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終章


後日、ルーナとコーディは正式に婚約破棄の手続きがとられた。関係者が王城に集められ、粛々と手続きが進められたものの、その場にコーディの姿はなく。


国王は皆の視線に気がつくと、憔悴しきった顔で項垂れた。


「あれは王族としての器ではない。かといって、臣籍降下してもあの様子では……甘いと言われてしまうだろうが、北の塔へ生涯幽閉し、我が手元で様子を監視できるようにする」


頭の軽い第一王子なんぞ、傀儡にもってこいだ。それは、アルバートが治めることになるであろうこれからの世に、暗い影を落とすことになる。


それならば、誰からも利用されることがない場所で、きちんと監視していたほうが安心できる。


「ごめんなさい……ごめんなさいね、ルーナ……」


リリアナはさめざめと泣いていた。コーディがルーナに我儘を言っているのは知っていた。でもそれは、愛情から来る甘えだと思っていたのだ。よもや、こんなにも完璧な婚約者がいながら、浮気をしているとは。


ルーナはその言葉に頭を振ると、柔らかく微笑んだ。すべては済んだことだ。今さら何を言おうが詮無いこと。それもこれも、コーディが自分で選んだことなのだから。


アルバートはいつもの飄々とした笑みを浮かべながら、紅茶のカップを手に取る。その瞳はいつになく優しく、ようやく自由の身となれたルーナを見つめていた。


「ルーナ嬢。君はこれからどうするつもりだ?」

「そうですわねぇ……父の仕事を手伝いながら、良いご縁があることを祈りましょうか。あぁ、これを期に留学してみるのもいいかもしれませんわ」


仮にいい縁談が来なければ、女公爵として公爵領を継げばいい。それでなくとも、今はやってみたいことがたくさんある。


もう王太子の婚約者ではない。王太子妃教育に縛られることもない、自由の身なのだから。これまでの生活で培った能力を、試してみたくて仕方がないのだ。


「君は強いな」

「アルバート殿下ほどではありませんわ」


不遇な扱いを受けながらも、決して腐ることなく成長し、王太子の座を勝ち取った。それは紛れもない事実であり、彼の強さを示している。


「俺が今ここにいられるのは、これまで力を貸してくれた皆のお陰だ。ルーナ嬢も、これからもよろしく頼む」

「恐悦至極にございます」


ルーナはついと頭を下げた。彼ならばきっと、国民の声を広く聞ける良き王となるだろう。


国王と王妃、フロンスらが退出し、部屋にはアルバートとルーナだけが残される。アルバートはふらりと席を立つと、窓の外に視線を投げた。


「一件落着だな。まさかここまで上手く事が進むとは思わなかった」

「アルバート様のご努力の賜物でございます」

「ルーナ嬢達の助言があったからだ。これに満足せず、今の事業は続けていこうと思う」

「それがよろしいかと。まだまだ助けを持っている者達は大勢いますから」

「そうだな」


アルバートは何事か言葉を続けようとして、口を噤む。暫し逡巡するようにぱくぱくと口を動かし、やがて諦めたように目を伏せた。


「ルーナ嬢」


アルバートの唇がゆるりと弧を描く。ついで、徐にルーナに向き直り、まるで明日の天気を語るように軽く、アルバートは口を開いた。


「君が好きだ」


アルバートはまっすぐにルーナを見つめた。子供の頃からずっと想い続けた少女。その優しさと強さで煌めく瞳に、自分を映してくれたらとどれほど渇望したことか。


「君を困らせるつもりはない。返事を期待するつもりもない。ただ、伝えたかっただけだ。ただ、そうだな……」


アルバートはふっと微笑んだ。目の前で驚愕したように目を瞠るルーナに、年頃の少女らしい一面を垣間見て嬉しくなる。


「君のことを、口説き続けることを許してくれ」


ルーナの唇から、はく、と言葉にならない吐息が漏れた。困惑した様子で眉根を寄せ、ぱらりと扇子が口元を隠す。


「それは……」

「あぁ、これはあくまでも俺の気持ちだ。政略的なものは一切関係ない。まぁ今後、政略的にグラシエス公爵家との繋がりが必要になれば、俺は遠慮なく君を娶るんだけどな」

「……私は、あなた様の望み通りの答えが出せないかもしれませんわ」

「それでもいい。言っただろう、これは俺の自己満足だ」


アルバートはそう言って飄々と笑った。ぱっと両手を挙げ、ひらひらと振る。


「俺はただ君を振り向かせたいだけだ。君が誰かを好きになるならば、悲しいがそれを応援する。君の隣に相応しい男になれるよう、俺は勝手に努力する。ただそれだけ」

「誰とも結婚したくないと望めば?」

「それを応援するだろうさ。まぁ、政をよく知る君が、貴族の義務にも近い政略的な結婚を拒否するとは思えないがな」


本当は伝えるつもりなどなかった。ただ、ラファエル王子は想いを告げたのに、己が言えないのは不公平な気がして。


ルーナは暫し考え込んだ様に目を伏せていたが、やがて徐に顔を上げた。そのアメジストの瞳には迷いがなく、宝石のようにきらきらと輝いている。


「……私は私の道を生きますわ。今はまだ、婚約破棄して間もありませんし。この期間に、もっともっと私にできることをしたいのです」

「それがいい。それでこそ、俺が愛する君というものだ」


ルーナは背筋を伸ばし、はっきりと言い切った。その姿は逆境を目の前にしても決して折れることはなかった彼女自身をよく表していて。


(今は、まだ恋だのなんだのにかまけてる場合ではないわ)


今はラファエル王子含め、帝国の動きも怪しい。王太子が交代したことで、多少なりとも国内で混乱する部分も出てくるだろう。


ルーナとアルバートが婚姻を結べば、より貴族との繋がりも深くなるため、政略的には一理あると言えよう。しかし、今ではない。それを分かっているからこそ、アルバートもただ己の思いを伝えるだけにとどめたのだろう。


「漸く自由になれたんだ。君は君らしく飛び回ってくれればいいさ。一度自由になった籠の鳥を、無理矢理籠に押し込めるような趣味はないからな」

「ふふ、殿下らしいお言葉ですね」


ルーナはそう言うと、流れる様にカーテシーをした。アルバートはそれに軽く手を振って応えながら、眩しそうに目を細めるのだった。



ルーナは家族と共に自宅へと戻る。今日は何をしようか。孤児院の様子も見に行きたいし、学校や治療院の手伝いもしておきたい。無論、父の仕事の手伝いとして、領地の仕事もしなくてはならないし、やることはいっぱいだ。


優しい陽の光が降り注ぎ、瑞々しい葉がさらさらと風に揺れる。くるりと振り返れば、スカートの裾がふわりと広がり、まるで花の妖精のよう。


「さぁステラ、今日も一日頑張るわよ」


蜂蜜色の髪を揺らしながら、ルーナはこの上なく美しく微笑んだ。








第一章完結となります……!

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!

ブックマーク、いいね、評価等々、日々励みになっております。

今後は番外編を挟みつつ、いずれは第二章を書けたらと思います。今後とも宜しくお願いします!

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