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貴族たる人


ルーナ・グラシエスは超弩級のお人好しである。


「いや、分かっていたつもりだったが、君は本当に予想の斜め上を行くな……」

「あら、そうでしょうか? 褒め言葉として受け取っておきますわ」


昼下がりのグラシエス公爵邸。応接間でアルバートと共に紅茶を楽しんでいたルーナは、アルバートの言葉に片眉を上げた。ルーナの後ろには、ステラと短い銀髪を逆立てた碧眼の男が控えている。


「そうだぜ王子様。うちの姫さん凄いだろー」


ステラの横にいた屈強な従者は、からからと声を上げて笑う。横にいるステラが腹に肘で一撃を加えているのを横目に、アルバートは呆れたように笑った。


「見慣れない従者が増えているなと思ったら、"拾った"なんてしれっというのはルーナ嬢位だな」

「目の前で行き倒れられたら拾いませんか?」

「拾わない」


そんなんでぽこぽこ拾っていたら、今頃王宮が凄いことになってしまう。そうなのね……なんて何処かズレた返事をするルーナを見ながら、アルバートは紅茶のカップを呷った。


聞けば、ルーナが新しい従者──ヴェインを雇ったのは、今から数日前のこと。傭兵上がりの彼が、一文無しでルーナの乗る馬車の前に行き倒れていたのを見かねて、食事を世話したり就職先を斡旋することになったらしい。


アルバートはじっとヴェインを見つめた。均整のとれた逞しい体躯に、適度に日焼けした肌が印象的な好青年。時折見える傷跡が、彼が武人であったことを物語っている。


ヴェインはアルバートの視線にすっと目を細めると、にっと口角を上げる。


「自分で言うのもなんだけど、実力だったら折り紙付きだ。騎士団の奴等よりいい仕事するって約束するぜ」

「そんな実力者がなんで行き倒れることになるんだ」

「いやぁ、入ってた傭兵団が金欠でよ。潰れちまったら仕方ねえじゃん?」

「私だって実力がなければ手づから側に置きませんわ」


ルーナはぱらりと扇子を開いた。拾うにあたって散々調べた。ヴェインは庶民の出だが、卓越した武術の才能を開花させ、傭兵団に入団していた。


その傭兵団は本来なら護衛を雇えないような一般市民にも格安、或いは無償で護衛をしたりと市民に愛されていたが、資金難から潰れてしまった。


その中でも類稀なる実力を持ち、傭兵団随一の強さを誇っていたのがヴェインだったのだ。


「傭兵団で腕利きなら、騎士団が黙っていなかったんじゃないか?」

「あー、その枠は譲っちまったんだ。天涯孤独の俺より、家族がいるやつとかもいるもんで」

「……お人好しだな」

「お人好しかどうかはわからねぇけどよ。姫さんの護衛になったからには全力で姫さんを護るぜ」


恩返しってやつだな、なんてニカッと笑うヴェインに、ルーナは柔らかく微笑む。数日前に拾った、とは言うものの随分と打ち解けているようで、アルバートは片眉を上げた。


「随分信頼してるんだな。失礼だが、情報だけでは事実確認は不十分じゃないか?」

「あら、ですが彼、私のステラに勝ちましたの。それだけで十分ですわ」


その言葉に思わず目を瞠る。ステラは間違いなく、国でも指折りの実力者だ。騎士団等から引く手数多だが、本人はルーナの護衛こそが本懐と全て断っている。それを打ち負かすとは、一体何者なのか。


