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表面上の平穏


顔を上げれば、コーディが腕を組んで仁王立ちしていた。空色の瞳を怒りにつり上げ、ルーナを睨みつけている。完璧なカーテシーでコーディを迎えたルーナは、烟るような睫毛を伏せた。


「ルーナ。こんなところで何をしている」

「気分転換にお茶をしておりましたところ、アルバート殿下がいらっしゃいましたので、国政について少々議論を」

「口答えはいい。マリーナが泣いていた。お前が何かしたんじゃないか」


ルーナはついと顔を上げた。その顔にはどこか冷たさがあり、コーディは僅かにたじろぐ。淡々と言葉を紡ぐルーナは、まっすぐにコーディを見据えた。


「マリーナ、とはガルシア男爵令嬢のことでしょうか」

「っ、そうだ」

「驚きました。お名前で呼ばれるほど親密な間柄なのでしょうか」

「お前には関係ない。不敬だぞ」

「申し訳ございません」

「兄上。ご自分の婚約者に随分と厳しすぎるのでは?」


アルバートは飄々と笑って手を挙げた。コーディは忌々しげにアルバートを一瞥すると、貴様には関係ないと吐き捨てる。


「公衆の面前で泣くほど強く叱責するとは、やはりお前は恐ろしい女だな」

「マリーナ嬢にマナーをお教えしたのですが、何か行き違いがあったようですね」

「……チッ、もういい。あぁ言えばこう言う、全く可愛げのない女だ」


相手の言葉尻を取ってすぐに涙を溢す女が、彼の言う可愛げのある女なのだろうか。


ついと頭を下げながら、ルーナはぼんやりとそんなことを考える。コーディはルーナがいかに至らないかとギャンギャンと吠えた後、肩を怒らせながらテラスを出ていった。アルバートは深く息をつくと、面白くなさそうに唇を尖らせた。


「大丈夫か?ルーナ嬢」

「いつものことですわ。一々気にしていられませんの」

「……いつものこと、か」


アルバートは何事か口を開きかけ、口を噤んだ。今はどんな慰めの言葉も相応しくない気がして、視線をそらす。


こんこん、と指先でテーブルを叩き、これなら不貞の証拠はすぐ集まりそうだな、と皮肉げに笑うと、ルーナは片眉を上げてくすりと笑った。


「証拠が早く集まるのは良いことです。さて、私もそろそろ教室に向かわなくては」

「ルーナ嬢は真面目だな。最近愚兄は授業をサボってマリーナ嬢と戯れているらしいぞ」

「あらあらそれは……ちなみに陛下はご存知なのですか?」

「いや、まだ報告はしていない。今報告したところで、あれに甘い陛下が何をするというわけでもないだろう」


アルバートは、あくまでも父親である国王を"父上"とは呼ばない。複雑な彼の心境を表しているようで、ルーナは気づかないふりをする。


「そういえば、最近隣国の情勢がきな臭くてな。どうにも王位争いが原因で治安が悪いらしい」

「フルメン帝国がですか?」

「あぁ。我が国も今表面上は平和だが、いつ小競り合いに巻き込まれるとも限らない。気をつけてくれ」


フルメン帝国は、イグニスフィア王国と国境を接する大国である。資源は多いイグニスフィア王国であっても、兵力の差は明らかだ。下手に巻き込まれでもしたらろくなことにならないのは目に見えている。


「かしこまりました。それでは失礼いたしますわ」

「あぁ、またな」


優雅にカーテシーをすると、ルーナは人混みの中へ消えていく。その背中を見つめながら、アルバートはふっと姿を消した。





あのテラス席での接触から数週間が経過した。ルーナは教室で令嬢たちと談笑しながら、ついと目を細めた。


(首尾はなかなか悪くないわね)


ルーナは現在の状況を整理し、一人ほくそ笑んだ。お茶会や夜会などで情報を集め、根回しをしているルーナをよそに、コーディは愛人であるマリーナを連れ回している。


積み上がる不貞の証拠。ここまで順調だと笑いが止まらない。事業に関しても、アルバートがコーディの事業の上位互換とも言える案を立案して潰している。近頃コーディの苛立ちが止まらないのは、そういったこともあるのだろう。


「ご歓談中失礼いたします」


柔らかな声に、ルーナたちはふっと視線を向ける。そこには翡翠の瞳の美しい平民出身の青年が立っていた。青年は流れる様に深々と頭を下げ、その所作は洗練されていて貴族にまさるとも劣らない。


「あら、あなたはラファエル殿、でしたか」

「私のような者についても覚えていてくださるとは……恐悦至極に存じます」


この学園には平民からも優秀な学生が多数在籍している。平民出身で成績の良いものは特に官吏になる傾向が強い。未来の仕事相手にと、ルーナはその名前を覚えていたのだった。


「本日はグラシエス公爵令嬢にお話したいことがございまして」

「あら、私に? 一体何かしら?」


ルーナは令嬢たちに視線を投げると、意図を理解した令嬢たちは皆ついと頭を下げて離れていく。皆が離れるのを待って、ルーナはラファエルを見据えた。


「グラシエス公爵令嬢……」

「ルーナでよろしくてよ。それで、何かしら? 私に聞かせたいお話とは」


ラファエルはついと顔を上げた。整った顔立ちには柔和な微笑みが浮かべられており、あまり感情が読めない。何か違和感を覚えて、ルーナは居住まいを正した。


「改めまして、私はフルメン帝国第三王子……ラファエル・ド・フルメンと申します」


ルーナの宝石のような瞳が僅かに瞠られた。隣国の大国の第三王子が、なぜ平民のふりをしてこの学園に潜り込んでいるのか。


「それは……失礼致しました。王子殿下」

「ラファエルと呼んでください。あなたにはぜひ名前を呼んでいただきたい」

「……ラファエル殿下?」


ルーナが名前を口にすると、ラファエルは翡翠の瞳を更に細めた。その瞳は愛しいものを見るように蕩け、白磁の頬が嬉しさに上気する。


「あぁ、あなたに名前を呼んでいただけるなんて、まるで夢のようだ」

「殿下……?」


ルーナは困惑しきりで扇子を開いた。相手の思惑を全力で計算する。なぜこのタイミングで正体を明かしたのか。それも、王太子の婚約者とはいえ一介の公爵令嬢である自分に。


ラファエルはにっこりと微笑むと、流れる様に膝を折った。ついでその手元からぽん、と音を立てて一輪の薔薇の花が現れる。その花びらに優しく唇を寄せた後、ラファエルは薔薇の花をそっと差し出した。



「ルーナ嬢。……いえ、我が愛しの姫。私が姫をお救いいたします」







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