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過去編 なぎさver

 あれは、ぼくが小学三年の時。お母さんが、病気で亡くなった。

 ぼくはお父さんと、二人で暮らすことになった。お父さんは、お母さんが亡くなっても、ぼくが自立できるまでなんとか養おうと、涙をこらえて笑顔で過ごしていた。

 ——それなのに。

 それなのに、ぼくは。

 あのとき、ほくは頭の中がぐちゃぐちゃで。

 お父さんの気持ちをわかってあげられなくて。

 あのとき、一番辛かったのは、お父さんだったはずなのに。

 ぼくは、お父さんに冷たい態度を取ってしまっていた。

 お父さんの、本当の気持ちを知ろうともせずに。


 ——なんで、そんなに笑ってるわけ? お母さんのこと、もうなんとも思ってないの……!? はやく、あんたなんか、いなくなっちゃえばいいのに……っ!

 ——……っ


 あのとき、お父さんは苦しそうに顔を歪ませていた。

 本当は、無理してたんだ。

 ずっと泣きたかっただろうに。ぼくばっかり、泣いて、泣いて。——あのとき、涙を拭ってくれたのは、誰なの、白鳥なぎさ。

それは、紛れもなく、貴方のお父さん、でしょう? なのに、貴方は、何もしてあげないの?

 そう。ぼくは、お父さんに何もしてあげられなかった。

 ……あんな、あんなにも……、尽くしてもらっていたのに……! ぼくは、父への反抗が続き、エスカレートし、最終的に不良になっていた。夜は、家に帰らなかった。同じ不良グループの子たちと、夜道を歩いて、楽しかった。……楽しい、と思ってしまっていた。お父さんが、苦しんでいることも知らずに。ぼくが中学一年の6月下旬、暑くなってきた頃の深夜に、ぼくが帰ってくると——お父さんが、倒れていた。


 ——っ! お、おとう、さん……? お父さんっ、おとうさん……っ、おとう、さんっ……!


 ぼくは必死でお父さんに声を掛けた。ぼくのせいだ。ぼくがいれば。ぼくが、お父さんの、そばにいれば……っ!


 ——な、ぎさ……


 不意に、お父さんの声がした。


 ——お、お父さんっ! あっ、は、はやく、救急車呼ばなきゃ!

 ——もう、呼んでるよ


 このとき、救急車を呼んでいれば。お父さんは助かったのかもしれない。お父さんは、人のこととなると、自分事のように焦るのに、自分のことだと他人事になる。……ぼくに、そうしてくれたように。

 お父さんは、このときすでに、生きることを諦めていた。


 ——もし、僕が死んだらさ。遺書が、僕の部屋の、机の上にあるから……

 ——し、死ぬ、なんて、やだよ……っ

 ——なぎさ。僕はもっと、なぎさと話がしたいなあ

 ——え? う、うん……。うん……!


 ぼくは、お父さんの様子に少しの違和感を覚えながらも、ぼくらは、なんの変哲もない、日常的な会話をした。

 今日は何がある、とか、昨日は何した、とか。そういえば、こんなことあったよね、とか。

 そんな、普通の——いつでもできたであろう会話。

 なのに。

 とても、この時間が楽しくて。

 ああ、こんなふうに生きていればな。こんなふうに、お父さんと話ができていればな。

 ——お父さんは、今も笑顔で、ここにいたかもしれないのに。

 全部、全部、ぼくのせいだ。ぼくが、お父さんのために、出来ることをしなかったからだ……っ。出来ることは、たくさん、たくさんあったはずなのに。ぼくだって、そんなこと、分かってたはずなのに。それをしなかったのはどうして? なんで? そんなの、今、後悔しても、もう遅い。もう、過ぎたことだ。三年も前のこと。なんで。どうして。あの時、どうしてぼくは——。

 ああ、まただ。思い返す度に繰り返す自問自答。答えなんて分かっているはずなのに。それを実行しなかったのが紛れもないぼくなのに。

 どれだけ待っても、いつまで経っても、救急車なんて来ない。なぜなら、お父さんが救急車を呼んでいないから。理由はそれだけ。

 だんだんと顔色が悪くなっているお父さんに問う。


 ——なんで……? なんで、救急車呼んでないの……っ!?

 ——こうでもしないとなぎさ、僕と話してくれないからさ


 お父さんは少し間を置いて、遠くを向いた。


 ——それに、もう、僕がいなくても、なぎさは生きていけるだろう?


 ははは、と力なく、自嘲的に笑うお父さん。そんなことない。そんなこと、あるわけがない!


 ——……っ、そんな、こと、な……


 否定しようとした。

 した、けど。

 でも、心当たりが、ありすぎて。自分が、どれだけ親不孝ものだったのか、思い知ってしまって。一番、そう言ってきたのは、ぼくで。言葉が喉で詰まる。上手く、出てこなくなる。

 お父さんは過労していた。……いや、過労させてしまっていた。他ならない、この、ぼくが。その事実を認識すると、視界が滲んで、生温かいものが、頬を伝う。

 あ、あれ? ぼく、泣いてる……? だ、駄目だ。泣くなんて、駄目だ。ぼくに、こんなぼくなんかに、泣く資格なんて、ない……。


 ——なぎさ


 お父さんがぼくの名前を呼んだ。そして、お父さんはふっ、と優しく微笑むと、


 ——泣きなさい

 ——ぇ……?


 なに、言ってるの? 泣いちゃ、駄目なのに。そんなこと、そんなこと、言われたら——泣いちゃう、よ……っ!


 ——ぅ、うぅ、うわぁぁあん……! いやだ、よぉ……! お父さん、おとうさん……、おとうさぁん……


 今まで迷惑かけてごめんなさい。何もしてあげられなくてごめんなさい。今まで、こんなぼくを支えてくれてありがとう。今日から、いい子になるから。お父さん、もう安心していいから。だから、だから——もっと、一緒にいてよ……っ!


 ——ううっ、ひぐっ、うぅ……


 泣いて、泣いて、泣き止んで。目を開くと。そこには、笑顔のままのお父さんの——亡き骸があった。


 ——あぁ……


 さっきとは違う感情から、涙が溢れてくる。

さっきの涙は、後悔と悲しみから出る、冷たい涙。

 そして、今溢れてくる涙は……優しさに、包まれたかのような。

 苦しみから、解放されたかのような。そんな……温かい涙だ。


 ——……ありがとう……


 不意に、自然と、口からこぼれ落ちた言葉は……ずっと、お父さんに言いたかった言葉だった。

 それは。

 もう、届きはしないけれど。

 面と向かって言うことは、もう出来ないけれど。

 なんとなく、お父さんには、伝わったような気がした。

 何より、そう、思いたい。


    ◆


 ——ねぇ、お父さん。聴こえていますか? 今まで本当にごめんなさい。迷惑ばかりかけて、ごめんなさい。それなのに我儘ばかり言って、ごめんなさい。それでも、突き放さずにいてくれたこと、ずっと……感謝しています。本当に、ありがとう。……もう、今後悔しても遅いけど、それでも。これから、真面目に生きていきます。だから、どうか。どうか、ずっと、見守っていてください——


 この決意を胸にして、今まで生きてきたんだ。

 そして。

 これからも、揺らぐことなく生きていく。

 揺らがせることなく、生きていく。

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