いや、それにしても。


「……なんで君の周りには優秀な人材が揃うんだ」

「なんでと言われましても……運命、でしょうか?」

「ルーナお嬢様の人柄の良さのお陰ですね」

「羨ましい時は素直に羨ましいって言ったほうが、嫌味っぽくなくていいと思うぜ?」


ルーナと二人の従者は揃って小首を傾げる。当然と言わんばかりの主従に、アルバートは思わず頬を引きつらせた。


ルーナはふわりと微笑むと、そっと紅茶のカップを持ち上げる。


「ですが優秀でなければ困ります。私に何かあるときは、私で対処しきれない何かが起こったときなので」


ルーナは魔術師として、国で指折りの実力者である。単純な魔力量ならばイグニスフィア王国随一と言っても過言ではない。国が違えば聖女として崇められることもあるだろう。


かつては王太子妃教育を受ける一方で、魔術を研究する魔術塔にもよく出入りし、その国一番と目される魔力を存分に活かして研究に協力していた。


まったく、求められれば惜しげもなくその力を振るうところが、なんとも人がいいと思わんでもない。


本人に言わせてみれば、貴族として持てるものを与えるのは当たり前のことだと言うのだろうけれど。


「本当に、君は誰よりも貴族らしいな」

「あら? ふふふ。今更お気づきになりましたの?」


突拍子も無い言葉に驚いたように目を瞠りながらも、ルーナは楽しそうに笑う。屈託なく笑うその姿に、本来のルーナを取り戻せたような気がして、アルバートは眩しそうに目を細めるのだった。




アルバートが城へと戻った後、ルーナは自室に戻り、ホッと息をついていた。


「今日も殿下はお花をくださったわね」

「花瓶に生けてお部屋に飾りましょうか」

「えぇ、お願いするわ。よろしくね、マリア」


ルーナはメイドに花束を手渡す。大輪の薔薇の花は瑞々しく咲き誇り、まだ摘んでからさほど経っていないのだろうことが伺える。


「お庭で摘まれてから、まだそう経ってはいない……便利なものよね。殿下の瞬間移動魔法って」

「適性がなければ物すら動かすことが難しい中で、殿下は人間も同時に転移させることが出来ますからね」

「今度教えてもらおうと思うの。ふふっ楽しみね」


学ぶことは楽しい。自分の知り得ない分野を知ることによって、世界が広がっていく気がするから。王太子妃教育で自由がないルーナにとって、勉学は外の世界へと羽ばたける唯一の時間だった。


コーディにあれこれ文句を言われて腹が立たなかったのも、別段努力をすることに抵抗がなかったからである。国母ならそれくらい出来て当然と思っていたことも大きい。


なにはともあれ、膨大な魔力など常人とは並外れた能力、所謂天賦の才を持つルーナは、誰よりも努力の人であった。


ルーナは椅子に腰掛けると、ふむ、と独り言ちる。白魚のような指が口元に添えられ、何事か考え込んだ様子で柳眉が僅かに寄せられる。


「ステラ」

「お呼びでしょうか、ルーナお嬢様」


名を呼べば、どこからともなくステラが現れる。その隣に未だ見習いのヴェインがいることに頬を緩めながら、ルーナはついと手を伸ばした。


「ヴェインがいた傭兵団が潰れてしまったでしょう?それに代わる組織を作りたいの。資料と現在の街の状況を調べてもらえるかしら?」

「畏まりました」

「いいのか? 姫さん」


ヴェインは驚いた様子で片眉を上げる。その姿に、ルーナはころころと鈴の鳴るような声で笑った。


「いいも何も、大切なものがなくなったら、代わりのものが必要になるでしょう?」


ぱちん、と扇子を鳴らす音が小気味良く響く。


現在、情勢は極めて不安定だ。王太子が交代したばかりな上、隣国は未だ内乱の最中にある。その上、巷には熊などの野生動物から山賊まで様々な脅威もある。


各領には、それぞれ貴族のお抱え騎士団がいるが、市民に寄り添った細やかな対応ができるとは言い難い。であれば、やはりヴェインが所属していたような民間の傭兵団は必要なのだ。


「安心して生活できてこそ、経済は回りますの。それでこそ領地のため、国のためになるのですわ」


民のために生きること。それが貴族たる自分のあるべき姿で。そのために力を尽くすのは、実に息をするように当たり前の事なのだ。


「さぁ、そうと決まれば二人とも。今回もたくさん動いてもらうから、覚悟しておいてちょうだいね」


ルーナのアメジストの瞳が悪戯に微笑む。今日も今日とて力強く働く主の姿に、二人の従者は流れる様に膝を折るのだった。

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