信頼する人
王宮の一室。豪奢だがどこか落ち着いた雰囲気の調度品に囲まれたその部屋で、アルバートは息をついていた。その手には一通の書簡が握られており、視線はそちらに注がれている。
「今度は傭兵団の設立計画に、騎士団の養成所の見学依頼か……」
「随分とむさ苦しい話ですね? ルーナ嬢ですか?」
レイはソファに座ってクッキーを摘みながら、目の前でどこか遠い目をする主を見上げた。この主が長年の片思いを告白し、日々愛を綴った手紙を送っているのは最早周知の事実。
一方で、その想い人が今は仕事に生きると宣言し、日々の贈り物攻撃にも梨の礫なのもまた、アルバートの周囲にいる者達にとっては周知の事実であった。
此度も文通の返事が、随分とむさ苦しい仕事の内容だったらしい。レイはいつものことかと呑気に茶を啜った。
「なんでも、民間の傭兵団を立ち上げたいらしい。その養成所を作るため、騎士団の見学をしたいそうだ」
「あぁ、最近市民に人気の傭兵団が潰れたんでしたっけ。ろくに金を取らないみたいでしたし、商売としては成り立ってなかったんでしょうね」
「いい心がけではあったんだけどな。ルーナ嬢が新しく組織し直して、存続できるものに変えるようだ」
ただ、以前傭兵団にいた面々は、既に騎士団などの次の就職先を見つけている。新しく傭兵たちを教育し、組織する体系を整えなければならない。
そのため、既にある王国の騎士団を参考にしようと見学を希望したらしい。
アルバートは書簡を置き、紅茶のカップを取り上げる。ふわりと茶葉の香りが鼻腔を擽り、気持ちが幾分か落ち着いていく。
「まぁ、こうして相談してくれる辺り、甘えてくれてるんだろうが」
「甘える、というか、使えるコネは使う、の間違いでは」
「…………」
アルバートはぴしりと固まった。そう言われてしまうとそんな気がする。だがそうだとしても、愛する人に頼られて嬉しいと感じてしまうのが恋する男というもの。
チョロいと言われようがなんだろうが、ルーナが喜んでいるならまぁいいか、と思ってしまうアルバートであった。
レイはそんなアルバートを見てケラケラと笑う。
「いやぁ変わりましたね。陛下と王妃殿下達を見て、"何が真実の愛だ"なんて怒り狂ってたのが嘘みたいだ」
「真実の愛を口実に一線を越えるのを良しとしてないだけだ。それに最近気づいたんだがな。好きな相手のために自分を変えられる男だよ。俺は」
真正面から想いを伝え、それに向き合う余裕ができて初めて、恋に溺れる者がいるほどそれが甘美なものだと知った。
相手を思って花を選び、文を認める楽しさを知った。好いた相手と話す時間の尊さを知った。
だが、自分には決して捨てられない立場がある。それはルーナも同じことで。たとえお互いが政略的に結ばれるまでの児戯だと言われようとも、節度をもってこの時間を楽しもうと決めたのだ。
「婚約にルーナ嬢が頷いてくれたら、グラシエス公爵家を後ろ盾に出来ますし、此方にはいい事づくしなんですけどねぇ」
「今は、彼女の気持ちを尊重したい。やっと自由になれたんだ。彼女のやりたいことを応援したい」
たとえ、その結果彼女が別の人間と結ばれたとしても。
レイはアルバートの言葉に沈黙を返し、紅茶を呷った。敬愛する主が決めたことだ。それはそれは楽しそうに、漸く手に入れた年頃の青年らしい恋愛を楽しむ姿に、一体何を言えようか。
「殿下が楽しいなら、どんな道であれ応援してますよ」
「はははっ、お前たちに応援してもらえるなら心強いな」
アルバートは心底嬉しそうに笑うと、紅茶のカップを傾けた。
「……くしゅんっ」
「おっと、大丈夫か? 姫さん」
グラシエス公爵家の執務室で、書簡に目を通していたルーナは小さくくしゃみをした。誰かに噂をされているのかしら、なんて笑いながら、ルーナは書類をヴェインに手渡す。
「あなたも大分、ここでの仕事が板についてきたみたいね。覚えが早くて助かるわ」
「先生がスパルタなんでな。でもまぁ、姫さんの役に立てるならよかったぜ」
「あら、スパルタなの? ステラ」
「お嬢様のお側にお仕えするならば、この位当然です」
つんとすまし顔でステラは答える。騎士であり従者である側近二人の顔を見て、ルーナは楽しそうに笑った。ころころと鈴の鳴るような声が部屋に響く。
形の良い唇が緩く弧を描き、アメジストの瞳が優しく細められる。実に満足そうな微笑みに、ステラはついと頭を下げた。
「でも流石私のステラね。短期間でここまで育ててくれるとは思わなかったわ」
「恐悦至極に存じます」
「これから忙しくなるから、二人とも覚悟してちょうだいね」
何せ、一度は潰れてしまった組織を立て直そうというのだ。それも、その場しのぎではなく存続できる形で残していかなければならない。
「殿下にも協力をお願いしたの。きっと色よい返事が返ってくると思うわ」
「へぇ、確信があるんだな」
「だって、国民のことを思ってくださる方だもの。それに何となくわかるのよ。同じ方向を向いている人って」
それは何よりも信頼しきった表情で。掛け値無しに相手を信じるその姿に、ステラとヴェインは眩しそうに目を細めた。




