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求婚


「……仰っている意味が分かりかねますわ」


ルーナは停止する思考を叱咤し、悠然と笑みを浮かべた。フルメン帝国は現在王位争いで王都を中心として荒れていると聞く。


恐らく第三王子は王位争いから逃れるためにこの国へ留学をしているのだろうが、なぜいま正体を現すようなことをしているのだろうか。


「救う……とは? 私は見ての通り、優しい家族と素敵な学友に囲まれて幸せですわ」

「そうでしょうか。いるはずです。あなたを悩ませる存在が、あなたのすぐ近くに」


(成る程、口が上手いわね)


漠然とした言い方だが、人間こう言われてしまうと、自分のことに勝手に当てはめてしまうものだ。そしてこうかもしれない、とその言葉の意味を自分に都合よく塗り替える。


その上、自分自身で辿り着いた結論は、他人から与えられたそれよりも強く心に根付くもの。人というものはそれだけ、単純かつ自分本意なものなのである。


(紛いなりにも為政者、ということかしら)


さぁ面倒なことになった。立ち振舞いや言い回しからして、彼はコーディとは違う優秀な部類の人間だ。他国の為政者に自国の暗部を探られてはたまらない。


「さて、分かりかねますわね。仮にそんな方がいらっしゃったとしても、それは私の……ひいてはこの国の問題ですの。よって手出しは無用ですわ」

「姫は何時もそうやって抱え込んでしまわれる。私にお任せください。必ずや姫をお助けいたします」

「それが余計なお世話だと言うんですの」


もしかして、この人物はなかなか話を聞かない人物かもしれない。いや、この押しの強さも交渉事には必要不可欠な能力ではあるのだが。


「私には婚約者がおります。この薔薇を受け取ることは出来ませんわ」

「存じております。ですがそれもじきになくなる」

「……仰っている意味が、わかりませんわ」


ルーナはぱちんと扇子を鳴らした。ラファエルは穏やかに微笑みながら小首を傾げる。さらりと白銀の髪が揺れ、翡翠の瞳がこちらを探るように細められる。


(やりにくいわね……)


ルーナは息苦しさを覚えて目を眇めた。緊張で呼吸が浅くなる。相手が何を考えているのか読めない。緊張を悟られないように、ルーナは扇子で口元を隠した。


「そもそも、なぜ私なのです」

「以前、街で領民たちと交流するあなたを見ました。あなたは子供たちに手づから魔法を教えていて……ある時は病や傷で苦しむ者達に治療を。学園ではいつも凛として凛々しく、皆を導いていました。──その姿に恋に落ちてしまった、では不満ですか?」

「……左様でございますか」


令嬢たちが好む恋愛小説に、似たような展開があった気がする。あれだ。虐められている可哀想な令嬢が、隣国の王に見初められて成り上がる物語。


(自分がいざその状況になるとあれね。ちょっと腹が立つわね)


こちとら婚約者に愛されてなかろうが、めそめそ泣き寝入りするほどか弱い乙女ではない。領民にも慕われ、学友たちとも仲が良い。


筆頭貴族と謳われるグラシエス公爵家の力も強大で、多少の圧力には簡単に屈しない。また、古参貴族たちを中心とした貴族たちとは連携もしっかりしており、王家であっても軽んじることは出来ないだろう。


そもそも、今欲しいのは王位簒奪のために必要な材料であり、旦那候補ではないのである。


「これほど国母に相応しい方もいないだろうと思ったのも、あなたを欲する理由の一つではありますが……あなたを愛したことに嘘偽りも、後悔もないですよ」

「……先ほども申し上げましたが、私には婚約者がおりますの。ですから」

「──ルーナ嬢。これは一体どういう状況なんだ?」


あきれたような声がかけられる。見れば、教室の入り口に手をかけたアルバートが、どこか呆れたように笑って立っていた。


「アルバート殿下」


見事なカーテシーで出迎えながらも、ルーナは内心ホッとするのを感じていた。話ができない相手を一人で何とかするより、味方が増えたほうが絶対にいい。


「この方は我が兄の婚約者だ。誰か別の令嬢とお間違えじゃないか?」

「いえ、グラシエス公爵令嬢その人こそが、私の最愛の人ですよ。ですが、そうですね……また日を改めてあなたに愛を伝えることにしましょうか」


ラファエルはそう言って頭を下げると、悠然と二人の前から去っていく。アルバートは頭を掻きながら、周囲を見渡した。教室内には幾人かの生徒が残っており、皆何も言えずに硬直している。


「あー、なんだ。他言無用で頼む」

「念の為誓約魔法をかけましょう」


ルーナの言葉にこくこくと頷く学生たち。心底面倒な状態に巻き込まれたくないというのが見て取れる。アルバートは、ついと手を伸ばして魔法をかけるルーナを眺めながら、あのなと口を開いた。


「今度は何に巻き込まれたんだ?」

「こっちが聞きたいですわ。お話と言っても求婚以外に特筆すべき点はありませんの。内容が薄いどころか

特に無いんだから困ったものですよね」

「……容赦ないな」


魔法をかけ終わり、ルーナは疲れたように扇子で口元を隠して息をついた。アルバートに視線を投げ、小声で殿下、と呼びかける。


「彼の正体は、フルメン帝国第三王子のラファエル王子だそうです。第三王子が何故私に接触を試みたのかは分かりませんが……」

「なんだと?……ふむ。婚約者がいるにも関わらず、強引な求婚をしてきたのも気になるな。俺の方でも調べてみよう」

「お願いいたしますわ」


少しフルメン帝国についても調べてみる必要があるかもしれない。近くお茶会でも開いて、また情報を集める必要があるか。


「なんだか嫌な予感がいたしますわ……」

「君ほどの魔術師が言うなら信憑性は確かだな」

「当たって欲しくない勘ほど当たるのですよね」


ルーナは疲れたように息をつく。



その日、コーディ王子毒殺未遂の報告を受けたルーナは、己の勘が正しかったことを知って頭を抱えたのだった。






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