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第13話:虚飾の微笑み

 学院長室の重厚な扉をくぐった瞬間、俺は緊張で身体が硬くなるのを感じた。


 室内には、グラント学院長とアステリア・ヴォン・エクリプスが向かい合って座っていた。アステリアは相変わらず上品な微笑みを浮かべているが、その紫の瞳には計算高い光が宿っている。


「失礼いたします」


 エルネストが深くお辞儀をする。俺とロウもそれに続いた。


「ああ、来てくれたね」


 グラント学院長が穏やかに俺たちを迎える。だが、その表情にはいつもの温和さとは異なる、微かな困惑が浮かんでいた。


「アステリア様から、君たちにお話があるそうだ」


「はじめまして、アードラー様」


 アステリアが立ち上がり、優雅にお辞儀をする。


「昨日はお会いできず、残念でした。改めて、この度のグリフォン事件の解決、心よりお祝い申し上げます」


「ありがとうございます」


 エルネストが緊張した面持ちで答える。


「実は今日お呼びしたのは」アステリアが再び座り、手を膝の上で組む。「あの事件について、もう少し詳しくお聞かせいただきたいと思いまして」


 俺の警戒心が最大に高まった。来たぞ。


「どのような点について、でしょうか?」


 エルネストが慎重に尋ねる。


「そうですね…まず、あの解決方法を思いついたのは、どなたでしたか?」


 アステリアの視線が、俺たち三人を順番に見回す。


「それは…」エルネストが言いよどむ。


「俺たち三人で相談して決めました」


 俺が割って入った。


「三人で、ですか」アステリアが興味深そうに眉を上げる。「具体的には、どのような相談を?」


「状況を分析し、最も被害が少ない方法を検討しました」


 俺は簡潔に答える。あまり詳細を話すのは危険だ。


「なるほど。では、グリフォンを説得するという発想は?」


「説得ではありません」俺は首を振る。「状況を理解してもらっただけです」


「状況を理解してもらう…」アステリアが呟く。「魔獣が人間の言葉を理解したということでしょうか?」


「グリフォンは知能の高い魔獣です。身振りや状況で、意図は伝わったと思います」


 俺の答えに、アステリアは満足そうに頷いた。だが、その瞳の奥には別の感情が宿っている。


「ところで」アステリアが話題を変える。「『星詠みの書』の预言についてですが」


 室内の空気が一瞬で重くなった。


「今回の件、『災厄の火種』の預言では『放置すれば、炎は野を焼く』とありました」


「はい」エルネストが小さく答える。


「しかし、実際には『炎が野を焼く』ことはありませんでした。これについて、どのようにお考えですか?」


 エルネストの顔が青ざめる。これこそが、アステリアの狙いだった。


「それは…」エルネストが言葉に詰まる。


「災厄を未然に防いだからです」


 俺が再び割って入った。


「未然に防いだ?」アステリアが首を傾げる。「しかし、預言とは未来の必然を示すものです。それが覆されるということは…」


「預言は警告だったのではないでしょうか」


 俺は冷静に答えた。


「『放置すれば』という条件がついている以上、放置しなければ結果は変わる。それが預言の本来の意味だと思います」


 アステリアの表情が、わずかに険しくなった。


「なるほど…興味深い解釈ですね」


 彼女が立ち上がり、窓の方に歩いていく。


「ただ、星詠み司としては、少し気になることがあります」


「気になること…ですか?」


 グラント学院長が困惑したように尋ねる。


「はい。今回の解決方法があまりにも…どう表現すべきでしょうか…『完璧』だったのです」


 アステリアが振り返る。


「まるで、事前に全てを知っていたかのような、的確な判断でした」


 俺の心臓が激しく鼓動する。まさか、時間逆行に気づいているのか?


「それは、偶然の要素も大きかったと思います」


 エルネストが謙遜するように答える。


「偶然…そうかもしれませんね」アステリアが再び微笑む。「ただ、星詠み司としては、このような『偶然』が今後も起こりうるのか、興味があります」


 彼女が再び俺たちの前に戻ってくる。


「そこで、一つお願いがあります」


「お願い…ですか?」


「はい。アードラー様には、しばらくの間、星詠み司庁での研修を受けていただきたいのです」


 俺の血が凍りついた。これだ。これが彼女の真の狙いだ。


「研修…ですと?」


 グラント学院長が驚きの声を上げる。


「はい。アードラー様の判断力と洞察力は、星詠み司としても大変興味深いものです。ぜひ、我々の元で学んでいただきたい」


「しかし」エルネストが困惑する。「俺はまだ学生の身で…」


「もちろん、学業との両立は可能です。週に数日、星詠み司庁にお越しいただければ」


 アステリアの提案は、表面上は名誉なことのように聞こえる。だが、俺には分かる。これは監視だ。エルネストを自分の支配下に置くための罠だ。


「ちょっと待ってください」


 俺が口を開いた。


「エルネストはグリフォン事件で魔力を大きく消耗しました。医師からも、しばらくは安静にするよう言われています」


「あら、そうでしたね」アステリアが同情的な表情を作る。「それでは、体調が回復されてからで結構です」


「しかし」俺が続ける。「エルネストの判断が優れていたのは確かですが、それは彼一人の功績ではありません。俺たちも一緒だった」


「もちろんです」アステリアが頷く。「皆様の協力があってこその成果でしょう」


「それなら、なぜエルネストだけが研修を?」


 俺の質問に、アステリアの瞳が一瞬鋭くなった。


「アードラー家は、代々聖騎士団との関わりが深く、また魔力も優秀です。星詠み司としても、そのような方との交流は意義深いものとなります」


 表面上は理にかなった理由だった。だが、俺には彼女の真意が見える。


「分かりました」


 突然、エルネストが口を開いた。


「俺で良ければ、喜んで研修を受けさせていただきます」


「エルネスト…」俺が彼を制止しようとする。


「いえ、これは良い機会です」エルネストが俺を見つめる。「星詠み司の方々から学べることは多いでしょう」


 俺は歯噛みした。エルネストの真面目な性格が、完全に裏目に出ている。


「それでは、決まりですね」


 アステリアが満足そうに微笑む。


「体調が回復され次第、ご連絡ください。楽しみにお待ちしております」


 彼女が立ち上がり、俺たちに向かって優雅にお辞儀をする。


「それでは、失礼いたします」


 アステリアが去った後、学院長室には重い沈黙が漂った。


「エルネスト」俺が彼の肩に手を置く。「本当に大丈夫なのか?」


「ああ。きっと、良い経験になる」


 エルネストが微笑むが、その表情にはかすかな不安が浮かんでいた。


 俺は拳を握りしめた。


 アステリアの罠が、ついに動き出した。


 だが、俺も黙って見ているつもりはない。


 必ず、この策謀を打ち破ってみせる。


 親友を守るために、俺は全力で戦う。

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