第17話:友情という名の武器
翌朝、俺は早めに学院に来て、エルネストを待っていた。
昨夜、俺は一晩中考え続けた。どうすればエルネストを星詠み司庁から引き離せるか。どうすれば彼本来の心を取り戻させられるか。
そして、一つの結論に達した。
正面から対抗するしかない。
「おはよう、クレイド」
エルネストがいつものように教室に入ってくる。
「おはよう。今日も研修か?」
「ああ。午後から星詠み司庁に向かう」
エルネストが席に着く。
「エルネスト、一つ聞きたいことがある」
俺が真剣な顔で言うと、エルネストが振り返った。
「何だ?」
「お前にとって、一番大切なものは何だ?」
エルネストが少し考え込む。
「帝国の平和と繁栄だ」
即座に返ってきた答えに、俺は胸が痛んだ。以前なら、「友達」や「正義」と答えたはずだ。
「友達は?」
「もちろん大切だ。だが、個人的な感情よりも、より大きな責任がある」
「グリフォン事件の時、お前が一番最初に考えたことは何だった?」
俺の質問に、エルネストが困惑する。
「それは…村人たちの安全を…」
「そうだ。お前は『帝国のため』なんて考えていなかった。目の前で困っている人たちを助けたいと思ったんだ」
エルネストの表情が揺らぐ。
「それが、お前の本当の心だったんじゃないか?」
「だが、それは結果的に帝国の利益になったから…」
「結果論じゃない」俺は強く言った。「お前の心が、そう動いたんだ。それこそが、お前の一番大切な部分だろう?」
エルネストが黙り込む。
その時、教室にロウが入ってきた。
「おはよう、お前ら。随分と早いな」
「おはよう、ロウ」俺が答える。
「ロウ」エルネストが口を開いた。「お前にとって、一番大切なものは何だ?」
突然の質問に、ロウが眉をひそめる。
「何だ、急に?」
「答えてくれ」
ロウがしばらく考えてから答えた。
「自分の信念かな。他人に流されることなく、自分が正しいと思うことを貫くこと」
「個人的な感情より、全体の利益を優先すべきだとは思わないか?」
「は?」ロウが困惑する。「全体の利益って何だ?」
「帝国の平和と繁栄だ」
「帝国の平和?」ロウが首を振る。「俺には関係ない。俺は俺の信念に従って生きる。他人がどう思おうと知ったことか」
エルネストの表情が複雑になる。
「それは…自分勝手すぎないか?」
「自分勝手で何が悪い」ロウがきっぱりと答える。「俺は誰にも迷惑をかけていない。自分の力で生きている」
俺は内心でロウに感謝した。彼の個人主義的な考え方が、今のエルネストには必要だった。
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昼休み、俺は図書館である本を探していた。
子供の頃、エルネストと一緒に読んだ冒険小説。主人公が仲間との友情を大切にしながら、困難を乗り越えていく物語。
あの頃のエルネストは、その主人公に憧れていた。
本を見つけて、俺は中庭に向かった。
エルネストが一人でベンチに座り、何かを考え込んでいる。
「これ、覚えているか?」
俺が本を差し出すと、エルネストが顔を上げた。
「『星降る夜の冒険者』…懐かしいな」
「子供の頃、お前が一番好きだった本だ」
俺がエルネストの隣に座る。
「主人公のアランが、仲間との友情を大切にしながら、悪の魔導師を倒す話だったな」
「ああ…」エルネストの表情が懐かしそうになる。
「お前は、アランが仲間を見捨てて一人で戦った方が効率的だと思うか?」
「それは…」エルネストが言いよどむ。
「アランが強くて正義感があったのは確かだ。でも、それだけじゃなかった。仲間を思う気持ち、一人一人を大切にする心があったからこそ、最後に勝てたんだ」
俺は本のページをめくる。
「ほら、この場面。アランが仲間の一人を助けるために、自分の命を危険にさらした場面」
エルネストが本を見つめる。
「あの時、お前は『アランみたいになりたい』と言っていた。一人一人を大切にする、優しい英雄になりたいって」
「それは…子供の頃の話だ」
「子供の頃の気持ちが嘘だったのか?」
俺はエルネストの目を見つめた。
「お前の心の奥には、まだあの時の気持ちが残っているはずだ。セレスティア様を思う気持ち、俺やロウとの友情、困っている人を助けたいという気持ち」
エルネストの瞳が揺れる。
「それらは、決して『個人的な感情』なんかじゃない。お前を『お前』にしている、一番大切なものだ」
「だが…アステリア様は…」
「アステリア様が何と言おうと、お前の心は変わらないはずだ」
俺は立ち上がった。
「俺は、子供の頃からお前を知っている。どんなに周りが変わろうと、お前の本当の心を信じている」
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夕方、エルネストが星詠み司庁から戻ってきた。
だが、いつもと様子が違う。表情が暗く、どこか混乱しているように見える。
「エルネスト、どうした?」
俺が声をかけると、彼は困ったような表情を見せた。
「クレイド…今日、アステリア様に君のことを話した」
俺の心臓が跳ね上がった。
「俺のこと?」
「君が、俺に変なことを吹き込んでいると」
エルネストが苦しそうに言う。
「そうしたら、アステリア様が言われたんだ。『友人の言葉に惑わされてはいけない。個人的な感情は、時として正しい判断を曇らせる』と」
「それで?」
「でも…」エルネストが俺を見つめる。「君の言葉を聞いていると、胸が苦しくなるんだ。まるで、大切な何かを忘れてしまったような…」
俺は希望を感じた。エルネストの本当の心が、まだ完全には失われていない。
「エルネスト、お前の胸の苦しさは、お前の心が本当のことを思い出そうとしているからだ」
「本当のこと?」
「お前が本当に大切にしたいもの、守りたいものを」
俺はエルネストの肩に手を置いた。
「俺は、お前の親友だ。何があっても、お前の味方でいる。だから、お前も自分の心に正直になってくれ」
エルネストが黙り込む。
長い沈黙の後、彼が小さくつぶやいた。
「俺は…何が正しいのか、分からなくなった」
その言葉に、俺は微かな希望の光を見た。
迷いが生じているということは、アステリアの洗脳に完全に屈服していないということだ。
まだ、戦える。
俺は、絶対にエルネストを諦めない。