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第6話:運命を変える一手

 俺は岩陰に身を潜めながら、断崖の上のグリフォンを見つめ続けた。


 前の時間軸での記憶を辿り、あの悲劇がどのように始まったのかを正確に思い出そうとする。そして、どうすればその運命を変えられるのかを。


「作戦は、三段階に分ける」


 俺は小声で、ロウとエルネストに向かって話し始めた。


「まず第一段階。雛を親から引き離す必要がある。これが最も重要で、最も危険な部分だ」


「雛を引き離す? どうやって?」


 エルネストが眉をひそめる。


「グリフォンは高い知能を持つ魔獣だ。特に、母性本能が強く働いている今の状態では、雛から一歩も離れようとしない。だが、一つだけ例外がある」


 俺は、魔獣学の授業で学んだ知識を思い出しながら説明する。


「獲物を捕らえた時だ。グリフォンは獲物を巣から離れた場所で処理する習性がある。これは、雛に血の匂いを嗅がせないためと、他の捕食者を引き寄せないためだ」


「つまり、おとりで親グリフォンを引き離すということか」


 ロウが理解を示す。


「その通りだ。そして、ここからが重要になる。第二段階では、エルネストが雛の無力化を行う」


「無力化?」俺の言葉に、エルネストが困惑する。


「殺すわけではない。一時的に眠らせるんだ。エルネスト、お前のアードラー家の魔法には、『静穏の術』があるだろう?」


 エルネストがはっとする。


「ああ、確かに。生物の神経を一時的に麻痺させる魔法だが…まさか、それを雛に?」


「そうだ。雛が眠っていれば、親グリフォンは狂乱状態に陥らない。むしろ、雛を守るために慎重になる。これで、戦闘時の最大のリスク要因を排除できる」


 ロウが感心したような表情を見せる。


「なるほど、それなら確かに…だが、問題はおとりの部分だな。誰がやる?」


「俺が行く」


 俺は即答した。


「待て、危険すぎる。お前では、グリフォンに追いつかれたら…」


「大丈夫だ。俺には、逃げ回る自信がある」


 俺は苦笑いを浮かべた。これまでの人生で、逃げることに関してはそれなりに経験を積んできたからな。


「それに、これは俺にしかできない役割だ。エルネストは雛の無力化に集中しなければならないし、ロウは第三段階で親グリフォンの相手をする必要がある」


「第三段階?」


「親グリフォンとの直接戦闘だ。ただし、これは通常の討伐戦とは違う。雛を人質…いや、交渉材料として使うんだ」


 エルネストが顔を歪める。


「それは…卑怯ではないか?」


「卑怯上等だ」俺ははっきりと答える。「俺たちの目的は、村の人々を守ることだ。騎士道精神を貫いて全滅するより、卑怯な手を使ってでも生き残る方がよっぽどましだ」


 そして、俺は真剣な表情で続けた。


「それに、これは殺し合いじゃない。親グリフォンに『この場所は危険だ』と学習させるのが目的だ。雛を盾に使えば、親グリフォンは攻撃に慎重になる。その隙に、我々が優位に立てる」


「具体的には?」


 ロウが詳細を求める。


「ロウ、お前の剣技で親グリフォンに軽傷を負わせる。致命傷である必要はない。むしろ、軽傷の方が良い。そして、俺が雛のそばの有利なポジションを確保する」


「それで?」


「グリフォンは知能が高い。自分が不利な状況にあることを理解すれば、撤退を選ぶ可能性が高い。特に、雛の安全が脅かされている状況では尚更だ」


 俺は指を立てて続ける。


「最終的に、俺たちはグリフォンに『この縄張りは危険だから、雛を連れて別の場所に移住した方が良い』と判断させるのが狙いだ」


 三人は、しばらく沈黙した。


 やがて、エルネストが口を開く。


「……それは、本当に可能なのか?」


「理論的には可能だ」俺は慎重に答える。「魔獣討伐の基本は、正面からの力押しだけじゃない。相手の心理や本能を利用することも重要な戦術の一つだ」


 俺は今まで学んできた知識を総動員して説明する。


「特に今回のように雛がいる状況では、親の保護本能を逆手に取ることで、むしろ有利に戦いを進められる可能性がある」


「しかし、計画通りに行かなかった場合は?」


 ロウが現実的な懸念を口にする。


「その時は…」俺は一瞬躊躇し、そして決意を込めて答えた。「俺が雛のそばに留まって親グリフォンの注意を引きつける。お前たちは、すぐに村に戻って騎士団を呼べ」


「それでは、お前が犠牲になる」


「犠牲になるつもりはない。雛を盾にしている限り、親グリフォンは迂闊に攻撃してこない。時間は稼げるはずだ」


 俺は、胸ポケットの石を密かに触りながら言った。


「この石に誓って、俺は必ず生きて帰る。そして、お前たちも無事に帰す」


 エルネストとロウが、俺を見つめている。


 やがて、エルネストが深く息を吸って口を開いた。


「……分かった。やってみよう」


 ロウも頷く。


「面白い作戦だ。やってみる価値はある」


 俺は安堵の息を吐いた。


「それでは、準備に入る。エルネスト、『静穏の術』の準備を。ロウ、おとり作戦のタイミングを合わせよう」


 三人は、それぞれの持ち場につく。


 俺は、前の時間軸では決して取れなかった行動を、今まさに起こそうとしている。


 あの時、俺は何もできずに見ているだけだった。親友が破滅への道を歩むのを、ただ傍観することしかできなかった。


 だが、今度は違う。


 俺が主導権を握る。俺が作戦を立て、俺がリスクを負い、俺が結果に責任を持つ。


 このグリフォン討伐が成功すれば、エルネストは「預言に逆らって無謀な行動を取った」とは糾弾されない。むしろ、「民衆を守るために英断を下した」と評価されるはずだ。


 そして、それが彼の運命を変える、第一歩になる。


 俺は、静かに拳を握りしめた。


 今度こそ、全てを変えてやる。


 夕陽が森の向こうに沈み始める中、俺たちの運命を変える戦いが、静かに始まろうとしていた。

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