発見した隠れ谷の知識を、俺は彼らに伝える。


 雄グリフォンが、俺をじっと見つめた。その瞳には、もう敵意はない。代わりに、深い思索の色が宿っている。


 やがて、雄グリフォンが小さく鳴いた。それは、理解を示す声だった。


 雌グリフォンも、雛たちを守るように翼で包みながら、俺に向かって軽く頭を下げる。


「分かってくれたか」


 俺は安堵の息を吐いた。


 雄グリフォンが一羽の雛を背中に乗せ、雌グリフォンが残りの二羽を両の爪で抱え上げる。


 そして、一家は空に舞い上がった。


 夕陽を背に北の方角へと飛び去っていく彼らの姿は、まるで神話の一場面のように美しかった。


 雄グリフォンが最後に振り返り、俺に向かって一度だけ鳴いた。


 それは、確かに感謝の声だった。


「すげぇ…」


 ロウが呆然とした表情で呟く。


「お前、どうやって崖を崩すタイミングを…」


「勘だよ、勘」


 俺は苦笑いを浮かべながら答えた。


 実際は、前の時間軸での記憶があったからこそできたことだが、それは言えない。


 俺は、倒れているエルネストの元に駆け寄った。石の光は既に消えているが、彼の顔色は少し良くなっている。魔力の逆流も止まったようだ。


「エルネスト、大丈夫か?」


 しばらくして、エルネストがゆっくりと目を開けた。


「クレイド…? 俺は…」


「もう大丈夫だ。全て終わった」


 エルネストが身を起こし、空を見上げる。そこには、遠ざかっていくグリフォン一家の姿があった。


「彼らは…」


「家族で、新しい場所に引っ越していったんだ。もう二度と、村を襲うことはない」


 俺は優しく答えた。


 エルネストの瞳に、深い安堵の色が浮かぶ。


「よかった…本当に、よかった…」


 遠くから、騎士団の角笛の音が聞こえてきた。


「おっと、急いで戻らないとな」ロウが立ち上がる。


「そうだな。君たちには、立派な報告をしてもらわないと」


 俺はエルネストの肩を支えて立ち上がらせた。


「報告?」


「ああ。アードラー家の嫡男が、知恵と勇気で村の危機を救った。立派な功績として、学院に報告されるだろう」


 俺の言葉に、エルネストが困惑する。


「だが、俺は何も…」


「お前の『静穏の術』がなければ、この作戦は成功しなかった。それに、最後に俺を庇ってくれたのも、お前だ」


 俺は真剣な表情で続けた。


「これは、お前の功績だ。胸を張れ」


 三人は、夕陽の中を学院に向かって歩き始めた。


 俺たちは、誰一人欠けることなく、この危機を乗り越えた。


 そして、グリフォンの一家も、新しい生活を始めることができる。


 これが、俺が望んでいた結末だった。


 知恵と勇気によって解決された、真の勝利。


 俺は、胸ポケットにお守りの石を戻しながら、心の中で誓った。


 この成功を、エルネストの運命を変える第一歩にする。


 今度こそ、彼を『世界の敵』になどさせはしない。


 俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