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計画


アルバートは、2人の姿に満足そうに頷いて腕を組む。フロンスはふむ、と独り言ちると、隣にいるルーナに視線を投げた。


「さて、どうするつもりだい?」

「そうですわね……まずはお茶会を開いて、情報をかき集めましょう。お母様にもお声がけして、協力を頼みますわ。それから、アルバート殿下。王家の"影"を私につけてくださいまし」

「影を? だがそれは……」

「コーディ様達は私との婚約破棄をお望みです。婚約解消ではなく破棄をお望みということは、私に瑕疵があるという証拠を突き出してくるはずです。影に監視していただければ、私の身の潔白が証明できますわ」

「成る程……確かに、現在の情勢も含めて、婚約解消は難しい。となると、婚約破棄しか道は残されてないわけか。わかった。ルーナ嬢の望むようにしよう」

「ありがとうございます。さて、あとは商売に関してですわね」


ルーナは歌うように告げる。それはまるで明日の天気について話しているかのように軽い。ついで、ルーナはふわりと華のように微笑んだ。


「コーディ様が行うすべての事業を、裏から手を回してぶっ潰します」


ぱちん、と扇子の鳴る音が大きく響いた。男二人が思わず居住まいを正すのを横目で見つつ、ルーナは笑って続ける。


「慈善事業から通常の商いにいたるまで、ずいぶんと無駄が多いなと思っておりましたの。例えば炊き出し。あれは完全な一時しのぎにしかなりませんわ。やるならば徹底的に、住宅支援や就職支援と合わせて行わなくては」


国王夫妻はコーディに対して甘かった。彼がやってみたいと言ったものは何でも与えている。始めたのはいいもの、飽きたやめたと言って放り投げたものも数多い。


尚且つ、コーディはルーナの助言を尽く蹴った。それは恐らく、婚約者からの助けなど気に入らなかったのだろう。彼の中途半端な施策によって、救えなかったものも数多いというのに。


「……驚いたな。ルーナ嬢は思いの外過激なご令嬢だったらしい」

「花は無闇矢鱈と棘をひけらかすものではありませんわ。どんな花でも、多かれ少なかれ棘はあるものでしてよ」

「いや、すまない。君を侮っていたわけではないんだ」

「わかっておりますわ。ふふふ、グラシエス公爵家を敵に回すのがどういうことか、懇切丁寧に教えて差し上げませんと」


うんうんと隣で頷くフロンスに、グラシエス公爵家の執念深さを垣間見て、アルバートは内心冷や汗をかいた。本当に敵に回したくない一族である。




数日後────


朝の公爵家では、ルーナが部屋で一人紅茶を楽しんでいた。開いた窓からは朝特有の冷たい空気が流れ込み、優しい風に木々がさらさらと葉の擦れる音を響かせる。


「……さて、と……敵はなかなか曲者のようね」


公爵家の影に調べさせた報告書をぺらぺらと繰りながら、ルーナは煩わしそうに息をついた。長い睫毛が伏せられ、雪のような肌に影を落とす。憂い気な表情もまた、息を呑むほど美しかった。


たとえそのたおやかな手に握られたカップが、ミシミシと音を立てていたとしても。


「マリーナ嬢はあれね。物語に出てくる悲劇のお姫様みたいなのを気取りたいタイプなのね」


言葉の端々を切り取って、自分に都合のいい状態に作り上げる。被害者を気取り、周りの同情を誘って相手を孤立させる。成る程、実に巧妙な作戦ではある。


また、相手によっては嫌がらせを捏造したり、事実無根な噂を流すこともあるようだ。


今までルーナに情報が入っていなかったのは、なんてことはない。王妃教育のために放課後は即王城へ呼ばれる身である故に、接触することがほぼなかっただけだ。おまけに相手は家格が下の男爵令嬢である。


「思いの外、泣き寝入りした被害者も多いわね……これなら名誉を毀損した罪で叩けるかもしれないわ」


相手はこちらにも同様に、何か仕掛けてくるかもしれない。……格上の公爵家相手に何かしようなんざ、自殺行為もいいところだが、何せ相手は常識の通用しない相手である。


常識ある人間なら、婚約者がいる相手を奪ってやろうなんて……ましてや未来の王妃の地位を狙おうなんて考えないはずなのだから。


「こんなのに騙される方も騙される方ですわね。……あぁ、もしかして、同じような手で殿下に近づいたのかしら」

「よくわかったな。流石はルーナ嬢」

「……あらいやだ。淑女のお部屋に窓からお越しになる方がいるだなんて、これは夢かしら?」


ルーナは呆れたようにつぶやいてカップを置いた。目の前には窓枠に腰掛けて、飄々と笑っているアルバートの姿がある。どうやら得意の魔法で飛んできたらしい。


「ノックもなしに突然お越しになるとは思いませんでしたわ」

「それは……すまなかった。いや、それにしても悲鳴の一つでも上げてくれるかと思ったんだが、やはり君は豪胆だな」

「よろしいんですの?私が今悲鳴を上げれば、社会的に終わるのは殿下の方ですが」

「……その通りだな。すまない。聞かなかったことにしてくれ」


軽口を叩きながら、アルバートは実に楽しそうに目を細めた。立場上、こうして気楽に話せる者も少なく、楽しくて仕方がないのだろう。


「それで、殿下は一体何の御用でこちらに?」

「あぁ、一点確認したいことがあってな。……ルーナ嬢、最近あの愚兄から贈り物やドレスは届いているか?」

「はい?いえ、いただいてはおりませんが……まさか」

「そのまさかだ。──あの馬鹿、婚約者への支度金で、浮気相手への贈り物やドレスを賄っているらしい」


不審な金の流れに気づいたのは、二人が王都のブティックにお忍びで訪れているという噂を耳にしたことだ。調べてみると、婚約者に対し贈り物やドレスを贈るための支度金から、マリーナ嬢へのドレスを贈ったりしていたらしい。


「……まぁ大体そんなことになるとは思っておりましたわ。最近マリーナ嬢の格好がどうにも派手──羽振りがよさそうだとお聞きしてましたので」


今日の夜会でお姿を拝見できるのではと思いまして、とルーナは何処か楽しそうに微笑む。そう、彼女もまた、散々報告は受けるものの蚊帳の外な現状に飽き飽きしていたのである。


見てみたいではないか。噂の性悪ぶりを。絶対疲れること請け合いだが、それはそれこれはこれ。決して巻き込まれたい訳では無いが、怖いもの見たさで敵の姿を確認しておきたい。


「実に楽しそうなところ結構だが、これはある意味で詐欺事件だ。しかも騙した相手が国となれば、なかなか重大な犯罪だぞ」

「民の血税が赤の他人のドレス代に消えた、なんて知れれば、きっと暴動が起きますわね」

「まったくだ。ほとほと呆れる……」


アルバートは疲れた様子で、乱雑に椅子に腰掛ける。ルーナは軽く片眉を上げるが、特に何か言うこともなくぱらりと扇子を開く。


「さて、それでは殿下。そろそろお帰りくださいな」

「おや、今日は何か用事があるのか?」

「当たり前です。今日は夜会せんじょうに行くのですから。今度は事前に連絡をくださればお茶位はお出ししますよ」

「ふっ、それはいいことを聞いた。ではまたな」


ふっとアルバートの姿が消える。まったく便利なものだ。今度コツを教えてもらおう、なんてぼんやり考えながら、ルーナはふっと微笑んだ。


「さぁ、戦いの用意をしなくちゃね」


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