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第10話:帰還と新たな始まり

 王立魔導学院の正門が見えてきた時、俺は深い安堵の息を吐いた。


 エルネストは俺の肩に手を置きながら、まだ少しふらつきながらも自分の足で歩いている。魔力の逆流は完全に止まったが、消耗の影響で体力が戻るまでにはもう少し時間がかかりそうだった。


 ロウは、いつものように飄々とした表情を浮かべているが、時折エルネストの様子を気にかけるように振り返る。あの戦いを通して、三人の間に確かな絆が生まれていた。


「それにしても」ロウが呟く。「まさか本当にグリフォンを説得できるとはな」


「説得じゃない」俺は首を振る。「ただ、状況を理解してもらっただけだ。あいつらも、家族を守りたかっただけなんだから」


 エルネストが小さく微笑む。


「君らしい考え方だな、クレイド」


 俺たちが学院の中庭に足を踏み入れると、既に騎士団の一部が到着していた。銀の鎧に身を包んだ騎士たちが、馬から降りて装備を整えている。


「おや、君たちは…」


 騎士団の隊長らしき男性が、俺たちに気づいて近づいてきた。胸の紋章から、王立騎士団第三部隊の隊長ガーランド卿だと分かる。


「アードラー家のご子息ではありませんか。こんな時間に、しかもお怪我をされているようですが…」


 ガーランド卿が、エルネストの疲弊した様子を見て眉をひそめる。


「実は」エルネストが口を開こうとしたが、俺は軽く彼の腕を押さえた。


「俺から説明させてください」


 俺は一歩前に出て、ガーランド卿に向かって丁寧にお辞儀をした。


「この度のグリフォンの件ですが、既に解決いたしました」


「解決…ですと?」


 ガーランド卿だけでなく、周囲にいた騎士たちも驚きの表情を見せる。


「はい。エルネスト様の英断により、グリフォンの一家は人里離れた安全な場所への移住に合意し、平和的に問題は解決されました」


 俺は簡潔に、しかし要点を押さえて状況を説明した。


「ほう…それは見事な」


 ガーランド卿が感心したように頷く。


「しかし、エルネスト様、お一人でそのような危険な任務を…」


「いえ」エルネストがようやく口を開く。「俺一人では何もできませんでした。クレイドとロウがいてくれたからこそです」


 俺は内心で苦笑いを浮かべる。相変わらず謙虚すぎる奴だ。


「そうですか。では、詳しい報告は後ほど学院長に提出していただくとして…」


 ガーランド卿が俺たちを見回す。


「君たちの功績は、必ず王都にも報告させていただきます。特に、アードラー家のご子息の判断力と行動力は、将来の聖騎士団長に相応しいものでした」


 エルネストの顔が少し赤くなる。褒められることに慣れていない彼らしい反応だった。


「それでは、我々は現状確認を行って引き上げることにいたします。お疲れ様でした」


 騎士団が去っていく中、俺たちは学院の中に入った。


-----


 医務室でエルネストの診察を受けた後、俺たちは学院長室に向かった。


 重厚な扉の向こうで、学院長のグラント老師が俺たちを待っていた。白いひげを蓄えた老人だが、その瞳には鋭い知性の光が宿っている。


「よく戻った、諸君」


 グラント老師が穏やかな声で俺たちを迎える。


「既にガーランド卿からの報告は受けている。見事な解決だったようだな」


「ありがとうございます」エルネストが深くお辞儀をする。


「特に、アードラー君」老師がエルネストを見つめる。「君の今回の行動は、真の貴族としての責務を果たしたものだった。民を守るために、危険を顧みず行動する勇気。そして、無駄な血を流すことなく問題を解決する知恵。どちらも、将来の指導者にとって不可欠な資質だ」


 エルネストの表情が、誇らしげに輝く。


「ただし」老師が続ける。「今回の件で、君は大きな魔力を消耗した。しばらくは無理をせず、体調の回復に努めることだ」


「はい」


「そして、クローヴィス君とアシュフィールド君」


 老師が俺とロウに視線を向ける。


「君たちの友情と協力があったからこそ、この成功があった。真の友とは、困難な時にこそその価値が分かるものだ。君たちは、その証明をしてくれた」


 俺は胸が熱くなるのを感じた。前の時間軸では、俺は何もできない無力な傍観者だった。だが今回は、確実に役に立つことができた。


「さて」老師が立ち上がる。「今回の件は、『星詠みの書』の預言通りに『災厄の火種』が解決されたことになる。しかも、血を流すことなく、知恵によって」


 俺の心臓が跳ねる。そうだ、これこそが重要なポイントだった。


 預言は『放置すれば、炎は野を焼く』と言っていた。だが、俺たちの行動により、その災厄は未然に防がれた。


 つまり、エルネストは預言に逆らったのではなく、預言が示した災厄を防いだのだ。


「この功績は、君たちの学院での成績にも反映される。特に、実践魔法学と危機管理学においては、最高評価を与えよう」


 俺は心の中で小さくガッツポーズをした。これで、エルネストが「預言に逆らった」と糾弾される理由は完全になくなった。


-----


 学院長室を出た後、俺たちは中庭のベンチに座って夕陽を眺めていた。


「それにしても」ロウが呟く。「お前の戦術眼には驚いたよ、クレイド。まるで事前に全てを知っていたかのような的確な判断だった」


 俺はドキリとしたが、平静を装って答える。


「勘が良かっただけだよ。それに、お前たちが俺の言うことを信じてくれたからだ」


「君がいなければ、俺たちは確実に失敗していた」


 エルネストが真剣な表情で言う。


「俺は、君に借りができた。この恩は、必ず返す」


「恩なんてないさ」俺は首を振る。「俺たちは友達だろ?」


 エルネストが微笑み、ロウも珍しく素直な表情を見せる。


 その時、中庭の向こうからセレスティアが歩いてくるのが見えた。夕陽を受けて、金色の髪が美しく輝いている。


「あら、皆さんお疲れ様でした」


 セレスティアが上品に微笑みかける。


「グリフォンの件、見事に解決されたと伺いました。さすがはエルネスト様ですわ」


 エルネストの顔が真っ赤になる。


「い、いえ、俺一人では…」


「謙遜されることはありませんわ。きっと、とても素晴らしい魔法を使われたのでしょうね」


 俺は内心でニヤリと笑う。この調子なら、エルネストとセレスティアの関係も順調に進展しそうだ。


「あの、セレスティア様」


 エルネストが意を決したように立ち上がる。


「もしよろしければ、今度お時間がある時に、街の『銀の鈴』でお茶でもいかがでしょうか」


 セレスティアの瞳が、嬉しそうに輝く。


「喜んで。お待ちしておりますわ」


 俺とロウは顔を見合わせて、小さく頷いた。


 夕陽が森の向こうに沈んでいく。平和な学院の一日が終わろうとしていた。


 俺は胸ポケットの石を軽く触りながら、心の中で決意を新たにした。


 グリフォンの件は成功した。だが、これはまだ序章に過ぎない。


 エルネストを「世界の敵」にさせないために、俺はまだまだ多くのことをしなければならない。


 『星詠みの書』の深層預言。王家や教団の陰謀。そして、エルネストを破滅に導こうとする数々の罠。


 それら全てに立ち向かう覚悟を、俺は静かに固めていた。


 今度こそ、最高の未来を掴んでみせる。


 友と共に、最後まで戦い抜いてやる。

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