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第7話:最初の一手

 作戦開始まで、あと数分。


 俺は岩陰に身を潜めながら、断崖の上のグリフォンの動きを注意深く観察していた。親鳥は時折首を上げて周囲を警戒しているが、基本的には雛たちの世話に集中している。


 その雛たちは、大型犬ほどの大きさがあった。まだ飛ぶことはできないが、既に鋭い嘴と爪を持っている。


「エルネスト、『静穏の術』の準備はどうだ?」


 俺が小声で確認すると、エルネストが緊張した面持ちで頷く。


「魔法陣の構築は完了している。ただ…本当に雛に使って大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。『静穏の術』は神経を麻痺させるだけで、生命に危険はない。むしろ、雛にとっても安全な方法だ」


 俺がそう答えると、ロウが剣の手入れをしながら口を挟んだ。


「それより問題は、俺がどれだけうまく親グリフォンと戦えるかだな。相手は空を飛べるし、俺は地上戦しかできない」


「それについては心配いらない」俺は自信を込めて答える。「グリフォンは雛がいる間、基本的に巣から大きく離れることはない。お前が雛の近くにいる限り、親グリフォンは地上戦を強いられる」


 三人で最終確認を済ませると、俺は深く息を吸った。


「それでは、作戦開始だ」


-----


 第一段階:囮作戦。


 俺は事前に仕留めておいた野ウサギの死骸を持って、岩陰から飛び出した。そして、それを親グリフォンの視界に入る場所に投げ捨てる。


 新鮮な血の匂いが風に乗って運ばれた瞬間、親グリフォンの頭がすっと上がった。


 狩猟本能が刺激されたのだ。


 グリフォンは雛たちを振り返り、しばらく迷っているようだったが、やがて意を決したように獲物に向かって降りてきた。そして、野ウサギの死骸を嘴で掴むと、雛から十数メートル離れた岩場へと移動する。


 まさに俺が期待していた通りの行動だった。グリフォンは雛に血の匂いを嗅がせないよう、獲物を別の場所で処理しようとしている。


「今だ、エルネスト!」


 俺の合図で、エルネストが岩陰から姿を現した。


-----


 第二段階:雛の無力化。


 親グリフォンが獲物の処理に集中している隙に、エルネストが雛たちに向かって慎重に近づいていく。


 その手には、淡い青白い光を纏った魔法陣が浮かんでいた。アードラー家に代々伝わる『静穏の術』の準備が整っている。


 エルネストが集中して魔力を込める。魔法陣がより強く輝き、その光が雛たちを包んだ。


 三羽の雛は静かに眠りについた。まるで母親に子守唄を歌ってもらった子供のように、安らかな表情で。


 だが、その瞬間、エルネストの顔に疲労の色が浮かんだ。額に汗が滲み、少しよろめく。


「エルネスト、大丈夫か?」


 俺が心配そうに声をかけると、彼は無理に笑顔を作って答える。


「大丈夫だ。ただ、思ったより魔力を消耗した。『静穏の術』は繊細な制御が必要でな…」


 その時、親グリフォンが雛の異変に気づいた。獲物を放り出し、激しい鳴き声を上げながら雛の元に戻ろうとする。


「計画通りだ! ロウ、今だ!」


-----


 第三段階:直接戦闘。


 森の奥からロウが現れた。


「よう、でかい鳥。俺の相手もしてくれるか?」


 ロウが軽い調子で声をかけながら、剣を抜く。その刀身が夕陽の光を受けて、美しく輝いた。


 グリフォンがロウの方に向き直る。明らかに、俺よりもロウの方を脅威と認識したようだ。


「クレイド、雛のそばに行け。俺がこいつの注意を引きつける」


「分かった!」


 俺はロウの指示に従い、眠っている雛たちのそばに駆け寄った。そして、雛の一羽に手を置く。


 親グリフォンが、俺の行動を見て激昂した。しかし、攻撃をすれば雛に危害が及ぶ可能性があることを理解しているのか、躊躇している。


「今だ、ロウ!」


 俺の声を合図に、ロウが動いた。


 彼の剣技は、まさに芸術的だった。グリフォンの攻撃を巧みに回避しながら、その翼に浅い傷を負わせる。致命傷ではないが、確実にグリフォンの戦闘能力を削いでいく。


 グリフォンが痛みに鳴き声を上げる。だが、雛に危害が及ぶことを恐れて、本格的な反撃に出ることができない。


 作戦は順調に進んでいるように見えた。


 だが、その時だった。


 エルネストが突然膝をついた。


「うっ…」


 彼の顔は青白く、額の汗が止まらない。明らかに魔力の過度な消耗による症状だった。


「エルネスト!」


 俺が駆け寄ろうとした瞬間、雛の一羽が小さく鳴き声を上げた。


 魔法の効果が弱まり始めている。


「まずい…このままでは雛たちが目を覚ましてしまう…」


 エルネストが苦しげに呟く。


 そして、その時だった。


 遠くの空から、もう一つの鳴き声が響いてきた。


 それは、戦っているグリフォンとは明らかに違う、より低く、より威厳に満ちた声だった。


 俺たち三人は、その声の方向を見上げた。


 夕陽を背に、もう一匹の、そして明らかにより大きなグリフォンが、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。


 ロウが戦慄の表情で呟く。


「まさか…つがいだったのか…」


 俺の脳裏に、前の時間軸での記憶が蘇る。確かに、あの時も最後に現れた、もう一匹のグリフォンがいた。だが、あの時はもっと後になって…。


 いや、違う。あの時は、俺たちがもっと早く撤退したから、出会わなかっただけかもしれない。


 今回は、俺たちがこの場に留まっているため、つがいの相手が帰ってきてしまったのだ。


 状況は、一気に最悪の方向へと向かっていた。


 エルネストは魔力不足で動けない。雛たちは目を覚まし始めている。そして、新たな脅威が空から迫ってくる。


 だが、俺は歯を食いしばった。


 今度こそ、絶対に諦めない。


 必ず、この状況を打開してみせる。

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